2話 愛と旅〜ガンジス河でバタフライ
金曜日。相変わらず事務仕事で残業である。
真名壮太は仮苗新一に付き合って残業している。
すでに事務机には会社に据え置かれたオフィスグリコの空き袋が2つ転がっている。
とはいえ今日はまだ20時20分。それなりに処理は片付いてきているし、
あまり遅くはならなさそうである。
仮苗さんもそう思っているようで、先週ほどうんざりした顔はしていない。
「21時30分には終えよう。」
「了解です!」
処理の目途がたっていることもあり、会話は業務ではなく雑談が多くなる。
「もうすぐ夏休みですね。どこか旅行とか行くんですか?海外旅行とか。」
「いや行かないよ。行っても国内じゃないかな。」
「あれ?そうなんですか。タイとかベトナムとか、詳しくないですけど好きなのかと思ってました。」
仮苗さんは会社の懇親会でもエスニックファッションを着てきたり、
ちょくちょく国内のゲストハウスに泊まりに行くなど、僕からは旅行が好きそうに思える。
「ん~。いやアジア圏ならいってもいいんだけどね。国内のほうが楽しいから。」
「なにか海外に行かない理由があるんですか?」
意外な回答だった。さらに質問する。
「旅行でわざわざ遠方に行くときには、もちろん街並みだとか市場だとか、それこそ世界遺産だとか見るの面白いんだけど、やっぱり異国文化を感じたいと思っていて。でも異国文化を感じることができるかどうかって、やっぱり言語の壁が大きいと思うんだ。見るだけじゃなく、話すことで初めて感じられることってかなり多いと思う。恥ずかしながら俺は英語すらさして話せないからね。そうすると会話を使って異国文化を感じるのは難しい。
そう考えると、日本語が通じて、かつ今の居住地とは違う文化を持った日本国内に旅行に行きたくなっちゃうんだよ。」
仮苗さんは仕事外では口数が増える傾向にある。
僕もあまり海外旅行経験は多くなく、同じく外国語に明るくないので、気持ちはわかるような気がする。
「勢いで現地の方々とコミュニケーションとる人もいるじゃないですか。あーゆーの羨ましいですよね。」
「アイ、ビリーブ、マイセルフだね。」
「、、、自分を信じる、ってことですか?」
「たぶんそう。マイセルフの定義がもう少し広義の可能性があるけど。たかのてるこさんの【ガンジス河でバタフライ】の一説だね。」
「なんですかそれ、タイトル素敵ですね。」
「会社員の女性がインドのガンジス河にバタフライしに行く話、ではないんだけど、大筋ではそういう本だね。ガンジス河のほとりで、おそらく仏教かな。お坊さんと問答するシーンがあるんだけど。それが最高なんだ。ほかにもいろんな国の本があるから、機会があったらぜひ読んでみて。もともと作家さんじゃない、という言い方が正しいかわからないけど、作為的な書き方をしないというか、エッセイ的な自然さで読みやすいから。」
「へぇ、、、ますます海外旅行行きそうな気がしますけど、、、」
「ぜひ行きたいとは思うんだけど、俺らは自分で思うほど日本のこともろくに知らない。どれくらい小田原や鎌倉について語れるかな?同じ県内ですらその程度だ。異文化を学びたいなら必ずしも異国に行く必要はないよ。憧れるけどね。」
21時30分になった。




