36 ジョンとジョナサン
静かな葬式だった。
真っ白な式場をそっくりな見た目の二人の老人が前後に並んで、整然と並べられた椅子の間をゆっくりと歩いていく。二人は70代ほどに見えたが、足元はしっかりとして、きっちりした黒いスーツを着て、ネクタイを締めていた。二人は瓜二つな顔立ち、しぐさだった。双子なのだろう。どちらも真っ白な白髪をオールバックに撫で付け、目は鮮やかな橙色をしていた。何とかして見分けるのならば、前を歩く老人の方が涙ぐんでいるということくらいだろうか。
部屋の奥は真っ白なステージのようになっていて、故人の写真が飾られている。額縁の中で、年老いてはいるが、緑色のぱっちりとした目にどこか若々しさが感じられる美しい女性が、口元に静かな笑みを浮かべていた。二人は写真の前で順に跪いて手を合わせ、祈り終えると一番前の椅子に横に並んで腰かける。椅子はたくさんあるのに、式場であるその部屋にいるのは老人二人と、端の椅子に腰かけた40代くらいの落ち着いた雰囲気の男だけだった。ステージの横には司会を務める葬儀屋の男性がいる。棺はない。
楽園において、死んだヒトの亡骸は葬儀屋に勤めるヒトによって速やかに黒の塔に運ばれる。亡骸は楽園の生命係であるコピーによってまた新たな命を吹き込まれる器となる。こうして楽園の生命は回っていくのだ。楽園の地上に生活するヒトのほとんどが神や仏の存在を信じていないため、祭詞や読経はない。楽園において葬式とは、ただ静かに故人のことを思う時間なのだ。
「改めまして本日は故オキナグサ、字ハルミ様のお葬式にご出席いただきまして誠にありがとうございます。ただいま、皆様のお祈りが済みましたので、これより遺言書の開封をいたします。こちらでお預かりしておりますものは、ハルミ様の生前に秘書を務めていたトキ様へのもののみでございます。公表の指示はございませんので、今この場でトキ様にお渡しいたします」
端の席に座っていた男が立ち上がり、葬儀屋から封筒を受け取った。
「それでは、これから今日が終わるまでは故人様を悼む時間とさせていただきます。なにかございましたら出口右のところにスタッフがおりますので、なんなりとお申し付けください。それでは失礼いたします」
葬儀屋の男性は静かに礼をして立ち去った。楽園では火葬や埋葬をしないので、個人の墓もない。楽園に生まれたすべてのヒトは概念として同じ一つの墓に眠るものとされている。その墓は、北ブロックの砂漠の中にポツンと立っている。永遠に続くように設計された楽園では、毎日のようにヒトが生まれ、死んでいるので、墓などを作りはじめると土地に切りがなくなってしまうというのが現実的な理由なのかもしれない。千年前からずっとすべての個人に墓など作っていたら、ただでさえ狭いカプセル内のもうすでに大半の土地が墓地で埋まる、ということになっていたかもしれない。
「……私はこれで」
封筒を受け取った男は老人二人に会釈をすると、式場を出ていった。老人二人と写真だけが式場に残された。
「やっぱり俺たちには遺言は遺せねえか」
涙ぐんでいた方の男がしわがれた声で悲しげに言った。
「まァ、そうだろうな。家柄が家柄だし、そもそも、もう50年も前になるからな」
もう一人がため息といっしょに吐くように言った。
「そうか、もう50年か」
遠い目をする。
「さあ帰るぞ。いつまでもメソメソしてるわけにはいかねえだろ。楽園中に女はたくさんいるんだからよ」
「お前はそうかもしれねえけど、俺はハルミ一筋だったんだぜ。浸ってるときにそいつはないだろ。高え酒の一杯でも奢って思い出話を聞くのが兄弟ってもんだろうが」
言われた老人は首をひねる。
「変だな。じゃあ一体、先週お前と遊んでたエミリアって子は誰だったんだ?」
「ちぇっ、故人の写真の目の前で気の利かねえ弟だ」
「冗談だ。今日は飲み明かそうぜ、ジョン」
「ありがとよ、ジョナサン」
ジョナサンはジョンの背中を押して立ち上がらせる。がらんとした式場を歩く。
「あーあ。全く。一族とかの問題はあるのかもしれねえけど、俺たち以外全然葬式に来ないんだから他の男どもは薄情だよな」
「もうくたばっちまったのかもしれないぜ」
二人は支えあうようにして式場を出た。
「あの、もうお葬式って終わっちゃったんですか?」
だしぬけに声を掛けられて、ジョンは思わずぎょっとした。見ると、黒いショートカットの髪に明るい黄緑色の目をした、すらりとしたパンツスーツに身を包む、ぎりぎりティーンに見えるくらいの少女が立っていた。目鼻立ちがすっきりと整い、肌は抜けるように白かった。
「ハルミのかい?まだ写真は残ってるから追悼していくといい」
「どうもありがとう」
少女はひょいと頭を下げて式場へと入っていく。
「誰だ?ハルミに葬式に来るような親族がいたか?」
ジョンは弟に聞くが、ジョナサンは首を振った。
「若い時は男はいっぱいいただろうけど、あの件の後、結局結婚は性に合わないって言ってたし、晩年はずっと山奥に引きこもってたろ。あんな若い子と知り合いだなんておかしいな」
二人は引き返し、部屋の手前から顔を出して少女が写真の前で手を合わせているのを覗いた。祈りが終わると、少女はあっさりとした足取りで写真に背を向け、二人が待ち構える出入り口まですたすた歩いてきた。
「無礼は承知で聞くけど、君はいったい誰なんだ?」
ジョンは尋ねる。少女は首をかしげるが、すぐにはっとしたように姿勢を正して言った。
「ああ、申し遅れました。私、ハルミの娘のイルマです」
「む、娘ェ!?」
ジョンは裏返った声で叫んだ。