5話 意味づけと自由〜夜と霧
土曜日13時。今日は久しぶりに休日の仮苗さん飲みである。
すでに、野毛にあるまるう商店SUNで乾杯をしたところだ。座り席もあるが僕らはカウンターで立って飲んでいる。
「いやぁ、休日の昼にのむビールは最高ですね!!」
休日に仮苗さんと、不定期ではあるがこれだけの回数飲んでいるのは僕だけだろう。かなりの優越感である。
「ハイボールお願いします。」
仮苗さんが2杯目を頼む。まだ1杯目が来てから3分ほどなのだが、、、
「そういえば壮太、来年度の社員会に立候補したんだって?えらいじゃん。」
僕たちの所属している会社は、上にホールディングスのあるグループ会社の1社で、グループ社員間のコミュニケーション向上とES向上を目的として、グループを横断した従業員向けのイベント企画のため、社員会なる組織がある。
運営は各グループ会社の若手社員を寄せ集めて行われる。
来期僕はそのメンバーになるのである。
「あぁ、、、はい。全く参りますよね。正直煩わしさしかないですよ。」
僕ははっきり言って社員会になんの興味もない。
これまで社員会が企画した社員向けイベントに数回参加したこともあるが、実施意義も見いだせない。御上(経営勢)の自己満足としか思えないというのが感想である。
「ふうん、じゃぁなんで立候補したの?」
「いや、だって役員から打ち合わせしようとだけ言われて。行ってみたら若手だけ数人呼び出されていて、「今から社員会のメンバーを決めます。」って言うんですよ。とんでもなくないですか??僕以外のメンバーはまだ社歴1年未満だったし、さすがに任せたら気の毒じゃないですか。もうあれは僕が社員会メンバーになる確定コースだったんですよ。そのつもりで打ち合わせメンバーの人選だってされてたに決まってます。もうほとんど脅迫ですよ。」
全く気に入らない。そこまでこちらからやると言わせたいのだろうか。それであれば直接やってくれないかと言ってもらったほうがまだマシである。
「あぁ、なるほどね。相変わらずか。」
仮苗さんが煙草を吸いながら相槌を打つ。
「相変わらずって?前からそうなんですか?」
「わからないけど、俺が若手だったころに同じ状況の打ち合わせに参加させられたよ。」
意外である。社員会は時間外の活動であるが、営業である僕らにとって時間外という概念は希薄だ。
時間内だろうが時間外だろうが、営業としてできる事はある。
つまり活動が時間外であろうと、時間を拘束されることは営業活動の自由を奪われることだ。
今はマネジメントに回っているが、仮苗さんは営業として極めて優秀だ。(だからこそこの組織でマネジメントに回れている。)
優秀な営業社員の営業時間を奪うのは組織としてナンセンスであるはずだ。
「え、もしかして社員会のメンバーになったことあるんですか?」
「あるよ。2年連続で立候補した。」
「噓でしょ、、、?なんで?なんのために?僕と同じで立候補せざるを得なかったんですか?」
仮苗さんが断れないとは思えないが、それ以外に理由が想像ができない。
「社員会の打ち合わせはホールディングスの会議室で行われる。社長室の隣だ。しかも打ち合わせには不定期だけど社長や役員も参加する。他にも総務や経理の部長級が来ることがある。」
言わんとしていることがわかってきた。
「ホールディングスに顔を売るために参加していたってことですか。」
「まぁ、簡単に言うとね。」
確かに仮苗さんほど社長とサシ飲みしている人は社内にいない。総務や経理に電話するときも、メンバークラスではなく部長に直電しているのを何度も目にしている。
「壮太、どのような状況であれ、それをどのように解釈するかはその状況にある個人に委ねられている。ヴィクトール・E・フランクルも【夜と霧】の中で、『いかなる状況においても自分の態度を選ぶ自由を奪えない』と言っている。つまりどう解釈し、どう意味づけするかは奪われることのない自由だということだ。」
「はぁ、、、じゃぁ仮苗さんは社員会のイベントには興味がなかったけど、それでも社員会メンバーとして参加することに意味を見出していたってことですね。」
「いや、社員会のイベントそのものにも一定の意味を見出していたよ。ホールディングスを除いた、各グループ会社の営業部長級とコンセンサスを取るという意味。それを達成するためには、参加率の高い面白いイベント企画が必要だ。」
そこまで考えて行動するのか、、、
「【夜と霧】はアウシュビッツに収容された経験のある心理学者の体験談をベースにしている。彼は身体的自由も、社会的地位も、その他ありとあらゆるものを奪われ、その中で意味づける自由だけは奪われることがないと論じている。それを考えれば、日本の会社勤めである壮太には意味づけの自由も、行動を選ぶ自由も担保されている。壮太にそれらを強制する、脅迫することなどありえない。起こりえないんだ。言い訳せずに、自分の意味づけと選択をもっと大切にしたほうがいい。」




