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時を戻した白鳥は、カラスの愛を望まない  作者: 木山花名美


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19/42

第18羽 舞い戻った白鳥

 

『リンディ、早速手紙をありがとう。

 こちらも無事に王都学園の入学式を終えて、授業が始まっています。


 王律学園に比べると、進度が速くなかなか大変ですが、専門科目が充実していてとても楽しいです。

 特に興味深いのが、そちらのランネ学園の名誉教授、ワイアット氏が作られた魔術の教材です。

 ムジリカ国の数少ない魔力保有者を、国の為にどう活かすか、魔力を持たない僕に出来ることは何か、考えながら学んでいます。


 明日は小テストがあるので少し気が張っていたのですが、リンディの手紙を読んで緊張がほぐれました。ありがとう。

 君が楽しそうに学校生活を送っていることが、何より嬉しいです。


 それなのに……僕はいつも君を思い出し、寂しくて泣きたくなります。夜だけじゃなくて、朝も昼も。

 情けない兄だと軽蔑したでしょう。

 いつか君が誇れる兄になれるように、君に負けないように、今は一生懸命勉強を頑張りたいと思います。


  追伸 : これから暑くなりますが、アイスクリームの食べ過ぎには気を付けてね』


 冷たい物を食べ過ぎては、よくお腹を壊していたリンディを思い出し、微笑むルーファス。

 便箋を折り畳もうとしていた手をはたと止めると、もう一度開き、隅にカラスと白鳥の絵を描いた。


(……気付いてくれるかな?)


 祈るように胸に当てた後、しっかりと封を閉じた。



 それから一週間後に届いたリンディの返事には……


『お義兄様、お返事ありがとう!

 とうつぼの絵、とっても可愛くて、寂しさが吹き飛びました!』


 ルーファスは便箋をポロリと落としかける。


『お義兄様の絵、初めて見たけどちょっと変で、私、大好きです! アリスの言う通り、やっぱり芸術には “ 変 ” が必要なんですね。また描いてくださいね!』


(描いて……いいのだろうか)


 絵心がないことを初めて自覚した、ルーファス15歳の春であった。



 それから何回も……何百回もこのような手紙をやり取りし、うつぼ(白鳥)の絵にさらっとリボンが描かれるほどにまで上達した頃────

 リンディは18歳、ルーファスは20歳になっていた。



 ◇◇◇


 義母フローラと同じく、王都学園を主席で卒業したルーファスは、現在王宮で大臣の補佐を務めている。いずれは父デュークと同じ宰相になるべく、クリステン公爵家のレールを順調に歩んでいた。


 一方リンディはランネ学園芸術科の卒業を間近に控えており、こちらも卒業後は宮廷絵師として、王宮で働くことが決定していた。




『この手紙が届くのと、私がお義兄様の元へ帰るのと、どちらが速いか競争することにしました。お義兄様の予想はどちらですか?

 私は絶対に、私の方が速いと思います。だって、嬉しくて嬉しくて、もう空も飛べそうなのですから!』



 喧騒に包まれる、ムジリカ国王都の大通り。馬車から降りると、リンディは石畳をカツンと踏み鳴らした。手を広げ、胸一杯に暖かい空気を吸い込む。


(やっぱり、故国の空気は美味しい!)


 興奮し、ヒールでリズムを刻みながらスキップを始める。

 美しく波打つ金髪は、高い位置でポニーテールに結われ、小柄だが女性らしい身体が上下する度、陽の光にキラキラと揺れる。

 空よりも海よりも青い瞳。笑みを湛える薔薇色の唇。希望と活力に満ちたそれらが、真っ白な肌の中で輝いている。


 少女の透明感と、女性の美しさを併せ持つ不思議な魅力は、すれ違う多くの者を振り返らせた。




 ────帰宅したルーファスがアパートのポストを開けると、一通の封筒が入っている。その丸い文字を見ただけで、すぐに微笑んだ。


(リンディ……そう言えばそろそろ帰って来る頃だな)


 封筒を手に部屋へ向かおうとした時、背中にぼふっと柔らかいものがぶつかった。鼻腔をくすぐる甘い香り、腰に回された白い華奢な手。高鳴る胸に、すうっと息を吸い込み、震える口を開く。


「……リンディ?」

「当たり!!」


 手を掴み振り返れば、会いたくて堪らなかった笑顔がそこにあった。


「リンディ……」

「ただいま、お義兄様! あっ、その手紙私の? やったあ! まだ開いてないってことは私の勝ちね! 私、手紙と競争してた……」


 ルーファスはリンディの両手を引き寄せる。腰を屈め、彼女の金髪にトンと顔を落とすと、涙ぐんだ声で言った。


「……おかえり、リンディ」


 優しい匂いと温もりに、リンディの胸もドクドクと高鳴る。


「……ただいま、お義兄様」


 自分を掴む大好きな手に、涙で濡れた頬を擦り寄せた。




 ルーファスが住んでいるのは、貴族や金持ちが利用している最高級のアパートだ。生まれ育った屋敷には到底劣るが、セキュリティも万全で、ホテル並みの設備が整えられている。


「うわあ! お城みたいね!」


 部屋の美しい内装を見ながらリンディは叫ぶ。


「もう少し小さなアパートで良かったんだけどね。此処じゃないと父上に一人暮らしを許可してもらえなかったから」


 幾つになっても、親にとっては、子供は小さな子供のままなのだろう。それはあのデュークも然りで……ルーファスは苦笑する。そしてリンディもデュークの希望に従い、今日からこのアパートに住むのだ。


 リンディは嬉しそうに鍵を揺らす。


「この鍵も、アンティーク調のデザインですごくお洒落! それに303号室は、お義兄様のお隣でしょう?」

「ああ、丁度空いたんだ」

「嬉しい! 隣だったらすぐに会えるわね。お休みの日はずっと一緒に居られるし! お義父様にお礼を言わなきゃ」


(ずっと一緒に……)


 ルーファスは「うん」とだけ言うと、すぐに後ろを向き、薬缶で湯を沸かし始めた。


 長期休みに会う度に、ルーファスの想像を遥かに超え、女性らしく綺麗になっていったリンディ。もはや小さな妹として見ることなど無理だった。


(さっきだって思わず抱き締めてしまいそうになった……リンディがサレジア国へ発つ前の晩の、あの抱擁が最後と決めたのに)


 茶葉を手に振り返ると、目が合いにこっと笑われる。疚しさやら嫌悪感やらに襲われ、ティーポットの蓋を開ける手が少し震えた。


(彼女は自分のことを、兄として慕ってくれているというのに……本当に情けないな。両親の為にも、絶対にこの気持ちを知られてはいけない。……絶対に裏切ってはいけない)



 リンディの前に置かれたカップから、アップルティーの良い香りが立ち昇る。


「わあ、いい香り」

「リンディと言えばミルクだけど、もう大人だから紅茶にしたよ。苦かったら砂糖とミルクを入れて」

「ありがとう、お義兄様。頂きます」


 優雅な所作でカップに口を付けるリンディに、ルーファスは見惚れる。自由奔放に思えるランネ学園だが、時々マナーの授業もあると手紙で聞いていた。女学校のように失敗すると鞭が飛んでくることもなく、実践しながら楽しく学べた成果だろう。


「うん、とても美味しい! このままでも全然苦くないわ」

「それは良かった」


 ルーファスは兄の顔を作りながら微笑む。だが、すぐにそれを打ち崩す爆弾発言が、リンディの口から飛び出した。


「お義兄様、私、今夜はこっちのお部屋で寝てもいい?」



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