7話 救済と選別〜方舟
金曜日。19時。
会議室は密閉されていた。
窓はあるのに、外の光は感じられない。
資料、数字と沈黙だけが空気を支配していた。
仮苗さんは資料をめくらず、僕を見ていた。
僕は来期から、小さいながらもチームを持つことになっている。リーダーは僕。メンバーは若手5名である。
今日は僕の組み上げた来期のチーム方針についての壁打ちである。
「壮太はさ、“正しい選択”をしたいと思ってるよな。」
その言い方は問いではなく、確認だった。声色が冷たい。
「、、、当然です。」
自分の声が、少し軽かった気がした。
仮苗さんは小さく笑った。
「【方舟】読んだか?夕木春央先生の。」
「、、、え?方舟ですか?はい、読みましたけど、、、」
「あの物語で一番怖いのは、悪意じゃない。合理性だ。」
その一言が、妙に重かった。
「選ばなければならない状況が、人を変える。
今期、チームを救うには二択だ。」
仮苗さんは淡々と言った。
「A案件に人と予算を集中させるか。」
「B案件を残して全体で薄く戦うか。」
数値上は明確だった。
Aに集中すれば、チーム目標は達成できる。
Bは切ればいい。効率が悪い。利益率が低い。
合理的だ。正しい。数理的に正解だ。
でもB案件には、若手が3人張り付いていた。彼らの成功体験に直結する。
育成枠。挑戦案件。失敗前提の案件。
「、、、切りますか?切るべきですか?」
僕が聞くと、仮苗さんは少しだけ目を伏せた。
「切る、じゃない。」
「選ぶ、だ。」
「それを選ぶのはお前だ。」
そのとき、また『方舟』の一節が浮かんだ。
『これは殺意ではない。選別だ』
仮苗さんは続けた。
「組織ってのは倫理で動く場所じゃない。構造で動く。」
「人間が冷たいんじゃない。構造が冷たいんだ。」
僕は何も言えなかった。
反論できなかったからじゃない。
理解できてしまったからだ。
「お前は優しい。」
仮苗さんは言った。
「だから危ない。」
「極限状態ではな、優しさは“機能”しない。」
それは、【方舟】の別の言葉と重なった。
『正しさは、環境が許す範囲でしか存在しない』
「じゃあ、、、」
僕は喉を詰まらせながら言った。
「仮苗さんは、正しいと思ってるんですか。」
仮苗さんは少し考えてから答えた。
「正しいとは思ってない。」
「ただ、必要だとは思ってる。残念ながら。」
会議が終わったあと、廊下で仮苗さんは最後にこう言った。
「覚えておけ。」
「君がいつか上に立ったとき、
“誰も傷つけない判断”なんて選択肢は存在しない。」
「あるのはただ一つだ。」
「誰を守るかを決める権限だけ。たったそれだけだ。」
僕はその背中を見ながら思った。
気づかないふりをして、
選ばれる側だと思い込みながら、
いつのまにか、
選ぶ側に立たされている。




