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第6羽 想定外のプロポーズ

 

「お坊っちゃまと昼食をご一緒に? あのリンディとお坊っちゃまが?」


 ルーファスの昼食に、リンディを添えて欲しい。

 それがデュークの話だった。

 解雇とはかけ離れた想定外の申し出に、フローラは目をぱちくりさせる。


「何故リンディと? あのリンディですよ?」


 自分の娘に対するあまりの言い様に、デュークは笑いを堪えながら答える。


「……ルーファスが自主的に口を利いたのは何年ぶりだろう。お嬢さんと普通に会話しているのを見て、今日は本当に驚きました。しかもお嬢さんを気遣い、自ら苦手な食材を食べたんだ」


(ああ、ブロッコリーね)

「……申し訳ありませんでした」


「いえ、素晴らしいことです。きっとお嬢さんに心を開いたのでしょう。お嬢さんもルーファスを気に入ってくれたようですしね」


(あああ、カラス、カラスと)

「……そちらについても申し訳ありませんでした」


「いえ。では早速明日から、ルーファスの部屋に昼食を二人分用意してお待ちしております。もしお嬢さんが中庭から離れられないようでしたら、ルーファスをそちらに伺わせますので」


 お坊っちゃまにわざわざお越しいただくなど!

 何としても! いえ、出来る限りリンディをそちらへ向かわせます! と息巻いたフローラだったが、それは杞憂に終わった。



 翌日「カラスのお坊っちゃまとお食事よ」と呼び掛けた所、リンディは驚くほどあっさりと遊びを切り上げたからである。

 昨日と同じ黒色のドレスを着て(危険物を持ち込まないよう身体検査も済ませ)、スケッチブックと色鉛筆を手に、スキップしながらルーファスの部屋へ向かう。


「カラスのお坊っちゃま! こんにちは!」


 元気よく挨拶をしルーファスへ駆け寄る背中を見ながら、もうどうにでもなれと割り切った気持ちで、フローラは部屋の戸を閉めた。




 ────何故かは分からないが、この小さな女の子と共に、毎日昼食を摂るよう父に命じられたルーファス。初めて会った昨日と同様、彼女は自分と同じ物を楽しそうに食べている。

 とりあえず今日は、皿にブロッコリーがないことにほっとしていた。


「ねえ、少し黒くなってきた気がしない?」


 昨日と少しも変わらぬ金色の髪に、ルーファスは何と答えようか考える。


「……さあ、どうだろう。光の加減で色は変わるから」

「そうなの?」

「うん。暗闇ではみんな黒に見えるだろ?」

「……すごい! じゃあ、夜になればみんなカラスね!」

「どうだろう。黒いのはカラスだけじゃないよ。コウモリとかシャチとか」

「コウモリ? シャチ?」

「食べ終わったら見せてあげる」


 食後、ルーファスは一冊の図鑑を取り出すと、リンディへ見せる。光の魔術で描かれた生き物達の絵は、すぐそこで動いているかのようにリアルだ。


「これがコウモリ、……で、こっちがシャチ」

「逆さま! 何で逆さまなのに落ちないの!? これは魚? 何で歯がいっぱいあるの?」


 説明文を見ながら、ルーファスは一つ一つ答えていく。しつこい質問にこんなに丁寧に対応してもらえることなど滅多にないリンディは、興奮しながらルーファスへ密着する。


(重い……)


 いつの間にかリンディの身体の半分が、ルーファスの膝に乗っている。さりげなく押してみるも、図鑑の絵に興味津々のリンディは、全く気付かない。

 ぐいぐいとくっ付かれ、しまいには完全にルーファスの膝に座った。


(仕方ない)


 ルーファスはため息を吐くと、リンディを膝に抱いたまま、質問に答え続けた。


 そんな二人をドアの隙間から覗いていたデュークは、満足げに頷く。ルーファスからすれば不本意な状況であったが、大人の目からは非常に仲睦まじい光景に映ったのだろう。



 それから昼食だけでなくおやつの時間、また、週に一度は親達も含め4人で夕食を摂るようになった。

 相変わらず自分からはほとんど言葉を発しないルーファスだが、リンディとは普通に会話をする。


 フローラが感じた一番のルーファスの変化は、以前のように意識を遮断することがなくなったこと。

 そして、なんとリンディにも喜ばしい変化が。偏食がなくなってきたことに加え、落ち着きも出てきたのだ。

 これは彼女の性質が変わったというよりも、彼女の中で今、ルーファス以上に夢中なものがないからであろう。


 母の目から見て、ルーファスはリンディの扱いが非常に上手だった。彼女が暴走しそうな時は、彼女の好奇心を受け止めつつ、巧みにやるべきことへと誘導する。お蔭で彼女はストレスを感じることなく、楽しいまま日常生活をこなすことが出来たのだ。

 もしかしたら母である自分よりも、リンディを理解しているのかもしれない。フローラはそう思った。




 こうして解雇されることもなく、半年ほど経ったある日、フローラはデュークからまた想定外の申し出を受けた。


「私と結婚していただけませんか?」


 結婚……結婚……

 頭の中でその言葉を反芻はんすうする。


(私の知っている結婚と、この方のそれとでは意味が違うのかしら)


 フローラの顔を見て、デュークはふっと笑う。


(此処へ来てから何度こんな風に笑われただろう。ごくごく普通だと思っていたけれど……私の顔は、端から見たら余程面白いらしい)


「もしかすると貴女は今、結婚という言葉の意味を懸命に考えてくださっていますか?」

「……はい」

「でしたら、貴女が考えてくださっている通りの意味で間違いありませんよ。私は貴女を妻に迎え入れたいと思っています」

「理由が思い当たらないのですが……政略結婚でも、恋愛結婚でもありませんよね?」

「そうですね……まあ、どちらかと言えば、政略結婚の部類に入るでしょうか」


 フローラはますます混乱する。たかが男爵家の子持ちの女を妻にして、この公爵様にとって何の得があるというのか。


「ルーファスの為です。彼の為にリンディが欲しい」

「……リンディを?」

「はい。貴女と結婚し、ルーファスとリンディを兄妹にしたい」


(兄妹……)


「何故でしょうか。今のままではいけませんか?」

「きちんとした繋がりが欲しいのです。それほどに、あの子はルーファスにとって必要だ」


 使用人の分を超え、踏み込んではならないと思っていた。だが、この話は私達母娘(おやこ)の人生に関わること、今なら聞く権利があるとフローラは勇気を出す。


「旦那様、ルーファス坊っちゃまは、何故あれほどまでにお心を閉ざしてしまわれたのですか? お母様……奥様が亡くなられたことだけが原因なのですか?」


 すると、彼の美しいルビー色の瞳が昏く濁る。


(やはり訊いてはいけなかったのかしら……)


 フローラが戸惑っていると、デュークは静かに口を開いた。


「私のせいです。……私が、ルーファスの母親を殺したからです」



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