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時を戻した白鳥は、カラスの愛を望まない  作者: 木山花名美


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第14羽 初めて描いた絵

 

 二人が海に来るのはもう半年ぶりだった。

 最近リンディは家で絵を描いていたし、ルーファスも勉強が忙しかったから。


 こうして東屋で潮風に吹かれていると、ルーファスの心が和らいでいく。


(前は毎日のように、此処へリンディを迎えに来たな……)


 ノートから顔を上げると、リンディはキャンバスに海の絵を描きかけたまま、今はスケッチブックに向かっている。

 キラキラ光る金色の睫毛、潤んだ青い瞳、柔らかく微笑む薔薇色の唇……

 そのあまりの美しさに、ルーファスはペンを持つ手を止め、しばし魅入っていた。


「……何を描いているの?」


 予想通り、返事はない。立ち上がり、リンディの前へそっと歩み寄る。


「リンディ」


 リンディはルーファスの呼び掛けに気付くと、さっとスケッチブックを伏せた。


「何を描いているの?」

「……内緒」


 リンディが描いた絵を見せてくれないことなど初めてだ。寂しいやら悲しいやら、もやもやした気持ちがルーファスの胸に広がっていく。そうかと一言だけ呟き、また自分の椅子へ戻って行った。

 再びペンを持ちノートへ向かった時、ふと左手の指輪が視界に入る。


(また減っている……)


 石の砂は更に量が減り、もう僅かしか残っていない。リンディの方も着けた時に比べると多少減っているようだが、それでもまだタップリと入っている。


 これを作った職人の情報を聞いておけば良かった。ルーファスはそう後悔していた。そうしたら何かが分かったかもしれないのにと。

 あれきり、あの業者の老人が魔道具店に出入りすることも無くなり、一切の手掛かりを失っていたのだ。


(欠陥品を上手いこと押し付けられたのか? だとしたら魔力が暴走する可能性もあり厄介だ)


 魔道具とは、魔力の保有者が少ないムジリカ国で生まれた文明の利器である。特殊な技術により、個人の魔力を物体に吸収させ、発動させる。これにより、魔力を持たない者でも、簡単に日常生活で魔力を使えるようになったのだ。


 主な魔力は、炎、光、水、氷、雷……珍しいもので風や回復。時を戻す砂には、一体何の魔力が使われていたのか、調べても分からなかった。

 もし職人が存命ならば、あの砂時計は、きっと勲章を授かっていたほどの画期的な魔道具だったに違いない。


 砂時計が十分時を戻せたなら、この指輪は一体?

 一時間、一日、一ヶ月、一年……

 まさか人間が赤ん坊の姿になったりはしないだろうと考える。


『石の砂は相手を表す』


 この砂が全て無くなった時、リンディの身に何か良くないことが起こるのではと、ルーファスの胸に不安が押し寄せた。



 夕陽が海を赤く染め出した頃、リンディはスケッチブックを閉じ立ち上がった。


「お義兄様、もう帰りましょう」


 片付けが終わり、ルーファスが手をすっと差し出すと、リンディは首を振る。


「もう繋がなくても大丈夫よ」


 思わぬ言葉に、つきんと痛みが走る。


「……そうか」


 兄らしく、余裕のある表情かおで笑った。……笑えていただろうか。

 静かに下ろした手は、トラウザーズの陰で震えていた。


(こうして僕達は離れていくんだな。別の学校へ行き、別の道へ進み……それぞれ別の誰かと結婚して。

 時を戻すのではなく、時を止める道具があったらいいのに。大人になんか……なりたくない)




 部屋に戻ったリンディは、スケッチブックを抱いたまま、ごろんとベッドに寝転んだ。

 パラリと紙を捲れば……そこにはルーファスが。光の魔力を込めて描かれている為、角度によっては、瞬きをしたり手を動かしているように見える。

 

 ノートへ向かう義兄の顔があまりにも綺麗で、気付いたらこうしてスケッチブックへ描いていた。

 艶々の黒い髪、ルビー色のアーモンドアイ、優しい音色みたいな言葉をくれる薄い唇。

 動物でも、妖精や人魚などの創造物でもない、ただの『人』を描いたのは、彼女にとって初めてのことであった。


 スケッチブックを胸の上で閉じると、リンディは自分の両手を見つめる。


(ペンを持つお義兄様の手は、自分と全然違った。大きくて、指が長くて……いつもあの手に触れてるんだなって思ったら、何だかドキドキして。帰りは手が繋げなかった。

 本当はずっと繋いでいたいのに……もう、このまま繋げないのかな。でも、それでいいのかもしれない。私と一緒にいることで、お義兄様まで変って思われたら悲しいもの)


 手を揺らせば、石の砂がサラサラと輝く。


(本当に綺麗だな。大好きなお義兄様と繋がっていられる、大好きな指輪……)




「お帰りなさい!」


 翌日、昼過ぎに王都から戻った両親を、二人は揃って出迎えた。

 デュークは優しい目を子供達へ向ける。


「ただいま、リンディ、ルーファス。変わりはなかったか?」

「はい、父上。今日は休日なので、二人で勉強をしていました」

「そうか。午前中に帰る予定だったのにすまなかったな」

「いえ、問題はありません」


 フローラは腕一杯の包みを、嬉しそうに二人へ見せる。


「お土産をあちこち見ていたら遅くなってしまって。お留守番をありがとう、ルーファス。さあ、みんなでお茶にしましょう。珍しいお菓子を買ってきたのよ」

「わあ! 楽しみ!」


 はしゃぐ母娘おやこへ愛しげな眼差しを向ける父に、ルーファスは何故か罪悪感に似た気持ちを感じていた。




 その日の夕方、ルーファスは封筒を手に、父の執務室を訪れていた。

 封筒の中から取り出したのは、王都学園高等部の入学願書。必要事項は全て埋められ、後は親のサインのみである。


「決心したのか?」

「いえ……まだ迷っています」

「提出期限はもう一週間後だろ?」

「はい……」


 デュークは顎に手を当て、思案顔で問う。


「お前が迷っているのは、リンディが理由か?」


 息子は何も答えないが、顔が素直に肯定していた。


「リンディなら大丈夫だ。慣れるまでは寂しがるかもしれないが、あの子も徐々に家以外の世界に関心を向け始めている。私とフローラでサポートしていくから」


「本当に……大丈夫でしょうか」


「ルーファス、お前がリンディの為に進路を変えることは、フローラも決して望まない。お前の学力では、今のまま王律学園の高等部に進んでも物足りないはずだ。その点、王都学園のカリキュラムなら、素晴らしい体験が得られると思う。王都に居るだけで色々な刺激に触れることが出来るし……家族と離れ、寮で暮らす価値は充分にあるよ」


(……どうだろう。本当にリンディと離れるだけの価値が、王都学園には……王都にはあるのだろうか)



「父上、リンディのことでお伝えしたいことがあります」


 ルーファスは、昨日のリンディとの会話をそのまま父に伝えた。聞き終えると、デュークは悲しい顔で下を向く。


「そうか……やはり学校に馴染めていなかったか。フローラも最近、リンディの様子が変わったのを心配していてね。実は今回王都へ行ったのは、晩餐会の招待を受けた為だけではなく、別の目的もあったんだ」


 デュークは一冊のパンフレットを取り出し、ルーファスへ差し出す。


「お前も兄として意見を聞かせて欲しい」



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