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第11話 闇の中で

HIV陽性。


医師の口から出たその単語だけが、 現実として残った。

コンジローマは治った。

痕もほとんど消えた。

だが血液は違う。

皮膚の外側は元に戻っても、 内側はもう戻らない。

俺は静かに理解した。

治る病気と、 治らない病気がある。

人生も同じだ。

帰り道、 街は普通に動いていた。

信号。 買い物袋。 学生の笑い声。

俺だけが別の層に落ちた。

透明な壁の向こう側。

世界は続いているのに、 俺は参加できない。

最初に浮かんだのは、 女たちの名前だった。

しずく。

まなつ。

ちゃちゃ。

るな。

アヤ。

俺は彼女たちを疑った。

順番に。

計算して、 消去して、 確率を割り出して。

人間を数式にした。

それが一番の罪だと、 やっと気づく。

誰が感染させたのか。

分からない。

コンジローマも、 HIVも、

感染経路は闇の中だ。

俺は記録を持っている。 だが記録は証明じゃない。

記憶はさらに曖昧だ。

人間の脳は、 自分を守るために物語を作る。

俺はその物語を 真実だと思い込んでいただけだ。

もし誰かが犯人だとしても、

俺は同時に加害者だった。

俺の身体は、 彼女たちに触れている。

可能性を運んだ。

知らなかったでは済まない。

知らなかった時間ごと、 俺の責任だ。

謝りたい。

だが謝れない。

名前を呼ぶ資格がない。

俺はただ、 頭の中で繰り返す。


すまない。

すまない。

すまない。


言葉はどこにも届かない。

空気の中で消える。

それでも繰り返すしかない。

自我が崩れる音がする。

俺という輪郭が、 内側から剥がれていく。

今まで信じていた俺は、

管理できる男だった。 計算できる男だった。 安全圏にいる男だった。

全部、幻想だった。

俺は衝動で動き、 欲望で判断し、 偶然に支配されていた。

普通の人間だ。

いや、

普通以下だ。

FIREした自由も、 七千万の数字も、

何も守ってくれない。

金は病気を防がない。

金は過去を修正しない。

金は孤独を埋めない。

俺は数字の上に立っていただけで、 足場は最初から空洞だった。

ミステリーは解けない。

犯人は特定できない。

特定できないものは、 永遠に揺れ続ける。

俺の中で、 何度も形を変える。

今日はアヤで、 明日は名前のない女で、 次の日は俺自身になる。

答えは固定されない。

地獄だけが固定される。

俺は理解する。

この物語の本当の結末は、

“未解決”だ。

回収されないまま終わる。

それが現実の形だ。

小説だけが、 綺麗に閉じる。

人生は閉じない。

穴を開けたまま続く。

夜。

部屋は暗い。

俺は横になり、 自分の血液を想像する。

目に見えないものが、 俺の中で動いている。

静かに。

確実に。

俺という存在の定義を書き換えながら。

しずく。

まなつ。

ちゃちゃ。

るな。

アヤ。

もう一度、 名前を並べる。

祈ることしかできない。

どうか無事でいてくれ。


どうか俺の闇が、 届いていませんように。


答えは来ない。

永遠に。

それでも朝は来る。

意味も救いもないまま。

俺は起きる。

生きる。

闇を抱えたまま。

コンジローマも、 HIVも、

感染経路は闇の中だ。

そして俺は、

その闇の中で、 これからも続く。

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