7話 異変
部隊の名前も決まって、俺とエルド隊長のふたりだけの隠密組織となったわけだが、家に帰ってこの話をレクスとフォボスに聞かせたら、
「ハァ、坊ちゃま、潜入だけではなかったので?」
と、レクスに呆れられ、
「ジニアスよ、吾輩もそのハンターになる!」
と、フォボスは目を爛々と輝かせて俺に詰め寄る始末。どうしたものかと悩んでいると、レクスが俺たちの裏仕事は自分に任せて、フォボスを役立ててくれという。
シルヴァ父さんを心配するレクスに、俺はまだ冒険者のことを伝えていない、確実ではないからだ。
なので申し訳ないが、レクスには暫く黙っていることにした。
翌朝――
エルド隊長と合流する間、フォボスに昨日あったことをすべて話した。
するとフォボスは――
「ほう、あの時の冒険者が……なあジニアスよ、レクスは良き執事だ、あまりこの事態に巻き込まんほうが奴のためだ、お前もそう思うだろ?」
「うん、そうだね……」
「フフ、お前は苦労を買うタイプだな。な〜に、吾輩がおる、好きにすれば良い、苦労は共にだ」
「フォボス……ありがとう、頼りにしてます」
そんな会話の後、フォボスは冒険者について知っていることを話してくれた。
「ひとりは剣術の使い手、ひとりは治癒士だ。おそらく賢者とは初めて組んだのではないかと思う、戦略などなかったからな」
「ふ〜ん、なら敢えてその冒険者を選んだ……?」
「その可能性はある、奴らに邪気を感じたしな」
邪気か――体勢を立て直すために魔力保持者が必要になった、と考えるべきか――
話の途中、エルド隊長がやって来た。俺はフォボスを紹介してハンターの仲間にすると伝えると、エルド隊長は特に困る様子もなく二つ返事で返す。
「了解。ジニアスが推すなら間違いないだろ、俺はエルドだ、よろしくなフォボスくん」
「吾輩はジニアスの親友で同志である、なので君付けは要らぬ。よろしく頼む、エルド隊長殿」
「……古風な奴だなあ、しかもロサード隊長に負けじ劣らずの端正な顔立ち、最近の若者には参るねえ。じゃあ俺も殿なしで、さ、行くぞ」
俺たちはエルド隊長に続き王宮の門を潜った。すると、其処彼処に妬みの眼や誹謗中傷を囁く声が聞こえる。
当然といえば当然か、いきなりやって来た若僧が新部隊を立ち上げたのだ、恨みの一つや二つ買うだろう。広場の練習場でロサード隊長が俺たちに手を振る、その姿が余計に拍車をかける。
「ロサード隊長、あんな奴らに挨拶しなくてもいいんですよ!」
「口を慎め、国王が直々に認められたのだ、それだけの人物ということ、我々は従うまでだ」
こうなることはわかっていたが、目の当たりにすると結構キツい。
「ジニアス、気にするな。お前は堂々としていればいい、奴らはお前の実力を知らない傍観者だ」
「……わかってます」
「フッ、くだらん連中だ。エルド隊長、さっさと国王のところへ案内してくれ」
「ククッ、フォボスにとっちゃ蚊みたいなもんか、ジニアスもフォボスを見習えよ」
期待以上の仲間に上官、エルド隊長を選んで正解だったな。
長い廊下を抜けて国王の居る王室に入る。王の側には相談役の魔術師ゾイレ爺さんも一緒だった。
「おおエルド隊長か、何用かな?」
「はい、ジニアスが仲間を連れて参りましたのでお目通りをと」
「ふむ、仲間か、遠慮はいらん、紹介してくれ」
エルド隊長が一歩下がり、俺とフォボスが前に出る。するとフォボスがいきなり自己紹介を始めた。
おいおい……。
「吾輩はフォボス、ジニアスの親友で同志である。国王よ、吾輩もハンターとして部隊に入るぞ」
告げられた王は呆気に取られている、まあそうなるよね。しかしゾイレ爺さんはまた顎に手をやり、何かをしきりに思い出している様子――
「ゾイレ爺さんどうした?」
「ちょっとな……んー、フォボス……どっかで聞いた名なんだが、はて、なんだったか……」
そこへフォボスがゾイレに向かって――
「ん? お主は魔術師だな? 昔はよう魔術師が洞窟を訪ねて来たものだ、懐かしいのう」
そうフォボスが話すと、ゾイレ爺さんはパッと眼を見開き、慌てて席を立った。何事?
「ああ思い出したぞ! 貴方様は神龍のフォボス様でいらっしゃいますね?! なんと神々しいお姿で、お初にお目にかかります、魔術師のゾイレと申します! ハハァ!」
と言って床に土下座した。えっ……。
「おお、吾輩を知る者がまだおったとは、あ、悪いがここだけの秘密だ、ジニアスに怒られるでな」
もう遅いと思うけど――やれやれ。
「ということなんで、フォボスもハンターの仲間にするから承知しといてくれ。構わないよな?」
「「な、なんだとー!」」
傍らで流石のエルド隊長も呆気に取られている。
とその時、けたたましいサイレントの音が鳴り響いた。今度はなんだ?
そこへ兵士が血相を変えて入ってきた。
「国王様、誘拐犯と思しき輩と警護隊が交戦中と連絡が入りました、公安部隊が応戦に向かいます」
その知らせにエルド隊長は眉を顰める。それを見た俺は兵士に尋ねた。
「場所はどこだ?」
「ここから南南西の方角で、確かファイターズクラブ付近かと……」
「フォボス、俺のいたクラブだ、場所はわかる」
「よし、吾輩たちも向かうぞ、飛べるか?」
「ああもちろんだ! 行くぞ!」
俺とフォボスは部屋の窓から飛び出した。すると窓越しにエルド隊長が叫ぶ――
「と、飛ぶって、おい聞いてないぞー! でも頼んだぞー! 俺もすぐ行くからなー!」
なんとも愉快な上官で良かった。さて、誰も負傷者がいないといいが……。
空を飛べばあっという間だ、近くの路地裏へ降り立ち、クラブへ向かう。
そこにはティグレの姿があった、どうしてティグレがこんなところにいるんだろう。
「おいティグレ、なぜお前がここに?」
「あ、ジニアス様、俺は盗賊を追ってきた、警護隊が戦っていたから俺は加勢した、ボスが中に……」
「レクスが? 中に誰が居る?」
「わからない……」
マズいな――もし冒険者だったらレクスは気付くだろうか、話などしていなければいいが……。
「フォボス、中へ入るぞ!」
「了解!」
建物の中へ入ると、灯りは消されて暗い。俺は魔眼を発動、部屋の隅に固まった体温を感知、その周りに5名の立ち姿を捉えた。
レクスか、それとも敵か――
俺は小声でフォボスと話す。
『フォボス、敵が見えるか?』
『ああ見えとるよ。レクスは左の隅で青年らと座っておる、敵に冒険者らしき者はおらん、雇われ者だけだろう。おそらくレクスは教官に成りすましておるのかもな。逃げ場はない、捕えるぞ』
『わかった。フォボスはレクスと生徒を誘導してくれ、俺は奴らを捕える』
『うむ、任された』
俺は大量の毒蛇を使って敵の頭上に忍ばせた。そして合図と共に指示を出す。
『行け、絡み付いて離すな!』
俺はすぐに明かりのスイッチを入れた。見れば盗賊というよりチンピラだ。
「おい、お前たち、誰に雇われた?」
「クククッ、俺様は何でも叶う万能者なのだ」
「俺は時間を駆け回る……ポケットに夢が……」
ダメだ、完全にイカれてる。これは魔術によるものかもしれない。
そう思っていると、男たち全員が口から泡を噴いて生き絶えた。
俺はもしかしたらと、男が発した"ポケット"というワードを頼りに、ズボンや上着を丹念に調べた。すると一欠片の薬草が出てきた。
これは――