第95羽 三度目の人生へ
屋敷へ戻ったルーファスとリンディは、両親と親戚らが和やかに歓談する広間に駆け込んだ。
ぜいぜいと息を切らす二人に、大人たちは何事かと一斉に目を向ける。
ルーファスはリンディの手をしっかりと握ったまま、父デュークの元へ向かい、真剣な顔で訴える。
「父上、私はこの結婚には大賛成ですが、リンディとは義兄妹になりたくありません。絶対に、養子縁組はしないでください! まだ、届出は提出されていませんよね?」
デュークはまず、親戚の集まる場で無礼を働いた息子を咎めようと口を開きかける。だが、息子がこのように感情的になるのは余程のことだろうと、一旦呑み込み向き合うことにした。
「なぜだ? なぜリンディと義兄妹になりたくないんだ?」
「愛しているからです。一人の女性として」
8歳の子どもとは思えぬ言動に、大人たちは驚き、ざわつく。しかしデュークは周りを意に介さず、続けろと息子を促した。
「彼女を将来、私の妻として迎えたいのです。ですので、妹ではなく、正式な婚約者としてお認めください。認めていただけないのでしたら、私は生涯独身を貫きます。彼女以外の女性を愛することなど、あり得ないでしょうから」
しんと静まり返る。デュークとフローラは視線を交わし、これは子どもの冗談などではないと頷き合った。
息子の真剣な眼差しから、あえて親戚らが集まるこの場を選び、セドラー家の次期当主として発言したことが伝わったからだ。
「ルーファス、お前の意思はわかった。ではリンディ、君はどうなんだ?」
息子よりも幼いリンディに対し、デュークは数段優しい声音で問う。
きょとんと首を傾げるか、ままごとみたいな返事が返ってくるだろう。そんなデュークとフローラの予想は見事に裏切られる。
リンディは涙を流しながらも、ルーファスに負けぬほど真剣な顔で、両親へ想いを伝えた。
「私も、ルーファス様を一人の男性として愛しています。彼の妹ではなく、彼の妻として、将来このセドラー家に迎えてください」
リンディの力強い返事に、緊張していたルーファスの目からも涙が溢れた。
──目の錯覚だろうか。幼い子どものはずなのに、まるで年頃の若い男女に見える二人。大人たちは皆、なんとも奇妙な感覚に包まれていた。
その後、夫婦会議と親族会議を経て、リンディの養子縁組は一旦保留となった。表向きは兄妹として育て、成長してもまだ二人の意思が変わらなければ、正式な婚約者として認める方向で、意見は一致した。
大人たちが議論している間、二人は子ども部屋に移動し、時戻りについて振り返っていた。
少し時間はかかったが、ルーファスの丁寧な説明により、リンディはここが天国ではなく、三度目の人生であることを無事に理解した。
逆にルーファスは、指輪を作った職人のこと、職人が指輪に込めた想い、またヨハネスがその職人の孫であったことを、リンディから説明される。
指輪を嵌めた夫婦に課される、試練と効果について話し合っていた時……二人はやっと、指輪に起きた変化に気付いた。
『尚、指輪に愛された者たちに限り、互いの砂を分け合うことができる 』
ルーファスの指輪の砂は増え、リンディの指輪の砂は減っている。小さな手を並べてみると、全く同じ輝きを放っていた。
「どうしよう……私、お義兄様の寿命を奪ってしまったんだわ! ごめんなさい……ごめんなさい」
そう泣き出すリンディとは反対に、ルーファスは嬉し泣きをする。
なにせ彼は愛する女性の死を二度も経験したのだ。三度目もそれを覚悟の上で願ったのに、まさか彼女の寿命を延ばすことができたなんて。
しかも一緒に死ねるなんて……遺される苦しみを味わうことも味わわせることもないなんて、最高のご褒美じゃないかと感動する。
もし指輪を作った職人がこの場にいたら、ルーファスは抱き締めて、キスの雨を降らせていただろう。
そんな自分の想いを素直に伝え、泣きじゃくるリンディをどうにかなだめる。それからルーファスは、彼女の二度目の人生の冒険譚に聴き入った。
泣いたり、微笑んだり、ヨハネスへの嫉妬と感謝で葛藤したり……そして何より、自分に対して、激しい怒りを覚えた。
忙しない感情に、ルーファスは子どものような仕草で、乱暴に目尻を擦る。リンディも鼻を啜りながら、彼の頬をハンカチで大人っぽく拭った。
少し落ち着くと、リンディは改めて疑問を口にする。
「どうして私にも記憶が残ったのかしら。願ったのは旦那様なのに」
「……ご褒美かもな。リンディが頑張ったから」
「でも私、やっぱりバカだわ。旦那様みたいにうまく時を戻していたら、二度目の人生であんなに苦労しなくて良かったのに。何だか随分遠回りしてしまったみたい」
「いや、僕はいいとこ取りしただけだよ。二度目の人生でリンディが頑張ってくれたから、こんな最高のご褒美をもらえたんだ」
互いの左手を並べ、同じ輝きを放つ指輪を見つめる。するとリンディは、またくすんと鼻を啜り始めた。
「本当にこれで良かったのかしら……」
「いいに決まっているだろう。君がいなければ、たとえ生きていたって、僕は死んだも同然なんだから」
正確にはわからないが、砂の残り具合からして、天に召されるのは50歳前後だろう。それだけ生きれば充分だと、ルーファスは頷く。それに……
「三度目の人生だぞ? 一度目と二度目と、合わせたらもう何年生きたと思う?」
「えっと旦那様は……21+21+……違う。二度目は七歳から、三度目は八歳からだから……えっと……」
難しい顔で指を折るリンディに、ルーファスはふっと笑う。可愛い眉間の皺を、長い指でなぞり、優しく言った。
「いいよ、計算なんかしなくて。とにかくたくさん生きたってことだ」
「……そっかあ。ねえ、お義父様たちは、私たちの願いを聞いてくださるかしら」
「大丈夫だよ、きっと。父上も母上も、いつだって僕たちの幸せを一番に考えてくれているんだから」
「……うん!」
リンディは自分の眉間から彼の指を取ると、そのまま鼻の下へ真っすぐ滑らせ、チュッと唇を寄せる。それだけで、何とも言えない温もりが、さざ波のように、互いの胸へ広がっていった。
もし身体が大人ならば……唇を重ねて、満足するまで強く抱き締め合ったたろう。
だが、子どもである今はそんな熱も生まれず、ただぽかぽかと穏やかな気持ちに包まれているだけだ。
(心は大人で、こんなに愛し合っているのに。不思議だな)
そんなことを考えていたルーファスは、ふと気付く。この先思春期に入り、そういう熱が生まれたとしても、結婚するまで……最低でも婚約するまでは耐えなければいけないことに。
(これは新たな試練かもしれない。二度目の人生で、散々彼女の毒を食らってしまった自分が、果たして何年も我慢できるのだろうか)
ああと髪を掻きむしりたくなった時、ドアの外から、優しい声に呼び掛けられた。
「お坊ちゃま、お嬢様、おやつでございますよ」
「モリーさんだ!」と駆け出すリンディの後を、ルーファスも笑顔で追う。
晴れの日の豪華なおやつを食べながら、大きな希望とほんの少しの不安に満ちた、三度目の人生がスタートした。
◇◇◇
ルーファスが13歳を迎えた年、リンディは正式に婚約者として認められ発表された。
三度目ということもあり、アリエッタ王女を排除するためのルーファスの対策は、時を戻したその日中に練られ、速やかに実行された。
宰相である父デュークを通して、早くからヘイル国への留学と降嫁を国王に勧めていたため、王女とは一切顔を合わす機会もなく、穏便に排除することに成功したのだ。
進学は二人とも、一~二度目と同じルートを辿り、ルーファスは高等部から王都学園へ、リンディは中等部からランネ学園へ通う。
卒業後も同じく、ルーファスは大臣として、リンディは絵師として王宮へ勤めることになった。
二度目では、一人で人生の選択に怯えてきたリンディだが、三度目は二人で一緒に道を選んで来た。
再び会えた人も、二度と会えないかもしれない人も、今までの人生で巡り逢った人たちとは、尊い縁で結ばれている。きっとどこかで繋がっているのだと考えたら、二度目のような恐怖は感じなくなった。
そして指折り数えていた、リンディ18歳の誕生日。
成人すると同時に速やかに結婚式を挙げ、二度目の人生よりも半年ほど早く、二人は正式な夫婦となった。
それから一年の月日が流れ──
リンディは三度目の、19歳の誕生日を迎えた。




