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第9羽 時戻りの砂

 

  こんな時のリンディは獣並みに素早い。


 ルーファスも長い足を繰り出し必死に追いかけるものの、小柄な身体で器用に人混みをすり抜ける彼女に、なかなか追い付くことが出来ない。ルーファスよりも更に身体の逞しい護衛兵達は、人にぶつかりながら慌てて二人の後を追いかける。


(でももうすぐ…………ほら)


 ベシャッ


 リンディはつまづき、顔から地面に転がる。逸る好奇心に本来の身体能力が追い付かず、大体こんな風に転ぶのだ。



「リンディ」


 ルーファスはリンディの手を取り、優しく起こしてやる。運が良いのか悪いのか……そこは舗装されていない柔らかい土の上。しかも、午前中に雨が降った為ぬかるんでいる。怪我はなさそうだが、顔から服、足まで真っ黒になっていた。


 ふっと笑いながら、ルーファスは本日二度目のハンカチを取り出し、リンディの顔を拭く。だが、完全に綺麗にすることは出来ず、本来の白い肌は使い古した雑巾のように黒ずんでいた。


「……カラスみたいだな」

「カラス!?」

「うん。全身真っ黒でカラスみたいだ」


 いくらリンディとはいえ、もう本当にカラスになれるとは思っていないが、嬉しそうな笑みを浮かべる。

 黒い顔にニカッと浮かぶ白い歯。ルーファスは堪らず噴き出した。



「大丈夫? あ~派手に汚れちゃったね」


  甲高い声に振り向くと、リンディと同じ年くらいのぽっちゃりした少年が眉を下げていた。茶色い髪に茶色い細い目。至って素朴な顔立ちだ。


「良かったらうちで綺麗にしてあげようか?」


 クリーニング屋か……それとも……と少年を警戒するルーファス。視線を落とした先に飛び込んできたのは、先程のチラシの束を握るふくふくの手だった。

 ルーファスの中で危険信号が点滅し、さっとリンディの手を握る。


うちは新しくオープンする雑貨屋なんだ。面白い魔道具が沢山あるよ」

「……魔道具!!」


 興奮し、前のめりになるリンディ。ルーファスは手にぐっと力を入れ彼女を引き戻すと、自分の背に隠しこう言った。


「帰って洗濯するから大丈夫だ」

「そう? 僕の持ってる魔道具なら、たったの十分で綺麗になるよ」

「本当!?」


 リンディの勢いに、30センチほども身長差のあるルーファスが、ぐんと引っ張られる。


「あなたのお家に行きたい!」

「リンディ! ダメだ!」


 同時に叫ぶ義兄妹。


(見知らぬ男の誘いに乗るなんて……兄として、ここは譲れない)

 ルーファスは語気を強めそうになるも、あえて優しく、甘い口調で囁いてみた。


「リンディ……苺のショートケーキが待っているよ。今日は暑いから、早く帰らないと君の大好きな生クリームが溶けてしまうかも」


(ケーキ……)

 リンディはごくりと唾を飲み込む。


 ルーファスの顔にはケーキ、ぽっちゃり少年の顔には魔道具の立体像が浮かぶ。

 天秤にかけた末、彼女が選んだのは……


「やっぱり、あなたのお家に行きたい!」

「リンディ!」


 ルーファスの制止はもうリンディの耳には届かない。


「いいよ。付いておいで」


 少年は人の良さそうな顔で笑い、慌てて続けた。


「あっ、でも急がなきゃ! 十分以内じゃないと、元に戻せなくなっちゃう」

「そうなの!?」


 リンディは早足で歩く少年の隣に並び、義兄を引きずりながらずんずん歩いた。




  五分ほど歩くと、塗装されたばかりの白い外壁の店が見えてきた。塗料に何か混ざっているのか……灯りが点いているように眩しい。

 壁を見て目を細める二人に気付き、少年は言う。


「この壁にも魔道具が使われているんだ。夜は灯り要らずでいいけど……昼間はやっぱり眩しすぎるよね」


『魔道具店タクト』と書かれた硝子戸を開けると、奥から腰の曲がった老人がひょっこり顔を出した。


「おや、お友達かい?」

「この子、通りで転んで汚れちゃったんだ。綺麗にしてあげようと思って」

「そうかそうか、ゆっくりしていきなさい」


 老人は微笑みながら再び奥へ戻る。


 リンディは陳列棚をキョロキョロと見回すが、商品には全て布が掛かっていて、何も見えなかった。


「こっち、おいで」

「うん!」


 手招きする少年に従い、素直に階段を昇る。


 ルーファスは面白くなかった。自分以外の言うことを、彼女がこんなに素直に聞くことなど滅多にないから。


(……今は魔道具に釣られているだけだ。普段のリンディは、僕にしか扱えない)


 メラメラと燃え上がる対抗心。護衛兵に外で待つよう指示すると、リンディの手を決して離さず二階へ上がった。



  案内されたのは、どうやらこの少年の部屋らしい。玩具や本棚、子供用の机などが置かれている。

 少年は机の上から不思議な色の砂時計を取ると、揺らさぬよう慎重にリンディに見せた。


「うわあ! 綺麗な色! 銀? 紫?」

「これは物体の時を遡る魔道具なんだ。じゃあ……時間がないから行くよ。それ!」


 ひっくり返すと、砂がサラサラと落ちる。


「触らないで、十分待ってね」


 リンディは忙しなく顔の角度を変えては、その不思議な色の砂を飽きずに見つめる。

 一方でルーファスは、魔力を放つ怪しい砂時計を睨みつけていた。


 

  ────やがて砂が全て落ちきると、少年はリンディに言う。


「時計の上にそっと手を置いてみて」


 ルーファスはリンディの手を放すまいと強く握るが、好奇心が生み出す馬鹿力によって、呆気なく振り払われてしまった。

 自由になった手をリンディがそれに置いた瞬間、砂と同じ色の光が彼女の全身を包んでいく。


「リンディ!」

 

 砂時計を叩き落とそうとルーファスが手を伸ばした時には、既に光は消え、転ぶ前と同じ真っ白なリンディが現れた。

 顔も服も、全身の泥汚れはすっかり消え去り、よじれたリボンや乱れた金髪まで元に戻っている。


 ルーファスはリンディの肩に両手を置き、頭から爪先までをまじまじと見つめる。やがて、キッと少年を睨んだ。


「何をした?」


 だが、赤い顔でぽかんとリンディを見つめている少年からは、何の反応もない。ルーファスは再度呼び掛ける。


「……おい!」


 少年ははっとし、赤いままポリポリと頭を掻く。


「ごめん……いやあ、君って、汚れてないとすごく可愛いんだね」



(……なんだコイツ)

 イライラするルーファスを余所に、リンディは自分の身体を見下ろし、目を輝かせる。


「すごい! ねえ、これのおかげ!?」


 少年へ差し出したそれは、いつの間にか先程の砂が消え、ただの硝子の入れ物に変わっている。


「そうだよ。ひっくり返して砂が落ちた後、最初に触れたものを十分前の状態に戻す。つまり君は、転ぶ前の状態に戻ったんだ」



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