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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第二章
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42 立食パーティー

イオが着替えて食堂に行くと、様々な料理が並べられ、立食パーティーのようになっていた。一口サイズの食事が並ぶ。海苔巻きや茶わん蒸し、たこ焼き、スイーツとしては羊羹やミニどら焼きなどがあるので、和風っぽいラインナップだ。一番奥には簡易的なバーカウンターのようなものが設置されていて、そこではドリンクをもらうことができる。きれいなドレスに身を包んだ若者があちらこちらで談笑している。壁際にはそれを見張るかのように親や祖父母がいて、それぞれおしゃべりをしたり、酒を楽しんだりしている。イオは会場をぐるりと一周した。世代が上のヒトたちの中にはパーティーには来るが、会場で食べ物を楽しみ、孫や子供の様子を監視するのに興味がなく、控室でゆっくりしているという者もいる。ジョンとジョナサンは先ほど、イオにちらりと合図をして控室の方に向かっていったので、会場にはいなかった。

「君は気になる女の子とかいないのかい?」

声を掛けられて振り返ると、茶色の髪に赤褐色の目をした男が立っていた。たしか、ジョイの孫のレッドだ。

「レッド君、だよね。いや、僕は結婚自体には実は興味なくて。親に連れてこられた感じかな」

イオは眼鏡のずれを直しながら言った。

「そうか、実は俺もなんだ。世間体のために出席はするよう言われているから出席したけれど、正直俺がアタックしたところで俺に興味のある女の子はいないよ」

「どうして?君はなかなかイケてるほうだと思うよ」

「はは、どうも。君は知らないのか?俺は養子なのさ。養子だからあまり能力がないと思われてる。でも、俺がちゃんとしないとリンの一族は終わりだし、もう嫌になるな」

「大変だね。血筋が大事な世界だから」

イオは本心から言った。良家のヒトには良家の苦しみがいろいろあるのだろう。

「ところで、このパーティーの主催のイルマって子だけれど、彼女っていったいどこの血筋なんだろう」

イオはさりげなく質問した。

「さあ。俺の一族の誰かがハルミってヒトとひそかに結婚していたらイルマは俺の兄妹ってことになるんだろうけど、うちとは関係なさそうだ。俺の親父もじいさんもすごく厳格で遊びっ気がない。あんな子生まれるわけないね」

レッドは指をさす。その方向にイオが顔を向けると、すでに何人かの男の子に囲まれて口説かれているイルマの姿が見えた。笑う顔は変に飾らない素直さがあり、くったくのなさがいかにも多くのヒトから好かれそうだ。

「だとしたら君にも彼女を口説く権利があると思うけど。彼女はきっと血筋にこだわらないよ」

「俺はいいよ。君こそ興味があるならアタックしてきたらどうだい」

レッドは近くにあったベビーカステラを口に放り込んだ。

「考えておく」

イオはそう言って会話を切り上げた。

別のテーブルに近づいていくと、イチの一族のアカネが何人かの同世代の女の子たちと話しているのが耳に入ってくる。イオは料理を楽しむふりをして聞き耳を立てる。

「マジあの子むかつくわ。あんなのが私と血がつながっているだなんて。あのね、おばあ様が言ってたんだけど、50年前、ハルミっていうイルマの母親のためのパーティーでは、ハルミはもう許嫁が決まっているっていうのに男と遊びたいがためにパーティーを開きたがって父親におねだりしたそうよ。それでたくさんの男をもてあそんだ。イルマにもそういう血が流れてるのよ。これ、ご兄弟に広めて頂戴よ。イルマを選ぶくらいならこの私、アカネを選びなさいって」

「で、アスカ様が鉄槌を下そうとしたのよね」

一人の取り巻きの女の子がアカネに聞く。アスカというのは、ハルミの姉だ。今はもう亡くなっている。

「そうらしいわよ。私のおばあ様も協力なさったみたい……。まあ、これは言っちゃいけないんだけどね。でも、当然ね。あんな魔性の女、一度誰かがやってやらないと懲りないわよ。その一件のおかげでハルミはうちで立場を失くしたみたい」

「へえ~、女の子って怖いわ~」

「アカネ、あなたも気を付けないと、イルマって子があなたに八つ当たりして狙ってくるかもしれないわよ」

「まあ!お気をつけあそばし!」

女の子たちはけらけら笑った。ハルミは家族内でも激しく妬まれ、おそらく姉によって一族を追われた。嫉妬に胸糞が悪くなってイオが場所を移ろうとしたとき、ヒトとぶつかった。

「あ、すみません」

それは、黒髪に青紫の目の、ツブの一族の跡取り、ユタカだった。丸く分厚い眼鏡をかけ、長い前髪であまり表情は見えない。背は低く、さらに自信なさげな猫背のせいでさらに体が小さく見えた。

「す、すすす、すみません!」

ユタカは慌ててイオの前から退いた。唇は小さく「帰りたい、帰りたい……」と動いている。イオはあまりユタカと接触するわけにはいかないのでそのままその場を後にしようとする。ユタカのほうもぶつかったイオから逃げるようにうつむいて後ずさるように去っていく。その時、向こうから歩いてきた人物とユタカはまた衝突した。衝突した人物は転んで床に倒れる。

「あああっ、す、すす、……」

ユタカはおろおろとその人物を見下ろしてどもりはじめる。周りはユタカの様子を嘲笑している。ぶつかって倒れたのは、白いドレスの女、イルマだった。何人かの周りの男が手を差し伸べるが、イルマは誰の手を借りずにすっくと立ちあがり、言い放った。

「前見て歩けよ、バカヤロー!」

そして、唖然とする人々をかき分け、料理の並ぶテーブルの方へと去っていった。さっきまで悪口を言っていたアカネとその取り巻きもおしゃべりをやめてその背中を眺めていた。

「あいつホントに良家か?」

差し出したままで引っ込めづらくなった手をもてあました男がつぶやく。そしてその手をポケットの中に収めて言った。

「かっけえな!」

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