4話 呪い〜物語化批判の哲学
金曜日。23時15分。
「壮太、出れる?」
仮苗さんの声が、僕らを除いて空っぽの事業所に響く。
「はい、キャビネットの施錠も終わったのでもう出られます。」
明かりを落とし事業所を二人で出る。
「ちょっと下のローソン寄っていい?」
「あ、はい。僕トイレ寄ってから行きます。」
今日はくたびれた。月初第二営業日、請求書の発行が立て込んでいた。
請求書も自分で発行できない営業っていったい何なんだ。疲労からかさすがに嫌になる。
急いでローソンに向かうと、自動ドアの前に仮苗さんが立っている。
手に500㎖のビールを2本持っている。
「ほい。」
「すみません、ありがとうございます。」
さすがに飲みに行くには遅すぎる。しかし他の営業メンバーの為に残業をしてこの時間だ。(僕だって本来は一営業メンバーだ)
このまま真っすぐ帰るのは癪である。
そんな時は大体仮苗さんとビールを飲みながら駅まで歩く。何なら帰路の途中にもう一軒コンビニがあり、
その外にベンチが置いてあるのでそこで飲み切ってから帰るのである。
僕はさっそく今朝の営業会議の愚痴を言い始める。
「1課の他のメンバー、ちょっとどうにかできないですかね。このままじゃ2課に置いて行かれちゃいますよ。」
僕らのいる営業部は、1課と2課で構成されており、部長職のポストは現在空席で、執行役員が兼任している。
仮苗さんは1課の課長である。僕も1課所属だ。
「今日の会議でも2課のほうが調子がいいみたいな話を聞かされて、、、冗談じゃないですよ。仮苗さんも僕も調子いいのに、他のメンバーのマイナスが大きすぎてあの言われようですよ。」
営業会議で役員が2課を褒めたのが気に入らない。
(しかも自分が若いころはあーだっただの、自分はこんな大きい契約をとっただの、いつもの自分語りに付き合わされてすこぶる不愉快な会議だった。)
もちろん自分が所属している課が軽んじられること(つまり自分が軽んじられていること)も気分が悪いが、仮苗さんが批判されているようで我慢ならないのである。
「2課のほうが調子がいいのは事実だろ。」
「そもそも営業成績は実力半分運半分だ。運が来てない時には、どれだけ優秀な営業マンでも予算をとるのはかなり難しい。」
まるで他人事のように仮苗さんが言う。その様子も気に入らない。
「いやそうですけど、、、でも僕らのほうが勉強会だってやってるし、、、。」
「勉強会なんてただのポーズだよ。本来勉強というのは『する』ことはできても『教える』ことはできないからね。する気があれば勉強会なんて場があろうとなかろうと、自分ですればいい。
あ、これ前話した【すべてがFになる】の犀川助教授のセリフね。細かいとこは違うと思うけど。
そんなことより壮太、彼女できた?」
もうこの話を終わらせようとしている。業務時間中は僕から見ても業務に向かって頭がフル回転しているのが見て取れるのに、退勤するといつもこの調子である。
「できてないですけど、、、いやそれはいいんですよ。もっと、予算をとるためにスキルアップしなきゃいけないこととかあるんじゃないんですか?僕2課に負けたくないです。」
もし、ないとは思うが、万が一にも2課の課長が、空席の部長職におさまるようなことがあったらと思うとゾッとする。
はっきり言って僕は2課の課長が嫌いである。仕事もできるとは思えない。なんであんな人が仮苗さんと同格にいるのか理解できない。
「鼻息が荒いなぁ、、、。2課に勝つことも、スキルアップもあまり考えすぎないほうがいいよ。そんなことより彼女を、、、いや、楽しく仕事しよう。」
あなたがそんなことじゃ困るんですよ!!と今すぐ叫びたい。
「でも仮苗さんは、競争が、というか、勝つことが得意でしょう?スキルアップだって好きなんじゃないんですか?大事なことでしょう?」
「うん。その文脈においてはそうだね。負けるより勝つ方が好きだし、勝つのも比較的得意かもしれない。スキルアップ、というか知らない知識をインプットしたり、それを用いて業務を効率的に行うこともまぁ好きとも言える。
でもそれは世界、あるいは人生の一面的な捉え方に過ぎないよ。
難波 優輝先生も【物語化批判の哲学】の中で書いている。壮太が今言ったようなことに執着しすぎるのは少々危険だ。
スキルアップとゴール、一貫性、正解、勝利などといったものは、それぞれゲーム的、物語的、パズル的、ギャンブル的な人生の捉え方、一面的な捉え方にすぎない。人生の、あるいは労働というものの命題に据えるのは危険だよ。
それらは現状ビジネスシーンで支配的な思想だし、それを把握することには意味がある。うまくやるためにね。
でもそれらに執着するというのは、なんというか、、、営業部の上司としては申し上げづらいところなんだけど、一種の呪いだね。今朝の役員の自分語りなんかは一貫性に対する過剰な執着の結果だ。あれは呪いだ。」
今後の1課運営の話をしていたはずが、仮苗さんの直属の上司が呪われている話になっている。。。
「じゃぁ仮苗さんはどんな捉え方をしているんですか?」
「仕事の現場ではみんなと同じだよ。郷に入っては郷に従えというだろう?」
「いやそうじゃなく、さっき世界とか人生とか言ってましたよね?例えば人生をどんなふうに捉えているんですか?」
「俺が気に入っているのはもっと不規則で、偶然性が高く、目的のないおもちゃ遊びのような捉え方だ。スキルアップとゴール、一貫性、正解、勝利といったものはすべて人生を狭窄的にしたり、強制的に二元論に引き込んだりする。世界や人生というものは本来もっと脈絡がなく、三次元的、つまり自由で、カラフルなはずだ。」
ダメだ。よくわからない。




