~エピローグ~ 時を戻した白鳥
────なんでこんなことになったのだろう。
暗く湿っぽい地下牢で、私は考える。
明日この命に終わりを告げるというのに、少しも心の整理が出来ていない。
自分の人生が何だったかを一言で語るとするなら、それは、“ カラス ” だ。
カツ、カツ……
急ぎ気味な、誰かの足音が響く。
何だろう。刑の執行が早まったのだろうか。背中を冷たい汗が流れる。
ごくりと唾を飲み、見上げたそこには……愛しい、愛しい義兄が立っていた。
右手には血の付いた剣、左手には鍵の束を持っている。驚きのあまり口をパクパクさせる私を見て、義兄は唇にしっと指を当てた。
鍵を選ぶ彼の指が、可哀想なくらい震えている。結局片っ端から差し込んでいくが、なかなか合わない。
やはり神様は私達をお許しにならないのだろうか……七個目にして漸く鉄格子が開いた時には、もう辺りが騒がしくなっていた。
抜け道を通り何とか外へ出ると、手をしっかりと繋ぎ、暗い森へ走る。それはまるで鬼ごっこのようで……幼い頃と違うのは、命がけということだけだ。
途中で会った兵を、義兄は何の躊躇いもなく切り倒す。
「あっ!」
顔から地面に転がる。
こんな時までどんくさいなんて……本当に自分が嫌になるわ。
義兄は剣を捨てると、石につまづいた私を背中に背負い、再び走り出した。優しい広い背中。私は彼を守るように、ギュッとしがみつく。
湖の畔まで出た時、義兄が「うっ」と呻き、がくりと倒れ込む。
背中から飛び降り、彼の身体を見ると、ふくらはぎに鋭い矢が一本刺さっていた。
カサカサと周りを取り囲む草の音。柔らかい黒髪を胸に掻き抱くと、そのまま彼を引きずるようにして湖へ入って行く。
凍りそうなほど冷たい水。だけど心地好かった。
互いの温もりが、伝わる温もりだけが、互いの存在を教えてくれるから。
見つめ合う瞳には、もう何の後悔もない。
「リンディ……愛しているよ」
「私も、愛してるわ……ルー」
一斉に放たれる矢。咄嗟に彼の前へ立つ。
グサリ
見事に義兄の盾となり、私の心臓を貫いた。
どう?人生で一番、俊敏な動きだったでしょ?
でも待って……まだ呼んでいないの。最期くらい “ お義兄様 ” じゃなくて、名前で……
勿体ぶらずに、とっとと呼んでおけば良かった……
「リンディ!リンディ!」
温かい腕の中、悲痛な叫び声が聞こえる。
ああ、やっぱり私は悔やんでいるわ。
もし義兄妹にならなければ、初めから普通の男女として出会っていたら、私達は……
ねえ、ルーファス……
ゆっくり堕ちていく身体。
涙で霞む月明かりに手をかざす。
もしこの指輪が本当に願いを叶えてくれるなら、私を5歳の時へ戻して欲しい。
そうしたら、もう二度と、貴方の義妹にはならないわ。
◇◇◇
どくり、どくりと、心臓がけたたましく鳴る。
長い足、グレーのシャツが包む広い背中、そして……見上げるほど高い背の天辺には、カラスみたいに艶やかな黒髪。
おに…………お義兄様!!!
指輪が叶えてくれた二回目の人生。
もう義兄妹ではないのだから、名前を呼んで愛を伝えることも出来る。
期待を込めて見上げれば……ずっと、ずっと会いたかったルビー色の瞳とぶつかった。
でも……私の知っているお義兄様と違う? 綺麗な顔は同じだし、何が違うのかよく分からないけど。
はっ……!
ダメ。早く……早く何か言わないと!
焦った私の口から出た言葉は、
「私達、二回目なの!」
……その場の空気がピシッと凍り付く。
彼は冷たい目で、私の頭から足の先までを見下ろすと、抑揚のない声で言い捨てた。
「退け」
どけ……ドケ……どけ…………退け?
通わない言葉。
これが私達の哀しい再会だった。