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時を戻した白鳥は、カラスの愛を望まない  作者: 木山花名美


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第12羽 結婚出来ないのに

 

 リンディは薬指を太陽にかざし、その石の美しさにボーッと見惚れている。

 ルーファスは慌てて指輪を引き抜こうとするが、強い魔力に押しやられ、砂浜に尻もちをついた。


「ああ~嵌めちまったか。どうするんだ? もう作った職人はこの世に居ないんだぞ」


 軽い調子で言う老人。


「……お前がこんな物見せたからだ!」

「まさかいきなり嵌めるとは思わないだろう。訳が分からないって忠告してやったのに。文句ならその嬢ちゃんに言いな。で……ほら」


 老人はルーファスに掌を向け、くいと動かす。


「代金を寄越せ。売り物にならなくなったんだから」

「ふざけるな!!」


 護衛兵らが一斉に現れ、老人を取り囲む。向けられた剣に、老人はおどけながら両手を上げた。


「おいおい! 俺は何もしてないぜ」

「……こいつを捕えろ」


 ルーファスの命で、老人にじりじりと迫る兵。


「おじいさん!!」


 リンディは兵の間をくぐり、老人の前に滑り込む。皺だらけの大きな手を掴み、ぶんぶん振りながら言った。


「ありがとう! 私欲しかったの! こんな指輪!」


 咄嗟のことに、兵は突き付けた剣をそのままに立ち尽くす。


「いや……」


 老人もまた、呆気に取られている。


「これ、結婚式で交換する指輪でしょう? あの砂が入っていてすごく綺麗! 私、大事にするわ」

「あ、ああ……気に入ったなら良かった」

「お礼にこれあげる!」


 リンディはポシェットから、出店で買った小さな紙袋を取り出し、老人の手に置く。


「何だ?」


 袋の中を見た老人は、一瞬真顔になった後、ふっと優しい笑みを浮かべた。


「俺はこんな物より金がいいんだが……まあどのみち売れなかったし、魔力が強過ぎて処分も手間だしな。これで手を打ってやろう」

「ありがとう! 甘くて美味しいから、おやつに食べてね」


 老人はリンディの頭に、ぽんと手を乗せる。


「大きくなったら、好きな男に片方を渡せ。お前は指輪に愛されて、幸せになれるかもしれないぞ」

「うん!」



 二人のやり取りをぽかんと見ていたルーファスは、はっと我に返り、リンディを守るように老人の前に立つ。

 老人は面倒臭そうにルーファスを見ると、手でしっしっと追い払う。


「俺はこれから遅い昼飯を摂るんだ。邪魔だからどっか行け」


 そう言うとバナナを取り出し、皮を剥いてぱくりと食べ始めた。


「……もしリンディの身に何かあったら、探し出して牢に入れてやるからな」

「好きにしろ。だが大人になってから来い。子供は煩くて嫌いだ」

「……行こう、リンディ」


 取り付く島もないと感じたルーファスは、最後に老人をひと睨みすると、リンディの手を引き背を向ける。


「おじいさんありがとう! またね!」


 老人はそちらを見ずに、ひらひらと手を振った。



 バナナを飲み込み皮をぽいと投げ捨てると、老人はリンディに渡された袋を開けた。

 手を突っ込み、中からごそっと取り出したのは、色とりどりの金平糖。掌いっぱいのそれを口に頬張ると、老人は思いきり顔をしかめる。


「甘いな……相変わらず甘過ぎる」


 かつては膝掛けだった背中の布に触れながら、遠い思い出に哀しく笑った。




 あれから大通りに戻った二人だが、もうリンディは出店には目もくれず、薬指ばかり見ている。

 転ばぬよう、人にぶつからぬよう、ルーファスが巧みに手を引き誘導する。


 ルーファスは気が重かった。こんな怪しげな指輪をリンディが嵌めたと父に知られたら、自分は責任を問われるだろう。


 説明書を読んで分かったのは、まず、男女が交換する指輪であること。そして、相手を想い、石に何かをすれば、それぞれ一度だけ時を戻せるということだ。

 時を戻す……どれくらい? どんな風に?

 願った方にしか記憶が残らないということは?

 具体的には何も記されていなかった。


 確かなのは、あの砂時計とは桁違いの魔道具であること。……なにせ一度嵌めたら外せないほどの、強大な魔力を秘めているのだから。



  リンディは突如足を止め、笑顔で言う。


「ねえ、お義兄様。もう一つの指輪、お義兄様にあげる」

「え?」

「おじいさんが、好きな男に渡せって言ってたもの。きっと大人になっても、私が一番好きな男の人はお義兄様のままだから」

「リンディ……」


 可愛い言葉に、ルーファスの顔が緩む。だが……


「僕は受け取れないよ、リンディ。僕も君が好きだけど……結婚は出来ないんだ。僕達は義兄妹だから」

「そっかあ。困ったな……お義兄様より好きな人なんていないのに」


 一段と緩むルーファスの顔。

 まあ、兄の特権だなと、満足気に頷く。


「次に好きなのはお義父様だけど、もうお母様と結婚しているし」

「そうだね」

「その次に好きなのは……」


(どうせ庭師のサム爺だろ?)


 が、リンディの口から出た名前は、緩んだままのルーファスの顔を一気に凍り付かせた。


「タクト! そうだわ、タクトにあげよう」


 …………タクト?


 今にもタクトの家に走って行こうとするリンディを引っ張り、ルーファスは問い詰める。


「……何で、何でタクトなんだ?」

「だって好きだもの」

「……何で、あいつのどこが好きなんだ?」

「うーん……好きだから、好き!」


 妹が、家族や屋敷の者以外の男を好きだと言ったのは初めてだ。

 ルーファスの中で何かがガラガラと崩れる。


(小さなリンディも、いつかは自分より好きな男が出来て、この手を離れていく。分かっている、分かっているけど……)


 その現実を突き付けられ、崩れた何かの破片がルーファスの胸を突き刺した。



「……リンディ、そんな得体の知れない指輪を、他人にあげたら駄目だ」


 ルーファスは昏い声でぼそっと呟くと、小箱に残された片方を取り出し、自分の薬指に嵌めた。


「お義兄様?」


 一瞬、眩しい光がカッと二人の指を包んだが、特に大きな変化は…………ある。

 ルーファスは指輪に顔を近付け、目を凝らした。


 ────石の砂が減っている。

 リンディの指輪に比べ、ルーファスのはその五分の一程度しか砂がない。指に嵌めるまでは、確かに石の上の方まで入っていたはずなのに。

 壊れて砂が漏れたのだろうか? と、角度を変えて色々な方向から見るが、特に亀裂や穴などは見られない。


『石の砂は相手を表す』


 相手ということは……この砂はリンディを表している? リンディの何を……


「……さま、いいの?」


 話し掛けられていることに気付き、慌ててリンディを見る。


「結婚出来ないのに、着けちゃっていいの?」


(……その通りだ。何故着けてしまったのだろう。ただ何となく、他の誰かがこれを着けるのが嫌で……。自分がこんな風に冷静さを欠くなんて。これも魔力のせいなのだろうか)


 ルーファスは指輪をじっと見つめた後、安心させるように言った。


「大丈夫、これは玩具だからね。ちょっと不思議な」



「リンディ!」


 甲高い声と共に、向こうからタクトがとことこ走って来る。ふくふくの手には出店の食べ物が沢山握られていて、クリームの付いた頬っぺたは何とも幸せそうだ。


「タクト!」


 リンディも笑顔で駆け寄る。


「業者のおじいさんには会えた?」

「うん! 砂時計はもう無かったんだけど、代わりにこれをもらったの!」


 左手の薬指を、タクトの前にずいと突き出す。


「指輪! 綺麗でしょ?」


 タクトは細い目を一層細める。


「……指輪?」

「うん!」

「どこにあるの?」



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