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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第二章
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26 濡れ衣

「イオ!どうしたの?急に走り出したりして」

イオが膝に手をついてぜえぜえやっていると、セトカが駆け寄ってきた。

「試験をやっている間、試験会場に妙なヒトがいたような気がしてて、そのヒトを見かけたから。それより、バッジを持って先に駅に向かっていてって言っただろ」

「バッジのことなら、ちゃんとここにある。試験中に試験会場に入るのは重大なカンニングだ。ケビイシに連絡しないと」

追いついてきたサミダレが服の内側に着けたバッジを見せながら言った。

「事態はもっと深刻なんだ。カンニングしたヒトの手の甲にはR1のマークがあった。それに、少なくとも二丁のピストルも持っていた」

「銃声なら自分らもさっき聞いた」

「テロリストかな?それは何人だったの?」

「それは、……一人だったよ。もしかしたらもっといるのかもしれないけど。小柄な女で、マスクを着けていた」

イオは言った。なぜか反射的にローレンについての言及を避けていた。

「とにかく、ケビイシに連絡しよう」

サミダレは近くの電話ボックスへ向かっていった。


ケビイシに状況を説明し、三人が学園に帰ってきたころには次の日の朝になっていた。

イオは黒の塔に戻った。食堂を通ろうとしたとき、朝食を食べているコピーに呼び止められた。

「おい、ちょっと待て。お前、今朝のニュースを聞いたか?」

「ニュース?」

「ラジオだよ。私は私が見ていないところでお前が何をしようと知ったこっちゃないが、さすがにこれはまずい」

「ラジオではこんな報道が。『……次のニュースです。1月20日に西ブロックで起きた列車ジャック事件で、謎の死を遂げた三人のテロリストを殺害した人物を知る人物からの新たな情報がありました。事件当時、列車に乗っていた学生の青年がペンによって三人を殺害して死体を遺棄し、すれ違う列車に飛び移り、ゆうゆうと現場から逃走したとのことです。駅の監視カメラの映像にも、その青年がペンを持って列車の運転席に飛び乗る瞬間が記録されております。ケビイシは今後、西ブロックのみならず、楽園全土にわたって捜査網を拡大し、青年を創作すると発表しています。青年は殺人罪、および死体遺棄罪、威力業務妨害罪に問われる見込みです。新たな情報をお待ちしています。……次のニュー』」

Bb9は録音した音声をしゃべった。

「そ、そんな!僕じゃない!」

「よほどのことがない限りみんなそう言う。まあ、人生これからだ。やってしまったことはしょうがない。こそこそしているより、罪を認めて前を向いたほうが生産的な人生になるんじゃないか?」

コピーは優しく言う。

「その言い方、完全に僕がやったと思ってますよね!」

「冗談だ。特別、決定的な証拠もないのに、半年以上前の事件が急に掘り返されるのは怪しい」

コピーは冷静に言ったので、イオは胸をなでおろす。

「ケビイシに言ったほうがいいでしょうか」

「やましい心がないのならさっさとそうしろ。ただ、言ったところで、牢屋に入れられることはなくなるかもしれんが、この報道を聞いたテロリストの同胞たちは黙っていないだろうな」

「これはやばいことになった……」

なぜ急に一月の事件が掘り起こされたのか。最近の出来事との関連の鍵になるのはやはり、ローレンの存在だ。ローレンはあの日、列車の上でR1である三人のテロリストを殺害し、どこかに消えた。そして今度はR1といっしょにイオと再会した。銃を突きつけながら。彼女はいったい何者なんだ?


イオは中央ケビイシの本部に出かけ、テート・ケビイシの男と対面した。

「本当です。僕はやっていない。やったのはローレンというヒトです」

テート・ケビイシの男は鋭く、隙のない目でイオを見つめている。

「ほう。ではそのローレンというヒトの人物像を聞かせてくれ」

「ガクシャで、確かランクは7、髪は長くて茶色、目はピンク色です。間違いありません。年齢はたぶん20代。あの事件の日、いっしょに列車に乗っていました。監視カメラがあるなら、映っていたはずです」

テート・ケビイシの男は後ろに立っていた部下らしき男に目配せをする。部下らしき男は部屋を出ていった。テート・ケビイシの男は短く刈り上げた薄紫色の髪をかいた。胸のプレートで、名前はロザキということがわかった。

部下らしき男が戻ってきて、ロザキに書類を何枚か渡す。ロザキはそれをぱらぱらとめくった。

「残念だが、3143年現在、そのような容姿のガクシャは存在しない」

「じゃあ髪を染めてるとか、本当は名前が違うとか、なにか条件が少しでも一致する人がいるはずです!」

「いない。ランク7のガクシャは現在登録してあるのは11名でそのうち4名が女性。その中に一人もピンク色の目のヒトはいない。そして、10から30歳のすべてのランクの女性の中にも、一人もピンク色の目のヒトはいないんだ」

「一人もですか?ピンクに見えただけで実際は赤とか、薄いオレンジだったかも……。そういう色の人はいないんですか?」

「お前はさっき間違いない、といったような気がするが。とにかく、そういう系統の色の女性もいない」

「じゃあ目の色を変えてるんですよ。カラコンとかで」

ロザキは怪訝な顔をする。

「なんだその、カラコンってのは」

「え、カラーコンタクトですけど。目に入れて使うものです」

「はあ?」

しまった。カラコンは楽園に存在しない、いわゆる過去の遺物というやつだったか。

「い、いやまあ、もし目の色を変えられるなら、変えてるんじゃないかと思いまして」

「残念だが、我々は目の色だけは変えることはできない。当然のことだろう。もう少しマシな可能性を言及しろ」

「じゃあ、ええと、女性だと思ったけど本当は男性だった!」

「もういい。10歳から30歳までのガクシャの男性のデータもすべて調べたが、ピンク色の目のものはいない。捜査をかき乱したいだけならこれ以上は逆効果だぞ。今日のところは証拠不十分でお前を逮捕することはないから安心して帰れ」

「監視カメラ映像を見てください!絶対映ってるって!」

ロザキは書類をまとめて角をそろえると、立ち上がって部屋を出ていく。こうなるとイオも帰る他なかった。


「イオ、学園長がお呼びだ。この授業が終わったら学園長室に行きなさい」

翌日、教室に登校したイオにランタンが耳打ちした。

イオが席に着くと、その周りを避けるように他の生徒たちは席に着いた。みんなラジオのニュースを聞いたに違いない。

イオは居心地が悪かった。ステップと切り込みの練習の時も、ペアになってくれる生徒がいなくて、イオはランタンとやることになった。

「失礼します」

イオが学園長室をノックすると、すぐに「入りなさい」と声がかかった。

学園長室は畳がしいてあり、奥の一段高くなっているところに机があり、そこに学園長が座っていた。白く長い髭を伸ばしている。対面は入学式で見てから二度目になる。イオは学園長の前に用意されている座布団の前まで進んだ。

「座りなさい」

イオは正座する。学園長は言葉を慎重に選ぶように宙を見上げながら顎を触った。

「イオ。一月にお前さんが西ブロックに行ってあの事件に関わったというのは本当なんだな?」

「それは、はい。本当です」

「正直に言ってくれ。お前さんは本当に罪を犯したのかね?」

「いいえ。僕はやっていません」

「ふうむ」

学園長はまた顎を触った。

「私はお前さんの先生だから、お前さんの真剣に言うことはそのまま受け止めねばならんな。私には今、それが真実かどうか知るすべはない」

学園長が信じてくれたところで事態が好転するとは思えなかった。

「僕は学園を去らなくてはなりませんか?」

「職員会議を報道があった翌日から毎日開いている。私はお前さんの先生でもあるが、その他大勢の生徒たちの先生でもある。私はこの学園を守っていかなくてはならない。そのためには、生徒が安心して学べる環境が必要なのだ」

「それは、わかっています」

その時、イオの背後で扉が勢いよく開いて、一人の男子生徒が飛び込んできた。

「ちょっと待ってください!イオをやめさせないで!」

振り返ると、黒い髪に緑色の目、ゼムだった。

「イオは殺人なんかするヒトじゃないよ!今までなんの動きもなかったのに、急に前の事件を掘り返されるなんて、おかしいって!誰かが仕組んでいるんだよ!」

ゼムは学園長の前まで進み出て訴えた。

「わかっておる」

学園長はゼムを手で制した。

「わかっておる。イオの言うことが真実ならば、イオは大きな何かに利用されている可能性が高い。しかし、それが、学園の脅威なのだ」

「生徒を守るのが学園の役目じゃなかったのかよ!イオがいると学園が危ないって理由で追い出すのかよ!」

学園町はまた顎を触る。眉間にできたしわが苦悩を物語っていた。

「イオ、すまない」

学園長は頭を下げて言った。

「ゼム、ありがとう。僕なら平気だよ」

イオは立ち上がってゼムに礼を言った。

「イオがやめるなら、自分らもやめさせてもらう」

振り返ると、サミダレとセトカが立っていた。

「どうせ、ここにこれ以上いても、王に近づける気がしないしね」

「二人とも……」

イオは少し鼻の奥にツンとしたものを感じた。

「来てくれてうれしかった。またね」

イオはゼムと握手した。学園長は頭を上げなかった。

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