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第7羽 義兄妹になった日

 

(奥様を殺した……?)


 デュークの衝撃の発言にフローラは絶句し、ただ次の言葉が発せられるのを待った。


「……妻、ナタリアには想いを寄せる男性がおりました。私の従者です」


 小説のような話に、フローラは息を呑む。


「妻は離縁を申し出ましたが、私はそれを許しませんでした。不義の末に愛人を選び、幼い息子を捨てたとなれば、妻は一生表を歩けないからです。私は従者を追い出し、彼女を部屋に閉じ込めました。思いつめた妻は、二年前自ら命を絶ち……その姿を最初に発見したのがルーファスでした」


 幼い子供が、母親の自死を目撃する。それはどれほどの衝撃だったか……想像に難くない。


「離縁し此処から出してやれば……妻は死なずに済みました。私は結局、ただ妻を許せなかっただけなのでしょう。人の心など縛れるものではないのに。私が間接的に殺したも同然なのです」


 デュークの瞳が更にかげる。


「ルーファスは母親の不義を知らないでしょうが、私が部屋に閉じ込めた為に亡くなったことは理解しています。きっと私を恨んでいるでしょう。彼にどう接すれば良いか分からず、ここまで来てしまいました」



 ポタリと落ちる雫に、デュークは目を瞠る。


「……何故泣いているんですか?」


 フローラはハッとし、濡れた自分の頬に手をやった。


「私……本当に、何で泣いているのかしら……よく分かりません。ただ、貴方はどうされていたのかと考えていたら」

「どうされて……とは?」

「誰かにすがったり頼ったり共有したり慰めてもらったり……抱き締めてもらったり、そのようなことが出来ていたのですか?」


 そう問い掛けながら、フローラは涙の理由わけに気付いた。同じく夫に不義を働かれた自分と、彼を重ねていたからだ。

 人生明るく前向きがモットーのフローラだが、心の内にはずっと傷を抱えていたらしい。


「夫が愛人と出て行った時、私にはリンディが居ました。ご存知の通りあの子は個性的ですが、私を愛し沢山抱き締めてくれたのです」


(そうか……この女性ひとも)

 デュークは目を伏せ答える。


「私は……全て一人で対処しました。家門の為、息子の為に強く在らねばなりませんでしたので」


 髪の毛から爪先まで。全身で泣いているようなデューク。気付けばフローラは、彼を抱き締め……いや、がしっと抱き付いていた。

 咄嗟の圧迫感に、デュークはぐえっと変な声を出す。


「がの(あの)……」

「私が抱き締めてあげます。よく頑張りましたね」



「ふっ……ふっ……」

 デュークの胸が震え出す。


(あら、泣いてしまったかしら)


 フローラは腕を緩め、彼を見上げた。やはりルビー色の瞳には涙が浮かんでいる。そして……


「ふっ! ははははは」


 彼は大声で笑い出した。

 涙を拭って差しあげようと取り出したハンカチをそのままに、フローラはぽかんとそれを見つめる。

 やがてはあはあと息を整えると、デュークはフローラの手を優しく握った。


「……ありがとうございます。でも、ご心配なく。貴女方母娘(おやこ)がこの屋敷に来てから、私はとても楽しいのです」


 “ 楽しい ”

 その言葉が、フローラには嬉しかった。自分の生き方には誇りを持っているし、リンディも自分にとっては魅力満載の子供だが……

 お前達は普通じゃないと、周りから壁を作られていることを知っていたからだ。


「フローラ・フローランス嬢。私はリンディだけでなく、貴女のことも結構気に入っているのですよ。抱き締めていただけたということは、私も嫌われてはいないようですし……この話、真剣に考えていただけませんか?」


 “ 好き ” も “ 愛してる ” もないプロポーズ。

 だけど、娘ごと “ 楽しい ” と受け入れてくれたプロポーズ。


(二度目の結婚だもの。こんな形もありじゃない?)


 フローラの中の好奇心が、むくむくと顔を出す。


「お返事はいつでも……」

「お受けします」

「え?」

「そのお話、ありがたくお受け致します」


(大丈夫、きっと幸せになれる。それに……私も結構、この人のことを気に入っているのだもの)


 前向き過ぎるフローラは、十二年後の悲劇など描くことが出来ずにその手を取った。


「ありがとう……だが一つ、貴女に了承を頂かねばならないことがあります」



 ◇◇◇


  三ヶ月後────

 クリステン公爵家の所有する神殿で、ささやかな結婚式が執り行われた。


 白いドレスに身を包んだ母を、リンディはルーファスの隣で、目を輝かせながら見つめる。

 母の手を取るのは、同じく白い礼服に身を包んだカラスの坊っちゃまのお父様。


 思わず駆け寄りそうになるリンディの手を、ルーファスはぎゅっと握り囁く。


「ここで絵を描いてもいいよ」


 おいでと言う風に、ぽんぽん叩かれる膝。リンディは笑顔を浮かべルーファスの膝に座ると、スケッチブックを広げ、指輪を交換する二匹の白い山羊ヤギを描き始めた。



 式が終わり、ルーファスと手を繋ぎながら屋敷の庭をスキップするリンディ。

 小さな身体が上下する度に、ワンピースの白いレースがふわふわと膨らむ。


「……白鳥みたい」

「はくちょう?」

「君はカラスより、白鳥になる方が早いかもしれない」

「そうなの!?」

「うん。どっちになるか、選ぶのは君の自由だけど」

「どうしようかなあ、ねえ、白鳥も綺麗?」

「どうだろう。新しい図鑑に載っていたから、見せてあげる」


 陽の光にキラキラ輝く青い瞳。本当にこんな白鳥がいたら綺麗だろうにとルーファスは思う。

 はしゃぐリンディのスキップは更に激しくなり、繋いだままのルーファスの手はぶんぶん振られ、今にもげそうだ。


「そうだ……僕達は今日から兄妹になるんだね」


 聞き慣れない響きに、ピタリと動きを止めるリンディ。


「きょうだい?」

「年齢的に、僕がお兄さんで君が妹。君の呼び方は……リンディのままでいいか」

「うん! リンディはリンディのままだよ」


 よく理解していないくせに、にこにこ笑う……義妹。


(何だろう、何か、もやもやするような、ぎゅっとするような……そして怖いような。この気持ちは何だろう。


 ある日突然、目の前に現れた小さな女の子。

 カラスと呼ばれて、何故か昼食を一緒に摂らされ、膝に乗られた。訳が分からないまま一緒に過ごす時間が増え、気付けば義兄妹になっていた。


 でも……リンディがコップを倒さないように、しっかりご飯を食べるように、色鉛筆で汚れた手をちゃんと洗うように、時間までに自分の部屋に戻るように。

 そんなことに気を配っていたら、いつの間にか、あの暗い闇が現れなくなった。

 自分の全てを飲み込む暗くて冷たい闇。

 飲み込まれないように、心を空っぽにしていたのに。


 ……だから、リンディと一緒に居るとすごく楽だった)



「カラスのお坊っちゃまは、カラスのお義兄様になるの?」

「どっちでもいいよ。好きな方で」

「どうしようかなあ、ねえ、図鑑には載ってない?」


 ふっと笑うルーファス。


「どうだろう。探してみようか」


 小さく温かな手に、ぎゅっと力を込める。



 こうして、この日から義兄妹になったカラスと白鳥。

 カラスのお坊っちゃまから、カラスのお義兄様。カラスのお義兄様から、ただのお義兄様に呼び方が変わった頃───


 リンディは10歳、ルーファスは12歳になっていた。



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