I
この作品には鬱や死を連想させる描写が含まれますので、ご覧いただく際にはご注意ください。
「僕に価値はあるんでしょうか」
先生は困った顔をしてPCの画面へ視線を移して
「あるよ。皆にある」
詭弁だ。基本的人権なんて僕らには適応されていない。
「そうですか」
今日の診察はこれで終わった。
僕は奇病を患っている。しかしそれ自体は珍しいことではなく、近年は研究が進められていて、先天的な異常と後天的なトラウマによって稀に引き起こされることなのだと。僕は前者のほうで、比較的珍しいらしいけれど……ちっとも嬉しいことではない。奇病への理解は未だ進んでいない。この病棟ではそういった人間未満の者たちを隔離して生活させ、奇病についての管理収容を行うと同時に研究機関としての側面がある。
自室に戻った僕はため息をついた。
今日はあまり調子が良くない。だからさっきも先生を困らせてしまった。
夜中の2時をまわった頃。眠れないまま硬いベッドに横たわっていると、隣から騒々しいやりとりが聞こえてくる。どうやら、花吐き病の彼女が喉に花弁を詰まらせてしまったらしい。
少しだけ扉を開けて外を覗くと、407号室のほうから担架に乗せた少女を運んでいるところだった。青白い顔をしていた。
少女はオリヴィアという名前だった。ウェーブがかった金髪と、声がとても綺麗だった。同い年だから、という理由でよく僕のことを気にかけて話しかけてくれた。体調の良かった頃はよく二人で裏庭に出て遊んでいたが、彼女の病状が悪化して、部屋から出られなくなってからは会えていなかった。ここ最近は、彼女の咳き込む声が薄い壁越しに届いていた。
翌朝、彼女は死んだ。死因は花弁が詰まったことではなかった。僕には心当たりがあった。でもそれは誰にも言えなかった。
彼女は恋をしていた。それも、担当していた研究医の男に。
花吐き病は恋をして、その恋が成就しなければ死んでしまう、なんとも悲しい病だ。
患者と医師の恋愛は珍しいものではないだろうが、ここは奇病患者の集まる閉鎖病棟だ。病気への理解があるのならば、彼女に恋をされた時点で殺人者になってしまう。
昨日から、ずっと泣いている声が聞こえていたから、おそらく振られたのだろうなと思っていた。
これから上層部は彼女の死因を不明として家族に伝えるのだろう。遺体は解剖研究に使用されるため返されることはない。こうして、僕の初恋も終わったのだ。