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時を戻した白鳥は、カラスの愛を望まない  作者: 木山花名美


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第68羽 結婚してくれないか?

 

 結婚……結婚……

 リンディは頭の中で、その言葉を反芻はんすうする。


(私の知っている結婚と、お義父様のそれとでは意味が違うのかしら)


「あの……結婚て、男性と女性が役所で婚姻届を出して……男性が夫に、女性が妻になって……同じ家で一緒に暮らすってことですよね?」

「ああ。君が考えている通りの意味で間違いないよ。私は君を、ルーファスの妻に迎え入れたいと思っている」


 デジャヴだろうか。前にも誰かとこんなやり取りをした気がすると、デュークは記憶のもやの中で感じていた。


「デュークお父様は、どうして私達に結婚して欲しいのですか?」

「……ルーファスの為だ。私が亡き後、あの子が生きていけるように」

「亡き……後」


 リンディの瞳から、涙が洪水のように溢れる。


「何故……何故そんなこと言うの? お義父様はお元気なんですよね?」


 デュークはハンカチを取り出しつつ、慌ててリンディの隣へ移動する。温かな手で背中を擦り、幼子を慰めるように言った。


「ああ、今は何ともないよ。だが、いつ迎えが来てもおかしくない。私だけじゃなく、君だって。人の寿命は神のみぞ知る……だから、常に死には備えておかなければと、私は思っているんだ。明るく前向きにね」


「明るく、前向きに……」


「ああ。“ 死 ” がなければ、“ 生 ” の意味もない。そう考えたら、ちっとも怖くないんだ。だが……ルーファスを一人遺していくこと。それだけは怖くてね。考えると眠れなくなる」


 デュークの瞳から、一筋の涙が溢れる。

 今度はリンディが、柔らかな手で父の背を擦った。


( “ 生 ” の意味……。一度目の人生で、私が生きた意味は何だったのだろう。僅か十九歳で幕を閉じたことにも、何か意味があったのかしら)


「君が傍に居てくれたら、あの子はきっと生きて行ける……そう思うんだ。だけど、君があの子の傍で幸せになれるかどうかは分からない。……私は酷い人間だろう? 息子可愛さに、そんな所へ嫁いでもらおうとしているのだから」


 リンディは激しく首を振る。


「おに……ルーファス様は何と仰っているんですか?」

「ルーファスも、君が良ければ結婚したいと、そう言っているよ」


(お義兄様が……私と…………どうして?)


 驚きすぎて言葉にならないリンディに、デュークは真剣な顔で頷く。


「実は今日、此処にルーファスも呼んでいるんだ。二人で話して、ゆっくり答えを出して欲しい」




 ルーファスに呼び出されたのは、前にヨハネスと歩いた庭園だった。花の甘い香りは変わらないのに、あの時とは違い、日が沈みかけていて薄暗い。濃淡の違いはあれど、どの花も全てすすのように見えた。


 さっきからこちらを振り向きもしないルーファスの背中も、そろそろ宵闇が覆い隠そうとしている。

 このままでは、一言も喋らずに夜が明けてしまうかもしれない、立ったまま眠るようかしらと、リンディは不安になってきた。


 意を決してルーファスの前へ回り込み……そうになるも、『退け』と言われないように横へ並ぶ。チラリと覗いた顔は、周りの花と同じで何の色も見えないが、とりあえず殺気はなさそうだわと、話し掛けてみることにした。


「あのっ……この間、誕生日にお屋敷に招待していただいた時……先に帰ってしまったので、とても心配しました」


 護衛も連れず急に帰った主に、ヨハネスは何かあったのではと慌てて馬で後を追ったが、結局理由は分からなかったという。


(帰りも同じ馬車で帰れると思っていたのにな。あれから職場(王宮)で何回か挨拶したけど、何も返してくれないし……今までと何も変わらない。そんなお義兄様が自分との結婚を考えていると聞いても、全く信じられないわ)


 案の定何も答えてくれない為、リンディはストレートに訊いてみる。


「あの……デュークお父様からけっ……こんの話を聞いたのですが……おに……ルーファス・セドラーさんも、私と結婚したがっているって、本当ですか?」


 それでも何も答えてはくれない。


「あの……もしかして、冗談ですか?」


 なあんだ、やっぱりそうかなと、緊張感がほぐれ始めたリンディへ、ルーファスは勢いよく身体を向けた。


「冗談だと? お前みたいな変な女に、冗談で求婚する訳ないだろう!」


(冗談で求婚する訳ない……冗談じゃない…………本……気?)


 “ 変な女 ” の部分は重要ではなかったのか、幸いなことに彼女の頭を素通りしていった。


「俺は、何かを持っている女とは結婚したくない。その点、お前には何もない」


「……はあ」


「母親は王都学園首席卒でやり手の事業家だが、身分的にはしがない男爵令嬢。娘のお前は、平民の父親の血も混ざった、更にしがない名ばかりの男爵令嬢。ランネ学園を飛び級で卒業したことしか取り柄がない」


「はあ」


「本来であれば、お前なんか王家の血を引くセドラー家には釣り合わない。妻どころか、一昔前なら使用人としてすら雇ったかどうか。……まあせいぜい、下女として置いてやれば良い方だっただろう」


「はあ」


「何の後ろ楯も、権力も……しがらみもない。それがお前と結婚してやる理由だ」


「はあ……」


 気の抜けた返事をするリンディに、ルーファスは次第に苛々し始める。


「正直永遠に結婚などしたくない。だがセドラー家の長男たるもの、そういう訳にはいかない。実際あれだけヨハネスを連れて牽制してきたというのに、最近は縁談の話が方々から来るし、父も親戚連中もうるさい。……とりあえず、害のない女と形だけでも結婚しておけば、面倒なこともなくなるという訳だ」


「はあ」


「…………人の話を聞いているのか!!」


 リンディはひゃっと叫び、聞いていますよという風に手を挙げる。


「あの……あのっ……」

「さっさと言え!」

「 “ 害のない女 ”って、私のことですか?」

「今の話の流れで、他に誰が居る」


(害のない女……害のない……無害……

 嬉しい! ついにお義兄様に、私は無害だって認めてもらえたわ!)


 リンディはぱっと顔を輝かせ、「やったあ!」と天を仰ぐ。その場でくるくる回り出す彼女を見て、ルーファスは険しい顔を更にしかめた。


(こいつ……頭がイカれてるのか。本当にこんな奴を妻に迎えて、セドラー家は大丈夫なのだろうか)


「じゃあ、じゃあもう私の指を切らない? 剣で脅かしたりしない?」


 両手を組み、にこにこと見上げてくるリンディに、ルーファスは冷たく言い放つ。


「……調子に乗るな。俺はお前を信用した訳じゃない。指輪のことも、傍で監視した方が安全だと考えたからだ。つまり結婚後は、お前が何を企もうとも、今のように自由には動けない。おかしな行動をしたら、手の指どころか足も切り落としてやる」


「……おかしな行動って何?」


(…………何だ?)

 改めて訊かれると返答に困る。


「あの、私はよく変とかおかしいと言われるのだけど、自分では自分の何が変とかおかしいとか、よく分からないの。だから、おかしな行動が何か具体的に教えてもらわないと、手も足も何本あっても足りないわ。一度切ったらもう生えてこないんですから」


 言葉で相手をねじ伏せることは得意なはずなのに。彼はかつてない難問にぶつかり、考え込む。


(……やはりこの女は侮れない)


 今すぐに答えることは困難だと判断したルーファスは、時間を稼ぐ為、最善と思われる答えを口にした。


「……結婚までに、契約書を作成しておく」

「結婚?」

「ああ。禁止事項を細かく記してやるから、大人しく待っておけ」

「あの……私、まだ結婚するとはお返事してないわ」

「はあ!?」

「デュークお父様にも、ゆっくり答えをと言われていますので」


(こいつっ……! 本当に、本当に……本当に!)


 冷静に考えれば彼女の言い分はもっともなのだが、散々ペースを乱された挙句のこの返答に、ルーファスの怒りは沸点に達する。ベストから小型の短剣を取り出すと、鞘を放り投げ、切っ先をリンディへ向けた。


「俺は待たされるのが嫌いなんだ。この場でさっさと返事をしろ!」


 屋敷の窓から漏れる灯りを、キラリと反射させる刃。リンディはサッと飛び退き、素手で構えた。


「無害だって言ったじゃない!」

「うるさい! やっぱりお前は有害だ!」

「そんな風に脅かすなら、私は絶対に結婚しません」

「何だと!?」


 ぎゃあぎゃあ言い争う二人の間へ、黒い影がバサバサと忍び寄る。低空飛行で掠めるそれに、二人はあっと驚き目を瞑った。再び目を開けた時──ルーファスの手からは、短剣が跡形もなく消えていた。カアカアとわらう声を見上げれば、光る物を咥えたカラスが、悠々と西の空へ飛び去って行く。

 しばらく呆気に取られていた二人だが、リンディは次第にふるふると震え出した。


(カラスが……カラスのお兄様から短剣を……!)


 とうとう、あははとお腹を抱えて笑い出す。ルーファスはわなわなと震え出し、笑い続ける彼女の左手を掴んだ。


(ああっ、とうとう指が切られてしまうわ! 確かもう一本剣を持っているはずだもの。どうしよう……誰か私の笑いを止めて!)


 リンディは覚悟し、笑い涙を溢しながら目を瞑った。が……いつまで経っても痛みは感じない。それどころか、自分の手をすっぽり包み込むルーファスの手は、意外にも優しくて。驚きのあまり、リンディの笑いはすっと引っ込んだ。


(何でこんな風に、優しく握ってくれるの? 温かくて、心地好くて……折角笑い止んだのに、別の涙が溢れてしまうわ)


 長い親指が、彼女の薬指をなぞり始める。指輪の存在と、それ以外の『何か』を確認するように。上下、左右と、何度も何度も往復する。

 羽でくすぐられるようなその感覚に、リンディはほうっと心を委ねた。


(やっぱりお義兄様はカラスみたいね)


 やがて手が離された時、リンディは一番訊きたかった疑問を口にした。


「……お義兄様。私と結婚して……私の傍で……貴方は幸せになれますか?」



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