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第10話 アヤの忠告

アヤは口コミを読んでいる。


それを知ったのは、何気ない会話の途中だった。

「最近さ」

身体を預けたまま言う。

「遊びすぎじゃない?」

軽い調子だった。

冗談に聞こえる。

だが視線は外さない。

「口コミ、全部見えるよ」

笑う。

責めていない。

事実を置くだけ。

俺は少しだけ驚いた。

匿名のつもりだった。

だが文体は隠せない。

通う頻度も、

書く癖も、

滲み出る。

俺は思っているより透明だった。


口コミを書く理由は単純だ。

割引がある。

数千円でも、積み重なれば大きい。

それだけじゃない。

書けば人気が出る。

人気が出れば、店は続く。

女の子も通いやすくなる。

気に入った店が消えるのは困る。

俺なりの“応援”だった。

金を払うだけじゃなく、回転に参加する。

客としての責任みたいなものを、勝手に感じていた。


アヤはその履歴を見ている。

俺の移動経路を、全部知っている。

どの店に行ったか。

どの女に入ったか。

数字の痕跡として。

「ちゃんと検査したほうがいいよ」

声は低かった。

説教じゃない。

心配とも違う。

業務連絡に近い。

それが一番重い。

感情がない忠告は、逃げ場がない。

俺は笑って流そうとした。

治ったばかりだ。


問題ない。


そう言いかけて、飲み込んだ。

アヤの手は止まらない。

仕事は続いている。

日常の中に忠告が混ざる。

彼女にとってこれは特別な話題じゃない。

統計の話だ。

事故率の話だ。

俺はその範囲に入っている。


帰り道、言葉だけが残る。

検査。

頭の奥で反響する。

場所は知っている。

保健所。

匿名。

無料。

静かな建物。

行かない理由はない。

だが足が重い。

結果が数字になるのが怖い。

曖昧な不安は耐えられる。

確定した現実は、重さを持つ。


一週間後、俺は保健所にいた。

平日の昼。

待合室は静かだった。

ポスターだけが明るい。

予防。

啓発。

統計。

感情のない色。

番号で呼ばれる。

名前は使わない。

匿名の空間。

それなのに、裸にされている気がする。

問診は短い。

接触歴。

期間。

症状。

俺の過去が、チェックボックスになる。

採血。

針が入る。

痛みは一瞬。

それより、提出した感覚が残る。

逃げ場がなくなる。

血は嘘をつかない。

結果は後日。

それだけ告げられて、外に出る。


空は明るい。

世界は何も変わっていない。

車が走る。

人が歩く。

俺だけが保留されている。

診断待ちの状態で、日常に戻される。

この時間が一番長い。

アヤの忠告を思い出す。

感情を含まない優しさ。

彼女は知っている。

この業界の数字を。

俺はそこに入った。

ただそれだけだ。


アヤ


私は震災に遭った。

小学生の頃。

企業と国のせいで、 戻る故郷はなくなった。

ニュースの映像じゃない。 自分の地面だった。

恨みは、消えない。

震災のあと、 家は壊れなかったのに、 家族が壊れた。

両親は離婚した。

理由はたくさんあったはずだ。 でも私は、 全部まとめて震災のせいにしている。

勉強もしなかった。

いい訳だと分かっている。

頭は悪くないと思う。

やればできた。

でも、 やらなかった時間は戻らない。

一家は離散した。

残ったのは、 丈夫な身体だけだった。

月のほとんどを出勤しても平気。

熱も出ない。 倒れない。

それは武器だ。

同時に、 リスクでもある。

働ける女は、 使われる。

固定客を作りたい。

できるだけ同じ人に入りたい。

わがままだと分かっている。

でも、 いろんな環境に振り回されてきた。

住む場所。 学校。 家族。

選べなかったことばかりだ。

だからこれくらい、 許してほしいと思う。

せめて仕事の中だけは、 少しだけ、 安定がほしい。

客の健康は、 自分の生活に直結する。

忠告は優しさじゃない。

生存戦略だ。

それでも、 無事でいてほしいと思う客がいる。

あの人も、 その一人だった。

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