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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第二章
98/172

45 イルマ

イルマが颯爽とユタカの前から立ち去った後で、イオは床に銀色で輪の形のピアスが落ちているのに気付いた。拾ってイルマを探す。そう遠く行ってはいないはずだったが、食堂内にはいないようだった。食堂を出たのか。イオは玄関ホールを見渡すが、イルマらしき白いドレスの女性はいない。

ふいにイオは目の端で、玄関の扉が動くのを捕らえた。玄関の扉は誰かを外に出して今さっき閉められたようだ。

イオが扉を開けて見渡すと、白いドレスの女性が歩いているのが見える。

「イルマさん?どこに行くんですか?」

イオが声をかけると女性は振り返った。イルマだ。イオの手の中のピアスを見て、自分の耳を触る。

「あー、見つかっちゃったか」

イルマは頭をかいてイオの方へ戻ってきた。

「ちょっと外の空気を吸いたくなっちゃってね」

イルマは何でもない風を装って言ったが、イオは眉を顰める。イルマの行動は不自然だった。

「そっちは山を下りる道しかないですよ。外の空気を吸うなら裏の庭でもいいじゃないですか。籠やいろいろがある正面よりも、よっぽど景色もいいし、ヒトもいなくて静かですよ」

「確かにね。パーティーに戻ろっか?」

イルマはすたすたと歩いてくるとイオの手からピアスを受け取るとイオの横を通って扉に手をかける。

「待ってください」

イオはイルマの腕をつかんだ。

「パーティーはまだ終わってないのに抜け出そうとするなんて、なにかあったんですよね?」

イルマはようやくイオと目を合わす。少し目が泳ぐ。扉から手を放す。

「実は、ちょっとね」

「話してください」

二人は屋敷の正面に広がるカルデラ湖のほとりを歩いた。

「うーん、私のわがままでこのパーティーは行われたわけだけれど、実はもう嫌になってきちゃってね。たくさんの良家のヒトと関わってみてわかったよ。良家に生まれていようが、会場のどこかに本当の親がいようが、全然関係ないことだったんだ。私がいままで生きてきた、いわゆる一般の、庶民の、普通の世界のヒトとなんにも違いはなかったや」

「それは、真実の愛について言っているんですか?」

「鋭いね」

「結婚はもういいんですか」

「正直そう。でもね、こんな大掛かりに準備してもらったし、すごくそれは申し訳ないんだ。聞いた?このパーティーに関わるお金は全部ジョンとジョナサンのポケットマネーから出てるんだよ。ハルミの遺産とかじゃない。申し訳ないね」

イルマはドレスの内側から指輪をいくつか取り出した。

「さっきの時間だけでこんなにもらっちゃったけど、私はもう正直、いいかなって。あの場所にいるとなんだか落ち着かなくて。続けざまに何人もに求婚されるのは疲れる」

湖の水面は凪いでいた。

「そうですか……。僕は、イルマさんには真実の愛をみつけてほしかったので、見つからなかったのなら、無理して結婚なんかしてほしくないです。それじゃあ、ハルミさんの二の舞です。それに、そんなにジョンさんとジョナサンさんに申し訳なく思うこともないですよ。あの二人はハルミさんの相手を見つけるためにある意味あなたを利用していた。ポケットマネーからの出資だって、それの経費です。パーティーは無事開かれたので、まあ、そりゃあ、今日来てくれたお客さんには説明とか必要でしょうけど、イルマさんがもういいなら、逃げてもいいと思います。イルマさんのことは後で僕からジョナサンさんに説明しておきますよ」

「君もいろいろとすまなかったね。ありがとう」

「なんでイルマさんが謝るんですか」

イルマはふいに足を止め、イオの目をじっと覗き込んだ。黄緑色の透き通った光が宝石のようだ。ただならぬ雰囲気にイオはごくりとつばを飲んだ。

「イオ君、提案があるんだ。協力してほしい」

「なんですか?」

「私と一緒に駆け落ちしよう。今から一緒に山を下りるんだよ」

「はあ!?何言ってるんですか!それこそまさに真実の愛から最もかけ離れた行為ですよ?!」

「君のこと、割と好きになったかもね」

「冗談はよしてください!」

「私がいなくなったらたくさんのヒトが捜索するよ。逃げるなら一緒に庶民のヒトと行ったほうが安心できるんだ。一緒に山を下りて庶民の生活に戻ろうよ。ここじゃちょっと説明は難しいけど、悪いようには絶対ならないから」

「駄目です。一人で下りるのなら僕は止めませんけど、僕は一応あの双子から依頼をもらっているんです。あなたにはどうでもよくても、あの二人にはハルミさんの相手を知らせてあげなくてはなりません」

「大丈夫だって。私より報酬のほうが気になるの?さっきの食堂でのジョンの様子を見たでしょ。脈のありそうなヒトを当たりつくしたけれどそれっぽいヒトは見つからなかった。私の父親がこの会場に来ているとしたらもう私が家族だということを認めたくない、隠したいんだよ。誰も名乗り出ない。君は私の本当の父親を探し当てることができないよ。報酬なんか、きっともらえないよ。私と山を下りよう」

イルマは語気を強めて説得した。

「いや、やっぱり駄目です。もしもパーティーが終わるまでにあなたの父親が判明しなかったとしても、僕は最後まで探し続ける努力をやめたくありません。ジョンさんはきっと、ハルミさんをすごく愛していたんです。ハルミさんがジョンさんよりも愛したそのヒトが誰なのか、真相がわからないままじゃあんまりだ。イルマさん、あなたが去ったらもう、良家のあの二人と同じ世代のヒトが一堂に会するような機会に巡り合うこともないかもしれない。今夜なんです!」

「見つからないって!」

「いいえ、探し続けます。もういざとなれば客の全員のすべてのポケットを裏返して一人ずつ服の中まで調べ上げる覚悟はあります。鍵さえあれば、きっとすべて明らかになる。そのヒトは見つかります」

イオはきっぱりとそう言った。

「鍵?何の鍵?」

イルマは眉をひそめた。

「え?聞かされていなかったんですか?金庫の鍵ですよ。書斎の隠し金庫。きっとあそこにはハルミさんの、愛する相手への手紙か、それに準ずるなにか大事なものが入っているんです」

「金庫なら知ってる。君も知ってたんだね。ただ、……その中身については初耳かな」

「僕はとにかくその鍵を探さなくてはならないんです。とりあえず、山を下りるならこの辺りで少し待っていてください。僕はジョナサンさんにこの旨を伝えてきますから。その後のことはなんとかします。何も言わずに去っていったというよりはまだいいと思うし」

「どうしてもいっしょには来てくれないんだね」

イルマはイオから一歩離れた。

「そうですね。あと、その服で山を下りても目立ちます。僕が荷物と着替えをここに持ってきますから、少し待っていてください」

「わかったよ。そうする」

イルマは湖の淵にしゃがみ込んで水面を覗き込むようにした。イオは屋敷に戻った。


食堂の中に入り、きょろきょろ探すと、双子のどちらかがイオに気付いて近づいてきた。イオがさりげなく手首を触る動作をすると、相手は腕時計を見せた。針は止まっている。ジョナサンだ。

「イオ、俺たちはリストアップしておいたヒト全員とは話を終えた。鍵は見つかったか?」

「いいえ。すみません、まだです。それより、報告しなければならないことが」

「なんだ?」

「イルマさんがパーティーから抜け出そうとしているんです。パーティーに出てみたものの、これという男性に出会えなかったし、良家の雰囲気も苦手だったみたいです。どうしますか?イルマさんには庶民の生活に戻ってもらってもいいでしょうか?」

「イルマがもう帰りたいと?彼女は今どこにいる?」

「ええと、正面玄関の外の湖のほとりですけど……。僕はイルマさんが逃げたいなら逃げていいと思うんです。もちろん、彼女が帰った後も、僕は残ってハルミさんの相手を探します」

ジョナサンは焦ったような顔をした。

「そうか。イオ、教えてくれてありがとう。イルマと話しをするよ。お前は会場に戻って引き続き鍵を探してくれ」

「わかりました」


「イルマ?着替えたのか」

二階の静かで暗い廊下の奥から声がしてイルマは振り返る。イルマは黒いドレスに着替えていた。書斎のドアをつかんでいた手をさりげなく放す。

「今何時ですか?」

イルマが問いかけると、老人は袖をまくって金時計を見せた。

「あと5分で9時だな」

イルマは軽く頷いた。

「リスト上の全てのヒトとはもう話はさせてあげられたんですよね」

「話?まあ、話は全てのヒトとしたが……」

「私が鍵を持って屋敷をおさらば。これで万事解決ということですか?あなたも考えたものですね」

「……」

「すみません、すぐに去りますよ。少し好奇心が働いてしまっただけです。中身は見ていません。それじゃ」

イルマは唇の片方を吊り上げるようにして笑い、踵を返した。


玄関の扉を開けかけたジョナサンははたと何かに気付いて動きを止める。

「まずい。もう9時だ」

ふと視線を感じて見上げると、階段の上から玄関ホールを見下ろす兄と目が合った。


ばつん。

急に食堂内の照明が消えた。

「何っ?!」

食堂の扉は玄関ホールの光を通さなかった。急に視界が真っ暗になり、人々はざわつく。イオは慌てて足を止める。自分がどっちを向いていたかわからなくなる。見えなくなったことでぶつかったり事故が起きたのか、単に暗闇にパニックになったのかわからないが、悲鳴があがる。窓の外の光のほうがいくらか明るいのでイオは反射的にそちらを向いた。

「?」

光が見えた。人込みの中に青白く、ぼうと発光している光。蛍の光というよりは、人魂や鬼火のほうが近い。発光塗料だ。イオにあてがわれた部屋の天井に描かれていた星座が光るのと同じ光に見えた。『光を追え』というメッセージが思い出され、イオはその光の方へと夢中で足を動かした。光に手が届く。

消えたのと同じくらい唐突に食堂内に光は戻った。まぶしさに会場にいる全員が顔をしかめる。視界が徐々に戻る。イオは自分の手がつかんだものを見た。

「イルマさん?」

それは、イルマの腕だった。先ほどとは違い、真っ黒なドレスに身を包んでいる。光っていたのはイルマのドレスの両腕のラインだった。光のある場所では塗料は全く光らず、ラインは見えなかったが、よくあるジャージのデザインよろしく、肩から手首までに一直線に塗料が塗ってあるのだろう。

「イオ君?どうして――?」

イオはイルマの首元を見る。注意して見なければわからないほど細いチェーンが見えた。イオはそれを震える手で引っ張った。イルマは抵抗しなかった。チェーンにつながっていたのは、小さな金属の鍵だった。

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