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時を戻した白鳥は、カラスの愛を望まない  作者: 木山花名美


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番外編 会いに来たわ!

 

 町外れの丘に建つ、小さな民家。

 そこに住む少年は、今日も暑くなりそうだなと、眩しい空を見上げる。

 多めに水を汲んでおこうと、桶を手に取った時、誰かが玄関の戸を激しく叩いた。


(集金か? 祖父の魔道具の売れ行きは好調だし、未納のものはないはずだが……)


 小窓からチラリと覗けば、小さな人影が見えた。


「どちら様ですか?」


 呼び掛けると、戸の向こうから甲高い女の子の声が響く。


「リンディ・フローランスです! 約束通り、会いに来たわ!」


(約束?)


 慎重に開けると、そこには人形みたいな少女が、青い大きな目を輝かせながら立っていた。

 その隣には、赤い目でギロリとこちらを睨む、自分と歳が近そうな少年がいる。

 更にその奥には、制服を着た、厳つい男が二人立っていた。


(護衛だろうか? 身なりも良いし、きっとどこかの貴族の子どもだろう。自分には縁遠そうなこの子どもたちと、何か約束などしただろうか?)


 躊躇っていると、少女がずいっと顔を近付けてきた。


「私を覚えていない? やっぱり忘れちゃった?」

「うん……」


 少年はそう答えつつ、自分の記憶を探る。こんなに印象的な子と何か約束をしていたら、忘れる訳がなさそうだが。


「大丈夫よ! 私が覚えていたから! 三度目……ううん、ヨハン兄様とは二度目だったわ。もしよかったら、二度目も私のお兄様になってね」


(二度目? お兄様? 何を言っているのか、サッパリわからない。でも、自分の愛称を親しげに呼ぶくらいなのだから、やはりどこかで会ったことがあるのだろう)


 ぐいぐい近付きヨハネスの手を握る少女を、目つきの悪い少年が引き剥がし、不機嫌そうに言う。


「 “ お兄様 ” は必要ない。コイツは “ 友達 ” ……いや、“ 知り合い ” で充分だ」


 あまりにも挑発的なその態度に、僕が何かしたか? と、ヨハネスは不安になってくる。



「ヨハン、お客さんか?」


 奥からヨハネスの祖父が顔を出す。

 すると赤い目の少年は、ズカズカと家に上がり込み、年老いた手をガシッと握った。


「あなたが……あなたがヨハネス・ウェンの祖父君で、魔道具作りの職人か?」

「まあ、そうだが……」

「そうか!!」


 少年はヨハネスの祖父を抱き締め、おいおい泣き始めた。


「ありがとう……あなたのおかげでリンディは……本当に、本当にありがとうございます。命の恩人だ……」


 ヨハネスと祖父は視線を交わし、同時に首を傾げた。


「とにかく……家へ上がってもらいなさい」




 井戸から汲んだばかりの冷たい水を、リンディとルーファスはごくごく飲み干す。空のコップを置き見上げれば、ヨハネスの祖父であり指輪を作った職人は、孫とよく似た優しい眼差しで二人を見つめていた。


「今日は暑いから美味いだろう。そうだ、ちょうど裏の川で、西瓜を冷やしていたんだ。ヨハン、切って出してあげなさい」


 ヨハネスの祖父は、想像していたよりも、ずっと朗らかで健康そうだった。

 二度目の人生でリンディがヨハネスから聞いた話によると、妻を病気で亡くしてから、一心不乱に時を戻す魔道具作りに没頭してきた、哀しい老人というイメージだったが……


 ヨハネスが外へ出て行くと、ルーファスは居住いを正し、改めて老人へ向かった。


「あなたが作ってくださった魔道具のおかげで、私とリンディは幸せになれました。本当にありがとうございます」


 深々と頭を下げる子どもたちに、ヨハネスの祖父は何かを考え口を開く。


「私には作った記憶が残っていないと言うことか?」

「はい。私とリンディ以外には、記憶は残っていません」

「どんな効果のある魔道具だったんだ?」

「それは……秘密です。あなたにお伝えすることが、良いこととは限りませんので」

「作った本人に秘密とは……これは面白いな」


 ヨハネスの祖父は、ハハッと声を上げて笑う。


「だが……そうかもしれんな。私はきっと、それを作った記憶を抹消したかったのだろう」


 哀しげな顔でそう言うと、祖父は席を立ち、窓辺の写真立てを手に取る。


「妻を亡くしてから、私はずっと深い闇の中にいた。喪失感を何かに昇華しようと躍起になって、ひたすら何かの研究をしていた。だが……不思議なことに、何を作ろうとしていたか、全く思い出せないんだ」


 ルーファスは神妙な面持ちで相槌を打つ。


「二年くらい前だったかな……なぜか憑き物が落ちたように、急に楽になったんだ。自分がやるべきことは、喪失感を昇華する魔道具じゃなく、世のため人のためになる魔道具を作ることじゃないかってね。そして何よりすべきことは、孫を幸せにすることだと」


 ヨハネスの祖父は写真立てを戻すと、棚から馬車の模型を取り、二人の前に置いた。


「手を一回叩いてごらん」


 リンディがパチンと手を叩くと、馬車の車輪がくるくる回り出し、テーブルの端まで走った。

 落っこちる寸前で、祖父がもう一度手を叩くと、ピタリと止まる。


「風の魔力を利用した玩具だ。叩き方で自由自在に走らせることができる」

「……面白い!」

「それだけじゃない。ここを押すと……」


 馬車の色が、黒から白へと変化した。


「うわあ、綺麗!」

「光の魔力を利用した仕組みだ。ヨハンが考えたんだよ」

「ヨハン兄様が?」

「ああ。あいつはなかなか、魔道具作りの才能がある。ほら、こうして……金色にも変わるんだ」


 誇らしげに笑うその顔は、孫を愛する祖父のものだった。


「売れる魔道具をたくさん開発して、ヨハンのために少しでも財産を遺したい。いつ私が死んでも、あの子が望む道へ進めるように」


 リンディはにこっと笑いながら、自信たっぷりに言う。


「大丈夫です! ヨハン兄様は、優しくて賢くて強くて、とっても素敵だから。魔道具作りでも護衛でも、何でも器用にこなしちゃうと思います!」

「護衛か……そうだな。あの子は体格も運動神経も良いから、それもアリかもしれん。気も利くしな」

「はい! あっ、あと料理も上手だから、シェフにもなれそうです」


 ハハッと笑い合う横で、ルーファスだけが腕を組み、ムスッとしていた。

 やがて落ち着くと、ヨハネスの祖父は真剣な顔で二人の子どもに向かう。


「私が何を作ってしまったのかはわからないが……その魔道具は、本当に君たちを幸せにしたんだな?」

「はい、とっても! ……本当は少しだけ大変だったし、結構痛かったけど。でも、今はその何倍も幸せです!」

「そうか……それなら良かった。私はこうして君たちが来てくれるのを、心のどこかでずっと待っていたのかもしれん」



 瑞々しい西瓜をご馳走になり、ヨハネスの家を出た頃には、陽が少し傾き始めていた。

 外まで見送りに出てくれたヨハネスに、リンディはにこにこと尋ねる。


「また遊びに来てもいい?」

「いいけど……家、面白いの?」

「うん! 魔道具は楽しいし、お祖父様ともお友達になったし、ヨハン兄様は前から私のお兄様だもの」


 “ ヨハン兄様 ”


 その響きに、なぜかくすぐったい気持ちになり、ヨハネスはミルクティー色の頭をポリポリと掻いた。


「ねえ……僕は本当に、君と会う約束をしていたの?」

「そうよ。覚えている方が会いに行くって」

「そうか……そう言われれば、そんな気がしてきたよ。忘れてしまって、ごめんね」

「いいの! また会えて、すっごく嬉しい!」


「……行くぞ」


 ルーファスは相変わらず不機嫌そうに言いながら、リンディの手を引く。


「あっ、待って! これをあげるのを忘れていたわ! ……はい、どうぞ」


 リンディはポシェットから小さな紙袋を取り出し、ヨハネスに渡す。


 何だろうと中を覗いたヨハネスは、あっと声を上げ笑った。


「金平糖だ。昔、母さんに祭りで買ってもらった……懐かしいな」

「好きでしょう? 二度目の人生の二度目に行ったお祭りでね、もし迷子になっていなかったら、ヨハン兄様に買ってあげたかったから」

「二度目の二度目……」

「じゃあまたね! どうもありがとう!」


 元気に手を振る少女に、ヨハネスも手を振りながら呟く。


「……またね、リンディ」


 黙っていれば、人形みたいな子。どこか懐かしくて、胸が甘酸っぱくなる──そんな女の子。

 ふわふわ揺れる金髪が見えなくなるまで、ヨハネスは手を振り続けていた。



『……忘れたくないな』

『ん?』

『僕は君を忘れたくない。この場所を、絶対に忘れたくない』

『大丈夫よ! また会いに行くから! もし私が忘れていたら、ヨハン兄様も会いに来てね』

『……うん。必ず、必ず会いに行くよ。約束する』



 ヨハネスの小指は、なぜかじんと熱を帯びていた。




 帰りの馬車で、ルーファスはそっぽを向いたまま黙り込む。


「お義兄様、大丈夫? 西瓜食べすぎちゃった?」


(ああ。確かにムシャクシャして人一倍食べたかもしれない。そのムシャクシャの原因は……)


「どっちだ?」


 質問の意味がわからず、リンディは小首を傾げる。


「俺とヨハネス、どっちが優しくて賢くて強くて、とっても素敵なんだ?」

「ああ! 決まっているじゃない! そんなの……どっちもよ! どっちもそれぞれ、素敵なお兄様だわ!」


 期待が外れ、ルーファスはガクッと肩を落とす。リンディはそんな彼の左手を、ギュッと握った。


「でも、“ 旦那様 ” はルーファスが一番素敵! “ お兄様 ” は二人とも素敵だけど、“ 旦那様 ” はルーファス一人だけだもの。だからやっぱり、世界中でルーファスが一番素敵!」


 ルーファスの顔がふにゃりと緩む。未来の妻の愛らしい頬に、チュッと唇を落とした。


(ああ、何で心は大人なのに、身体は子供なんだ。

 リンディが成人するまであと十年……やはりこれは試練だな)


 中毒症状を起こしているルーファスにとっては、それは拷問に等しい年月だった。




 ──数年後、祖父の遺産で、ヨハネスはランネ学園の魔術科に入学し、優秀な成績を収めた。

 卒業後はそのまま同学園の研究室に入り、後輩のタクトと共に、画期的な魔道具を幾つも世に生み出す開発者となる。


 三度目の人生では、セドラー家の護衛の道を選ばなかったヨハネスだが、ルーファスとは生涯の親友に。リンディとは実の兄妹のような、かけがえのない存在となる。



 人の巡り合わせは奇跡の積み重ねだ。

 道端の石ころみたいな出会いが、時には宝石みたいに、誰かの人生を輝かせる。


ありがとうございました。

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