43 父親候補
「よう、久しぶりだな、カナメ。今一人だろう?せっかくの機会だ。俺たちと懐かしい話をしようぜ」
控室となった部屋のドアを開けた老人に向かってジョンは言った。トウの一族の現家長であり、50年前、ハルミと結婚するはずだった許嫁の男だ。カナメは額のしわを深くして双子をにらみつけた。
「ハルミの娘の話か?俺はハルミと結婚しなかった。ハルミのその後のことは知らないし、知ろうとも思わなかった」
「お前はハルミを愛していたのか?」
カナメは鼻で笑った。
「最初は好きだったさ。でも、俺を振るなんて見る目のない女を誰が愛すものか。あんなのはただの尻軽だ。俺の弟たちのことは知らんが、少なくとも俺はあんなやつと結婚しなくてよかったと思っているね」
「お前っ!」
ジョンはかっとして殴りかかろうとするが、ジョナサンに抑えられる。
「お前はイルマの父親は誰だと思う?」
ジョナサンは質問した。
「知るか。案外平民だったりするんじゃないか」
「わかった、もういい。失礼した」
ジョナサンはジョンを引きずるようにしてその部屋を後にした。ドアはすぐに乱暴に閉められた。
隣の部屋から出てくるものがいた。隣の部屋もトウの一族の控室だ。出てきたのは老人二人だった。カナメの弟のフクとナツキだ。この二人もかつてハルミに求婚していた。
「おい、フク、ナツキ。話がある」
ジョナサンが呼びかけると、二人は足を止める。
「イルマのことだ。フクは結婚して奥さんも子供がいるが、ナツキは独身だな。ハルミと結婚したのはお前か?」
「違うさ」
ナツキはすぐに否定した。フクも首を振る。
「お前たち二人もあの日ハルミに求婚したが、ハルミを愛してたのか?」
ジョンは尋ねる。
「ああ、愛してたさ。じゃなきゃ、指輪なんか渡すもんか。あんな顔のいい女を見たら他の女なんか選べるかよ。プライドのないフク兄さんはハルミが駄目だとわかるとすぐ別の女と結婚したみたいだけど、俺はプライドがあるからな」
ナツキは言った。
「プライド?お前、愛してたなら、葬式くらい来いよ!愛してなんかいなかったくせに!お前のくだらねえプライドは全然筋が通ってねえよ!」
ジョンは叫んだ。
「年老いたハルミには興味なくなってたものでな」
「クズ野郎!!」
フクとナツキは踵を返し、食堂へと向かっていってしまった。
「ジョン、落ち着け。むしろあんなクズ野郎が相手じゃなくて喜ぶべきだ。次行こう」
「ハルミがあんなのを選ぶもんか!」
ジョンとジョナサンは今度は自らの属する一族の控室の前に立った。ドアをノックすると50代くらいの男が顔を出した。ジョイの息子、カイだ。
「これはこれは。叔父さんではありませんか。もしかして僕の父に用が?」
「ああ。一応くたばる前に話を聞いておこうと思ってな」
「入れ」
中からしわがれた声がした。双子の兄のジョイだ。
「あまりお前と話すのは好きじゃないから単刀直入に聞く。ハルミの結婚相手に心当たりのあるヒトはいるか?」
「いない」
ジョイは冷たく即座に言い放った。
「そうか、邪魔したな」
双子は全く同じ動作で踵を返し、部屋を出ようとした。ジョイはその背中に言う。
「もういない女に執着するのは愚かだ。まあ、あの女が生きている間も、執着するには値しないとは思っていたがな」
「兄貴はハルミに求婚したくせに」
「気の迷いだ。今はその行為を後悔し、新たな女に求婚した自分の選択を正しかったと思っている。――まあ、それで生まれた息子や孫はあまり満足の
いく出来だったとは言い難いが」
ジョイは息子のいる前で平然と言った。確か、カイは力が及ばずに分家の誰かに家長を譲らねばならなくなり、現在この家族は一族内での立場が低くなってしまっているらしい。それに加え、カイの実の息子は家を飛び出して地下に入り、縁を切ったらしい。しかし、双子にとっては兄の周辺のごたごたなど知ったことではなかった。
「兄貴がハルミと結婚していなくて本当によかったよ」
玄関ホールを見下ろす階段の上で双子は黙って階下の様子を眺めていた。客の入場がほとんど終わったくらいから聞き込みを開始して、三時間ほどが経過していた。事前にリストアップした人物の大方と話しをしたが、どいつもこいつもクズジジイばかりで、まったく手掛かりはつかめなかった。
「なあ、ハルミの結婚した相手を探してるんだろ?」
声がかかって振り返ると、青白色の目をして、地味な衣装に身を包んだ老人だった。帽子を深くかぶっている。
「ええと、お前は……」
「ツブの一族、トムソンだよ」
「トムソン?俺が知っているトムソンってやつはもう少し派手好きで浮ついたチャラ男だ」
「歳をとれば状況もいろいろ変わるんだよ。お前らは変わらないかもしれないけどな」
双子は顔を見合わせる。やがてジョナサンがトムソンに言う。
「お前がハルミの相手か?」
「違う。ハルミがこの屋敷に身を隠したということを知ってからも何度も手紙を送ったが返事はなかった。とことん冷たい女だった。その塩対応がまたいいんだけどな」
「そいつはドンマイだな」
「心を折るような手厳しい言葉で振られるより、返事が来るかも、と思わせて一生思い続けさせられる方が残酷だ。俺の身も心も縛り付けて離さないなんて魔性の女だよ」
ツブの一族は今緩やかに減衰の一途をたどっているらしい。一族内でも大変な苦労があるのだろう。それを差し引いても、トムソンはドMになりすぎのようには思えるが。
「お前が相手じゃないことはわかったよ。誰かハルミの相手として怪しいヒトは知らないか?お前もハルミの相手を知りたいだろ?」
すると、トムソンは不思議そうな顔をして言った。
「ジョン、お前じゃないなら俺は誰が相手なのか全く見当もつかないよ。さっきのやりとりを少し聞いていたんだけど、ハルミはジョンと結婚したんじゃないって知ってびっくりした。だってそうだろ?結婚式の日はずっと覚えてる。あんな風にかっこよく助けられたりしたら誰でも惚れるよ」
「ハルミは文通はしてくれたけど、愛しているなんて一度も言わなかった。他に思うヒトがいたんだよ」
ジョンはぶっきらぼうに言った。
「そうかなあ。ジョンじゃないなら、俺にはさっぱりだ。もしわかったら俺にも教えてくれよ。あ、そうだ、俺の大甥のユタカってやつも今日来てるんだけど、イルマちゃんは興味あると思うか?ああ見えて、優しくて心がイケメンなんだよ」
「そうかい、じゃあな」
ジョンはトムソンに背を向け、階段を下りて行った。お前じゃないなら全く見当もつかない?50年前、まわりからそんな風に見られていたのか。それでも、そんな俺よりも愛したヒトがいたのか。なぜ姿を現さない?ああ、殴ってやりてえ。ハルミはお前のことを愛してたんだぞ。葬式くらい来いよ。
食堂に入って、ボーイが運んでいるお盆の上から適当な酒を取って壁際にもたれかかる。ああ、わからない。ギモンが爆発しそうだ。とにかく今はギモンよりも怒りで頭を一杯にしてこらえよう。イオ、どうか手掛かりを見つけてくれ。