8話 冒険者の襲来
捕まえた男のポケットから出てきた薬草は「気狂い草」と言って、毒薬に近い幻覚を伴う草だ。
闇市によく売られていたのを覚えてる。おそらく他の毒物と一緒に混ぜて飲ませたんだろう。
薬草を使うのは魔術師と医者と、医者……治癒士か。
斬殺に薬物死、容赦のない切り捨て方だ。しかしチンピラを囮に使うとは――ティグレは盗賊を追ってきたと言った、ならこれは誘導された?
「坊ちゃま!」
「あ、レクス、お前は無事か?」
「はい、面目次第もございません……」
「お前は良くやったよ、しかしなぜ盗賊を?」
「アピスの情報で、ある盗賊一味が人攫いの仕事を受けたと、それで後を付けていたのですが、あのクラブに入ったのでもしやと……」
そういえば、メネスに警護隊が付いていたな、彼はまだこのクラブに通っていたのか、迷惑な奴だ。
「確かメネスは保護対象だったと思うが、彼は?」
「はい、無事保護されております」
そこへアピスの蜂型ドローンが紙を抱えて俺の肩に留まった。
「あ、アピスから伝言だ――他のクラブにも盗賊らしき一味がいるとのことだ」
俺たちを撹乱するつもりか、狙いは何だ、人質を殺すわけでもない、無理に攫う素振りもない、だとすると――
「おーい! ジニアスくん、ハァ、皆んな無事か? 犯人は?」
「あ、ロサード隊長、犯人は死んだよって、また大勢で……なあ、王宮の警備は?」
「ゾイレ総隊長から、付与術連合部隊とナハト副隊長に任せて行け、と言われて来たが?」
総隊長って、ゾイレ爺さんは相談役じゃなかったのかよ。しかし待てよ、もしかしてこれは撹乱ではなく、敵の誘導作戦でなはないのか――
「おいフォボス、俺たちは誘導されている可能性がある、しかも王宮は魔術師と兵士だけらしい」
「ふむ、盗賊は囮、狙いは魔力保持者……あっ!」
俺たちは顔を見合わせ――
「「魔術師の誘拐!」」
やられた……!
「ハァ、ようジニアス、警護隊は皆んな無事だったよ。しかしお前ら、空を飛ぶとかアリかあ?」
「エルド隊長、丁度いいところへ――」
「ん?」
これは敵の誘導作戦だとレクスに伝え、エルド隊長と他方のクラブへ行くように指示を出した。
ティグレにはアピスとレムールとで敵の見張り役を頼んだ。
「さあエルド隊長、我々も行きますよ」
エルド隊長はレクスに問答無用で抱えられ、風のように攫われて行った。
まあ、こうゆうこともアリだよね。
「あ……」
振り向けば面倒くさい奴が残っていた。実力はともかく、いないよりはマシか。
「お、おいジニアスくん、誘導作戦とは何のことだ? 他のクラブとは? あの者たちは誰だ?」
「まあまあ、ロサード隊長、まずはしっかり俺とフォボスの手を握ってくれる?」
「はっ?」
「ほれ、早よせんか!」
差し出された男の手に戸惑う色男――しかーし、穏やかに待てるほど広い心は持っていないので、むんずと腕を掴んで飛び立った。
「あっ、ちょっ! うわあああああぁぁぁ!」
「「うるさい!」」
早々に王宮の外壁へ降り立つと、物音ひとつしない、誰もいない城内に、俺たちは愕然とした。
争った形跡はある、だがそれだけだ。俺は即座に魔眼を使い、城内に人がいないか探した。
地面の下に薄っすらと靄のような物が見える。地下に何かあるのか――
「ロサード隊長、この城の地下はどうなっている? おい、ロサード隊長!」
「あ、ああ……地下には倉庫とシェルターがある」
シェルターか、だからはっきりと映らないのか。ならこの靄は人影かもしれない。そう考えていると、ロサード隊長がヒラリと外壁を降りて歩き出した。
「地下へ案内する――ついて来い」
その後ろ姿に気迫はなく、脱け殻が歩いているといった感じだ。
絶望というより喪失感というべきか、彼にとって失ったものは大きいだろう。だからといって、望みを捨てるわけにはいかない。
俺とフォボスは彼の後を追う。城の階段付近に隠し扉があった、ロサード隊長は暗唱を唱え扉を開く。狭い階段を下ると、鉄の扉が見えた。
ロサード隊長は暗号のように扉を数回に分けて叩く。いわゆるモールス信号と同じリズムで。
中から扉が開いた――
「あ、ロサード隊長!」
「ナハト副隊長! ああ、生きていたか! 他に生存者は? 王は、ゾイレ総隊長は?!」
「どちらも今のところは無事です」
ナハト副隊長の返答に疑問を持った俺は尋ねた。
「今のところとは?」
「敵に人質を取られて無理矢理なにかを飲まされたんだ、いま意識が混濁している状態で……」
「眠り草か――俺の作った解毒薬がある、これを飲ませて安静にさせておけ」
そう言って俺は小さな粒を渡した。サーペントの毒液から解毒薬を作って練り固めた物だ。薬物なら何にでも効く万能薬だ。
薬を渡して部屋を見回す。生存者は使用人や兵士数名と昇格者の生徒たちだけのようだ。
しかしだ、この余りにも杜撰な管理体制には呆れる。国を助ける前に要である王宮が先に滅んでしまう、良いのかそれで、良くないとわかっていたから俺を雇ったんだろうが、それにしたってたかが冒険者ごときに弱すぎるだろ。
なにが機動隊だ、なにが連合部隊だ、時と共に弱体化した? ケッ、愚か者め。
と、その時――地上から爆音が轟いた。俺とフォボスは瞬時に動く。
地上に出ると男たち、いや、冒険者の大群が練習場を埋め尽くしていた。
「これはいったい……」
「ジニアス、怯むでない、奴らに魂はない」
「魂がない? 死人ってこと?」
「そうだ、奴らは"ファントム"と言って不浄の霊が実体化したものだ。昔ある祈願士が"魔"の力を借りて死人を操る術を得たことがある。おそらくその類いだろう、目を見れば一目瞭然、眼光がない」
眼……本当だ、眼球が真っ黒だ。シルヴァ父さんとは違う魔術なんだろうか――
「死霊魔術師とは違う?」
「違う、死霊魔術師は霊を呼び帰すことができる、だが祈願士は召喚することしかできん」
なら容赦しなくてもいいってことだな。
「容赦なく葬っていいんだよな?」
「ああ、奴らのためにはその方がいいだろう。焼却法がベストだ、吾輩は炎を使うが、ジニアスは?」
「俺の得意は水と氷と雷かな?」
「なっ……! まるで水龍と雷龍だな、まあ良い。なら雷で焼き尽くせば問題ない、行くぞ」
フォボスの合図と共に一斉に駆け出した。
俺は指先を拳銃に見立て雷を撃つ――
"銃弾"《炎雷》
フォボスは炎を爆裂する――
「《フレアバースト》」
俺たちは"ファントム"の中央に立ち、お互いに背を向けながら攻撃を交わし、灰と化す男たちを足場にジリジリと2つに分裂させた。
俺は残り少ない"ファントム"を"鋼の鞭"でひとまとめに束ね、鞭に雷電を流した。
《感電炎》
"ファントム"は丸焦げの灰と化した。
「そっちは終わったようだの、では吾輩も終わらせてしまおう。《神聖爆炎》安らかに眠れ」
フォボスは空に蒼白い火球を放ち、炎は矢の如く"ファントム"に命中し、炎と共に灰化した。
「さあて、残るは本命のみだ」
そう言われてフォボスの向く方角を見ると、防具と剣を携えた冒険者が空に浮かんでいた。
こいつが……俺は息を呑む、そして尋ねる――
「貴様の望みは何だ、賢者への仕返しか?」
冒険者はカッカと笑い、俺を見据えて言う。
「確かにそんな事もあったな。だがそうではない、俺は異空間である者と出会った。これは賢者のお陰だな、感謝はすれど仕返しなど考えていない」
「異空間だと? ある者とは誰だ?!」
奴は異空間と言った、フォボスの言う通り、異空間による時間変動が起きて、奴らは何者かに出会った、しかも賢者に感謝とは、どうなっている――
「お前が知る必要はない。俺たちはこの国に鉄槌を下す。補給は済んだ、暫くは大人しくしてやろう。ではまた、シルヴァの息子ジニアス、そして神龍のフォボス、せいぜい国を強化するんだな」
そう言って冒険者の男は、空に渦巻く闇黒の異空間へと消えて行った――