2話 クラブと裏ワーク
レクスと別れ、クラブの扉を開けると、相変わらず貴族の坊ちゃんたちは、意味のない自慢話に花を咲かせて騒がしい。底辺どうしでよくやるよ。
通常のくだらない稽古で時は過ぎ、そろそろ退散しようとこっそり帰る準備をしていると、講師が大声で号令を掛けた。
「今日はこれから全員と模擬戦を行う、準備しろ」
聞き慣れない声に振り返ると、知らない講師が腰に手を当て立っていた、臨時か?
それよりも、模擬戦とはなんだろう――
俺は魔力のまの字も無いモブAに近寄り訊いた。
「ねえ、あの先生は誰? 模擬戦って?」
「あ、ジニアスくん。あのね、昨日の帰り際に講師の先生から、明日は護衛隊の隊長さんに模擬戦を頼んだから頑張るようにって言われたんだよ」
なるほど、講師もやっと重い腰を上げたかあ、まあ低レベルの集まりだからね、それもアリかも。
「それで護衛隊の隊長かあ――」
「そう。皆んな無理くりこの場に留まってるって感じ。ところで、いつもは速攻で帰るジニアスくんが何で残ってるの?」
流石はモブくん、観察力はピカイチだ。そこは上手く誤魔化して――
「ええっと……執事のお迎え待ちさ、ハハ……」
「ふ〜ん、ジニアスくんも災難だね、早く帰ってれば巻き添え喰わずに済んだのに」
「うん、お互いにね」
そう言われたモブAはみるみる萎れていく。仕方がないので慰めていると、低レベル貴族のメネスがここぞとばかりに揶揄いにきた。未だ腐れ貴族は健在である、やれやれ。
「よう、弱者のジニアスじゃないか、甘々の執事はどうした? あいつがいないから逃げ出せなかったのか? 女々しい奴め、どうせお前の世話に飽きて女と楽しんでんだろうよ、ギャハハ!」
レクスを引き合いに出すとは、流石の俺もカチンときた。
「まあ君より優秀で良い男だからね、そりゃもうモテモテさ。やっぱ男は顔だね、ククッ」
「な、なんだと! 貴族の俺を侮辱する気か!」
「おお、正解だよ、意外と賢いんだな」
「貴様ー!」
そこへ隊長の怒号が飛ぶ――
「おいそこ! 無駄口叩いてないでさっさと来い!」
まったく、俺まで怒られてしまったじゃないか、こんなところで目立ちたくないのに――
「「はい! すみません!」」
俺たちは慌てて列に並ぶが、俺は最後尾に並び、メネスは仲間の間に割り込んだ。まあどうでもいいけど、早く終わらせてほしいものだ。
俺は順番を待ちながらウトウトとしていると、いつの間にか俺の番、見渡せば生徒全員が床で昏倒していた。まあそうなるよね。
「よろしくお願いしま〜す」
と、あくびを噛み殺して隊長の前に立つと、いきなり鉄拳が飛んできたので、俺は瞬時に身を屈め下段回し蹴りで足を払い、浮いた隊長の体にボディーブローを喰らわし魔力で壁に吹っ飛ばした。
「あっ……」
と思わず声が出るも、時すでに遅しで、隊長は息を詰まらせて何度も嗚咽のような咳払いをする。やってしまった……。
俺は隊長にかけ寄りしゃがんで容態を聞く。
「あの……だ、大丈夫ですか?」
「ゴホッ、ゴホッ――ハァ、君はええっと……」
俺は咄嗟に嘘をつく――
「――モブです」
「……そうか、ジニアスくん……だったな」
「チッ」と思わず舌打ちをする、わかっているなら聞かないでほしい。
さて、この場をどう切り抜けるかだが――
「ハァ、ジニアスくんは特待生だったかな?」
「い、いえ、普通の生徒です……」
「んー、確かいま魔力の波動を感じたんだが……」
おいでなすった――
「ああえっとそれは……火事場の馬鹿力ってやつですよ、ハハ……」
「火事場の馬鹿力? よくわからんが、俺を倒したことに間違いない」
いや、だから間違いなんだってば。
「――まぐれです、たまたまです、奇跡です」
「土壇場で奇跡を起こせるなら強い戦力だ!」
わかってないなあ、奇跡は起こらないから奇跡なんだよ。さっさと退散しよう――
「あっ、執事の迎えが来たので失礼しまーす!」
「えっ、おい待てー! まだ昇進の話がー!」
これぞ正真正銘逃げるが勝ち。さてと、後は野となれ山となれで、例の場所へ急ごう。
――――――
都心から少し離れたスラム街へやってきた。拠点となる小さな納屋に入ると、レクスと3人の配下が机や椅子に腰掛けている。
俺は彼ら3人にちょっとだけ特殊な能力と仕事名を与えた。それぞれ人間とは別の生き物の力だ。
ティグレは虎の破壊力、アピスは蜂の行動力、レムールは女狐猿で適応力だ。
各自で能力に合った役割分担を任せている。とても優秀な人材だ。
俺はこのチームを"イノセント"と名付けた。意味は"無邪気"、心は純粋であれと願いを込めて。
この3人はスラム街の出身、ならばとここを拠点に選んだ。スラム街は癖のある奴ばかりだが、ゆくゆくは俺のテリトリーにしようと考えている。慈善事業も楽じゃない。
さあ、作戦会議の始まりだ――
俺はフードを目深に被り、ウイルスや身分さえもシャットアウトする前世の最強アイテム、黒いマスクを着けた。指示役は謎っぽくなければね。
そして納屋の奥へと進み机に腰掛ける。
俺が定位置に着くと、レクスが話を始めた――
「では、ジニアス様がいらっしゃったので、新たな情報を元に作戦会議を始める。アピス、報告を」
アピスは情報収集を担当する。
「はいボス。田舎町で貴族が何者かに拉致される事件が多発しているようなんです。犯人は不明、使用人は斬殺されていたとか」
貴族の誘拐か、随分と大胆な犯行だ。アピスの情報によると、食料を配達にきた業者によって発見されたらしい。役人の調べでは、屋敷の主人や家族の遺体は無かったという。
それで誘拐事件かあ、まあ、妥当な推論だろう。しかし使用人を斬殺とは証拠隠滅にも程がある。
貴族に恨みでもあるのだろうか。
俺はアピスに訊ねた。
「襲われるのは貴族に限ってのことか?」
「はいジニアス様、今のところ貴族だけのようです。詳しく調べたほうがよろしいですか?」
俺はしばらく考え――
「レクス、悪いがこの件は任せる」
「畏まりました。では引き続き捜査させます。では今日の獲物を」
ここからはボスの出番だ、俺は沈黙する。
レムールが口を開く――
「はい、悪徳金融業のグルーニ商会です。昨日の夜に大金が金庫に運ばれていました」
彼女は潜入を得意とし、メイドや秘書を装い内部調査を担当する。
「見張りはどうなっている?」
「はいボス。表に3名、屋敷の中に3名、金庫部屋に2名配置されています」
大金ねえ、なら昨日は回収日ってことか。見張りも少数、ティグレがいれば楽勝だ。
ティグレは寡黙な男で身体のデカい怪力の持ち主、なので戦闘を主に任せている。
「ジニアス様、今回は楽勝かと思いますので、我々だけで十分かと」
「そうだな、じゃ任せたよ」
「畏まりました」
俺は皆んなが跪く中、納屋を出て帰路へ向かった。アピスの情報に多少の興味はあるが、それより護衛隊の隊長の言葉が気になった。
確かあの時、「昇進」とかって聞こえたんだけど、まさか特待生になれって話しか?
迷惑この上なく、しばらくクラブには行かないほうがいいかもしれない。
ハァ、要らぬ厄介事を抱えてしまった――