6話 解釈の独占〜NEXUS 情報の人類史
金曜日13時30分。
僕は面接ブースで仮苗さんの隣に座っている。
目の前にはスーツの男性。20代中盤くらいだろうか。
仮苗さんは正社員採用の2次面接官を務めている。
最近の方針で、入社後OJTを務める予定の若手社員が2次面接でも同席することになっている。
彼が入社した場合僕がOJTを担当する予定である。
「初めまして、加藤と申します。本日はよろしくお願いいたします。」
男性は少し緊張気味にお辞儀をした。
「どうもよろしくお願いします。2次面接を担当する仮苗と言います。彼は、もしあなたが入社してくれた際に教育担当になる予定の真名君。どうぞ座ってください。」
仮苗さんが微笑みかけながら椅子を勧める。深夜や土日と違い完全に業務モードである。
「では早速ですが、改めて当社の概要説明をさせていただいた後、こちらからいくつか質問させていただいていいですか?」
「仮苗さん、彼どうでしたか?」
仮苗さんの面接は非常に短い。今回も二次面接だというのに30分弱である。
「そうだね、最終面接に回していいと思うよ。」
仮苗さんからの説明はおおまかに、会社のMissionやValueについての説明、業務の概要説明と、会社独自の働きやすい点、逆に働きづらい点などで、
質問も上記説明についての印象を尋ねる形をとっていた。
「やっぱりそうですよね!僕もイケると思います。特にMissionやValueにすごく共感してくれている感じがして、やっぱりそこが一番大事だと思うんですよ。」
面接した男性はとてもやる気があり、少々たどたどしいところもあったものの、なにより会社の考え方に強い共感を口にしていた。
「まぁ、、、そうかな。そうかもしれないね。」
歯切れの悪い返事が返ってくる。
「え、違います?」
「ごめん、ちょっと電話。」
仮苗さんは足早に自分のデスクに戻っていった。
21時40分。今日も事業所には僕たちだけである。
面接のスケジューラを見ると、日中面接した男性はその後最終面接の調整を行い、来週の火曜日に面接日が設定されていた。
「仮苗さん、日中お聞きした話なんですけど。」
少し引っかかっていたので改めて聞いてみる。
「何の話だっけ?」
キーボードを叩きながら仮苗さんがこちらに目を向ける。
「彼が会社の考え方に共感していることが大事って話です。仮苗さんの返事がはっきりしないものだった気がして、、、」
「ONとOFFどっちの質問?」
「えぇと、じゃぁONのほうは?」
業務上の話でお願いします、ということである。
「最終面接をする人たちがそういうのが好きだから。」
なんとも身も蓋もない話である。
「好きって、、、いや好きかもしれませんけど。入社してから活躍してくれるかのほうが大事でしょう?あ、そうか、会社の方向性に共感してくれている人のほうが活躍してくれるってことですか?」
「その可能性はある。でも多分大した違いはない。共感できても活躍できない人、共感していなくても活躍できる人はいくらでもいる。」
「じゃぁ、、、上の人たちが好きそうだからってだけで最終に回したってことですか?」
ついつい訝しげな目を向けてしまう。
「そうなる。今はとんでもない人材難だ。その状況下では、最優先目標は彼が入社することだ。入社するためには最終面接を突破してくれなればならない。そして彼の応答であれば突破できると判断した。メンバークラスが入社してから成果を上げるかどうかは、面接時点での最優先事項ではない。どちらかというとそれはOJT担当になる壮太の最優先事項だね。」
少々ひどい物言いだと思う。
「まぁわかりました。ちょっと物言いには文句も言いたいですけど。ちなみにOFFのほうは?」
「会社のMissionやValueに共感する必要は必ずしもない。」
仮苗さんは缶コーヒーを一口飲む。
「共感するならするでいいけどね。そもそも採用活動で開示されるMissionだのValueだのというものは、その会社、その経営者が自分たちの都合のいいように、ここでは求職者を囲い込むためにだけど、そのためにでっち上げられた解釈にすぎない。社会や労働市場についてのね。
全てがそうとは言わないけど、そんな恣意性や利己性が多分に入り込む余地のある解釈に、妄信的に共感していい絶対性などあるはずがない。
ユヴァル・ノア・ハラリも【NEXUS 情報の人類史】の中で『現代の支配とは暴力ではなく‘‘解釈の独占‘‘である』と言っている。」
またとんでもないことを言っている。
「えっと、会社のMissionとかが支配とつながるんですか?ちょっと飛躍しすぎじゃ、、、」
「そんなことはないよ。
人員削減という事実は、一方からは組織改革と美化され、一方からはリストラと揶揄される。
データ収集はUX向上ともてはやされたり、単なる監視であると指摘されたりするし、
僕らの人材派遣だって、Missionには『雇用弱者の救済』なんて書いてあるけど、他方から見れば『正社員枠の削減』になるだろう。
これはそれぞれの、人員削減やデータ収集、人材派遣という事実、現象に対する解釈を、誰がどの角度から限定しようとするかによる。
国家であれ会社であれ、現代の組織の多くは、その構成員に対して、事実に対する解釈を限定し、思考の前提条件を支配しようとする。」
「でもそれじゃぁ、どうやってそれぞれの事実を解釈すればいいんですか?誰の話も聞かず、何も調べず、自分だけで考えるんですか?」
そんなことができるだろうか?
「いや、それはあまりに非効率的すぎるし、また違うバイアスがかかるはずだ。周囲の解釈は聞かざるを得ない。重要なのは、どんな解釈であれ、そこにはその解釈を限定する誰かの意図があり、必ずフレーミングを受ける、ということを知っておくことだ。そのうえで、自分がどの解釈に従うかを決定する。それが健全だろうね。まぁ健全なだけで、結果的にはあまり違わないかもしれないけど。」




