第65羽 明るい食卓
(やはり、青と白だな)
正面でニタニタ笑う女を見て、ルーファスは改めて思う。
(白い顔に巨大な青い瞳。……そういえば髪は金髪だったか)
それだけ確認すると、ルーファスはふいと目を逸らす。とりあえず、緑でも粒々でもないことに胸を撫で下ろしながら。
乾杯のグラスを掲げ、和やか……いや、賑やかに食事が始まった。デュークとの出会いから、毎日やり取りしている手紙のことまで、リンディのお喋りは止まらない。フローラが質問を投げ掛けると、更にリンディがそこから四方八方に話を広げる為、一つの話題がなかなか終わらないのだ。
ルーファスが驚いたのは、それにデュークが一々反応し、大きな笑い声を上げていることだ。おまけに、信じられないほど饒舌である。
離れて暮らしている今、ほとんど顔を合わせることはないが、記憶の中の父親は寡黙で、こんな風に笑うところなど見たことがない。
(……女が父に、変な魔術でもかけているのだろうか)
「そうだ、リンディ。君に特別な料理を用意したんだ」
デュークが合図をすると、給仕が銀のクローシュを被せた皿をリンディの前へ置く。と同時に、目にも止まらぬ速さで、リンディをすっぽり覆う高い衝立てがテーブルに設置された。
嫌な予感に背筋がぞわりとする息子を余所に、デュークはフローラへ向かい、楽しげに語り出した。
「お嬢さんと初めて会った時、全身緑の服を着ていたから理由を尋ねたのです。特に陛下は、それが流行のファッションなのかと非常に関心をお持ちでしてね。そうしたら、なんと彼女はブロッコリーが好物だから、これは自分の流行だと答えたんです。陛下は感心され、確かにブロッコリーだ、粒々や膨らみまで見事に再現していると、彼女のデザインを絶賛されたのです」
フローラは堪らず、ぷっと噴き出す。
「リンディ……あなた、いくらブロッコリーが好きだからって、服まで作ってしまったの?」
「はい、お母様。王様が “ 変 ” を理解してくださって嬉しかったわ」
本当はお義兄様を威嚇する為だけど、ブロッコリーが好きなのも本当だものと、リンディはにっこり笑う。
「さあ、君の好きなブロッコリー料理の盛り合わせだ。お代わりもあるから、沢山召し上がれ」
「ありがとうございます! わあ~美味しそう! 頂きます!」
いくら見えないとは言っても、すぐそこにブロッコリーがあると思うだけで、ルーファスは恐ろしくなる。耳をすませば、もしゃもしゃと醜い咀嚼音まで聞こえるようだ。神経を麻痺させようと、震える手でグラスを呷る。
「そう! 変と言えば、おに……ルーファス・セドラーさんの眼鏡が、すごく変で素敵なんです!」
ルーファスは、グラスを持つ手をピタリと止める。
(こいつ……なんてことを!)
「ほう……もしかしてその胸ポケットから覗いている緑のやつか? 実はさっきから気になっていたんだ」
皆の視線がルーファスへ注目する。彼は慌てて胸ポケットを手で隠すも、時既に遅し。
「レンズもフレームも緑なんです!」
「それはすごい。ルーファス、私に掛けさせてみてくれないか?」
家長の命に逆らうことなど出来ず、ルーファスは渋々父に眼鏡を渡す。無邪気な顔でそれを掛けたデュークは、辺りを見回し、興奮しながら叫んだ。
「おお! 全て緑に見える」
天井、壁、食卓と視線を移し、緑の息子の前でピタリと止まる。その瞬間……デュークはふるふると肩を震わせた。
「ルーファス……緑に見えるだけじゃ、ブロッコリーは克服出来ないぞ。粒々にも慣れないと」
眼鏡を作った意図を即座に見抜かれたルーファスは、カアと顔を赤らめる。そんな息子に、デュークは豪快に笑い出した。
ほろ酔いのヨハネスも、今まで制御していた分タガが外れ、デュークに負けず劣らずの声で笑い出す。ルーファスにギロリと睨まれても、もはや止まれない。
「デュークお父様、私にも掛けさせてください!」
「ああ、いいよ」
(女め! 餌をあっさり手に入れやがって。やはり策士だ!)
本当に緑だわ! と騒がしい衝立てを、ルーファスは睨み続ける。
「私も掛けてみて宜しいでしょうか?」
「私にも……」
賑やかで、騒がしく……そして明るい食卓に、給仕達は驚き視線を交わす。こんな光景は、此処へ勤めて以来初めてのことであった。
楽しそうに笑う家長を見るのも、表情のある令息を見ることも……
食後のお茶が出された頃、デュークは席を立ち、隣の部屋からある物を持って来た。
「誕生日おめでとう、リンディ。ささやかだが、私からのプレゼントだ」
大きな花束と、小箱が渡される。
「わあっ! ありがとうございます!」
促され開けた小箱からは、一本の絵の具のチューブが現れた。普通の “ 赤 ” とは違う、珍しい色の紙が巻かれているそれは……
そう、一度目の人生で、リンディを冤罪へ追いやったあのルビー色の絵の具だった。
「……大丈夫か?」
はっと顔を上げたリンディは、心配そうに自分を覗き込むデュークに気付く。
(きっと酷い顔をしていたに違いないわ……)
震える手を握り締め礼を述べれば、デュークは安堵し話し出す。
「ヘイル国原産の氷結草で作られた絵の具らしい。前に肖像画を描いてもらった時、この色が上手く出せないと言っていたから。あ、甘いが毒があるから、決して口に含んではいけないよ」
その恐ろしさを充分すぎるほど知っているリンディは、真剣な顔で「はい」と頷いた。
「高価なお品を……何とお礼を申し上げたら良いか」
馬一頭と交換出来るほどの値段と知っていたフローラは、慌てて頭を下げる。
「いえ、お嬢さんには素晴らしい絵を描いてもらいましたので、そのお礼です」
リンディはチューブを取り出し、まだ震える掌に乗せた。
(優しいお義父様の瞳と同じ、ルビー色の絵の具。王女様からもらった物よりも、ずっとずっと温かい。……大丈夫。この絵の具は人を殺める毒なんかじゃない。お義父様が私を想って下さった、優しくて温かい絵の具だ)
パッと顔を上げると、リンディはとびきりの笑顔で、もう一度礼を述べた。
「ありがとうございます! この絵の具で、素敵な絵を沢山描きますね」
丁寧に箱に戻すと、今度はリンディがデュークへあるものを渡した。
「これは、私からデュークお父様へのプレゼントです」
「私に? 誕生日でもないのにもらっていいのかい?」
「はい! どうぞ開けてみてください! とっておきの魔道具です」
(……魔道具!)
ついに来たと、ルーファスは前のめりになる。
包みから出てきたのは、底に細かい穴の空いた二つのコップ状のもの。デュークは手に取り、何だろうと覗き込む。
「これは、離れた人に声を届ける魔道具です」
「声を?」
「はい! こうやって……」
耳に当てたコップから、廊下で囁くリンディの声が聞こえてくると、デュークは目を輝かせた。
「なんと楽しい道具だ。これがあれば、一分前の出来事だってすぐに話せるな。手紙を待たなくても」
「はい! 前にデュークお父様が欲しいと仰っていた道具です」
「前に……私はそんなことを言ったのだろうか」
「一度目の……もうずっと前のことなので、デュークお父様は覚えていらっしゃらないかもしれません」
デュークは不思議そうに、でもどこか納得した顔で頷いた。
「君が言うならそうかもしれない。だが……私はその時、一体誰と話したかったんだろうな」
哀しい顔で息子を見ると、視線を落とす。そして再びリンディを見つめ、明るく言った。
「では、片方のコップは君が持っていてくれないか? 毎日話が出来たら嬉しい」
リンディが嬉しそうに返事をしようとした時……
「いけません!!」
ルーファスは立ち上がり、リンディの手からコップを奪い取った。




