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第10羽 奇跡を重ねて

 

 リンディは大きな瞳を見開くと、興奮しその場でくるくると回った。


「すごい! すごいっ! ねえ、もう一度出来る?」

「ううん。もう砂が無くなっちゃったから出来ない。君が一回、僕が二回。三回までしか使えないんだ」

「あなたは何に使ったの?」


 よくぞ訊いてくれましたとばかりに、少年は得意気に鼻をこする。


「ドーナツを食べ終わった後のお皿を、時計の上に置いたんだ。そしたら……」

「そしたら?」

「……またドーナツが出てきたんだ!」


 少年は丸い頬っぺたをふくふくの手で押さえた。


「すごい! じゃあケーキも!? ケーキもまた出て来る? 食べちゃっても、もう一回食べられるのね?」


 リンディは今にも涎を垂らしそうだ。


「もちろん! えっと……どこかに説明書が」


 少年はごそごそと机を探り、「あったあった」と言いながら一枚の紙を開き読み上げる。


「砂が落ちた後、最初に時計の上に触れた物、及びその物に……ふ?つ?」


「付属」

 ルーファスがムスっとした顔で助け舟を出す。


「……付属するものを、十分前の状態に戻す。つまり、触れた物にくっついている物も戻るのさ。君の服も、お皿のドーナツも」

「ねえ! この砂時計もお店に売ってる!?」

「これはまだ売らないよ。卸売業者からもらったサンプルだから」

「じゃあ、その人に会えばもらえる!?」

「どうかなあ」

「その人、どこにいる? いつ来る?」


 じりじり迫るリンディに、少年は茹でダコのように赤くなる。


「店のオープンに向けて沢山仕入れちゃったから、しばらく来ないと思うよ」

「そうなの……」


 しゅんとするリンディを少年から引き剥がすと、ルーファスは青い瞳を覗き冷静に語り掛けた。


「リンディ。こんな時計を使わなくても、家にはおやつが沢山あるだろう? ケーキだって何だって」

「でも私、魔法のケーキが食べたい!十分前と同じ味がするか、確かめたいの」


 まあ、確かに少し興味はあるなと考え、いやいや! と首を振るルーファス。



「……あっ!」


 何かを思い出し、少年はぽんと手を叩く。


「そういえば豊漁祭の時にまた来るかもって言ってた!」

「ほうりょうさい?」

「うん、豊漁祭。お祭り。今月末にあるでしょ? この大通りで」

「そうなの!?」


 余計なことを……と、ルーファスは天を仰ぐ。

 此処、クリステン公爵領では、毎年この時期に大通りで盛大な豊漁祭が行われている。出店がズラリと並び、手品師や踊り子による催し物もあったりと、それはそれは賑やかな祭りだ。

 興奮し暴走しそうなリンディを恐れ、毎年その日は何処か他の場所へ連れ出すか、あの手この手で屋敷に閉じ込めていたのに。


「行く! お祭り行く! その人にも会いたい!」

「時間は分からないけど……来るとしたら大体午後かな。早めに来て、家で待っててもいいよ」

「うん!」


(……本当に面白くない)

 にこにこ笑い合う二人を睨むルーファス。腕を組むと、やや低い声音でこう言った。


「リンディ、まだお父様に許可をもらっていないだろ? 君は “ 公爵令嬢 ” なんだから。勝手に決めちゃダメだ」

「公爵……令嬢?」


 みるみるひきつる少年の顔に、ふっと溜飲が下がるルーファス。


「そっかあ。じゃあ、お兄様も一緒にお祭りに来てくれる? そしたらいいよって言ってくれるかな?」

「……どうだろう。君はすぐ僕の手を離してしまうから」

「離さない! 絶対に離さないから! ねっ?」


 義兄の両手をぎゅっと掴む義妹。上目遣いで首を傾げるその姿は、愛らしい天使そのものだ。


 今年10歳になったリンディは、子供から大人の入口に差し掛かっている。その無邪気さは変わらないが、時折大人びた顔をすることもあり、ルーファスをはっと驚かせていた。


 彼女が絵を描く海辺にも、異性の姿が増えてきており……やはり兄として彼女の傍を離れる訳にはいかないと、妙な使命感に燃えている。


「ちゃんと約束を守るなら、一緒にお父様にお願いしてもいいよ」

「本当!? ありがとう!!」


 嬉しさのあまり義兄に飛びつくリンディ。ルーファスはふふんと少年を見やるも、彼は何か別のことに気を取られている様子だ。



「あの……僕、公爵令嬢様だとは知らなくて。失礼なことをしてごめんなさい」

「なんで?」


 リンディはきょとんと少年を振り返る。


「だって……公爵様なんて、僕らにとっては王様みたいに偉い人だから。そしたら君……あなたはお姫様でしょ?」

「私はお姫様じゃないよ。リンディはリンディ!」

「リンディ……可愛い名前だね。君にピッタリだ」

「あなたはなんて言うの?」

「僕は店の名前と同じでタクト。10歳なんだ」

「私と同じ! よろしくね、タクト」


 差し出された小さな手を、タクトは赤いふくふくの手でしっかり握った。



 ◇


 ルーファスが同行すること、また、護衛の人数を増やすことを条件に、デュークから案外すんなり豊漁祭へ行く許可を得た。

 ルーファスの後押しはもちろんだが、一番の理由は、リンディが10歳の節目を迎えたことだった。

 

 再来年には、彼女も何処かの学校の中等部に入る。ずっと家族が傍に付いていられる訳ではないし、外で様々な刺激を受けながら、自身をコントロールする術を学ばなければ……というフローラの意見を、心配性のデュークも受け入れたのだ。




 豊漁祭当日。

 張り切って昼前にはタクトの家に着いた義兄妹だが、既に業者の姿はなかった。


「ごめんリンディ! 道が混むから早めに来ちゃったみたいで。さっき帰ったばかりだから、まだその辺に居るかも」


(……リンディ……

 昨日の今日でいきなり呼び捨てなんて気に食わないな。わざわざ公爵令嬢だとアピールしたのに)


 だが今は、そんなことを考えている暇はない。慌てて飛び出そうとするリンディを掴み、ルーファスはタクトに業者の特徴を訊く。


 

 ────人の巡り合わせは奇跡の積み重ねだ。


 あの日、タクトと出逢わなければ。

 この日、二人で祭りに来なければ。


 リンディの二度目の人生はなかったのかもしれないのだから。


 硝子戸を開け、二人は通りに羽ばたいた。



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