27 亡命
イオ、セトカ、サミダレは荷物をまとめ、アメの一族の住む山へと向かう列車に乗っていた。事情を知ったシグレが三人をかくまってくれるそうだ。
「世間がいろいろ収まるまでこの山にいて、修行でもしていたらいいよ」
シグレは三人に、屋敷の部屋を貸してくれた。シグレはすっかり立派な族長として責務を全うしているようだ。前回イオが泊ったのは見張り小屋だったので、屋敷の中を自由に動けるのは初めてだ。家宝として飾ってある美しい矢を見るたびにタイムマシンのために溶かしてしまったことが思い出されてなんとも言えない気持ちになった。
「さて、いつまでも山の中にいるわけにはいかないよ。バッジはあと三個、確実に手に入れないといけないし、何よりお金もない」
現実問題、今まではイオが黒の塔に住んで、お財布に上限のないコピーからお金をもらうことも可能ではあったが、今はその収入源は絶たれている。ペンのメンテナンスや修理など、維持費はあまり安くはない。ペンのメンテナンスを怠るとどんなひどいことが起きるかは身に染みて経験していたので、いくら自分たちが現在世間的に評判が悪かろうと、メンテナンスのお願いをやめたり、その費用をケチる気にはなれなかった。
「バイトするかぁ」
セトカは言った。
「と言っても、ハローワークは僕らに職を紹介してくれるかな……」
「うーん」
サミダレが机を急にバンとたたいたので二人はびくっとした。
「起業だ」
サミダレは言った。
「起業?」
サミダレは二人の前に模造紙を広げてプレゼンを始めた。彼の普段の無表情と、弓を引くために鍛え抜かれたごりごりの筋肉からは想像できないような丸文字とかわいいイラストによって起業のメリットがびっしり綴られていた。
「起業のメリットは主に三つ!一つ、上司がいないこと。自分らの評判を気にして仕事をくれないということはなくなる。二つ、何をやるにも自分の実力次第。実力を磨けば、雇われて働くより高収入が見込める。三つ、とにかく自由。なにをやるか、いつ働くか、だれとやるか、みんな決められる」
「これ、いつ作ったの」
「昨日の夜、夜なべして作った」
どこか満足げな表情で模造紙を見せるサミダレを前にして、イオとセトカは顔を見合わせた。
「……起業しようか」
「族長、昼食でございます」
族長室に夕食の乗った盆を持って一人の忍者が入ってくる。シグレは室内でもできる弓の練習器具であるゴム弓を引く手を止めた。
「ありがとう。そこに置いておいて」
今年の春に族長は正式に引き継ぎが行われ、側近たちも一新されたが、シグレの一番の側近は前族長の側近も務めていた男だ。盆を置いてそのまま出ていくと思いきや、側近の男は部屋をすみやかに出ていくことはしなかった。
「族長、少し気になることがあるのですが」
「どうした?」
「サミダレとその仲間の若者たちは今いったい全体何をしているのですか?」
「さあ……。僕にも兄さんが何を考えているかはいまいちよくわからないんだ」
シグレはサミダレからもらった紙を一枚側近に見せた。
「チラシみたいですね。『あなたのギモン解決します。早い!安い!うまい!電話一本どこにでも駆け付けます。ギモン解消屋』ってなんですかこれ。サミダレはイオさんを王にするために都会に出ていったんじゃなかったんですか」
「まあ、とにかく。兄さんには兄さんなりの考えがあるんだよ。自由にやらせてあげよう」
シグレは上着を羽織って盆の前まで歩いてくる。
「そうですね。失礼しました」
側近は部屋から出ていった。