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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第二章
78/172

25 ある酒場にて

地下のネオン輝く薄暗い路地の突き当り。ビルとビルの間に身をねじ込むようにして存在している一軒のバー。暗い店内にはレコードでかすれた音の時代遅れのポップスが流れている。窓の外の明かりが揺れるたびにそれがグラスでやわらかく乱反射した。

「いい夕ですね」

ルートはグラスから目線を上げて横に腰かけた女を見た。長い髪で顔が隠れ、どこか妖艶な感じが漂っている。

「星月夜だ」

ルートが合図すると、暗闇の中からマスターが現れ、女の前に琥珀色の飲み物の入ったカクテルグラスを置く。女は一口それを口に含み、味わうように口の中を転がした。

「おいしい麦茶です」

「鳩麦茶だ。さて、作戦の結果を報告しろ、ローレン」

「はい」

ローレンはポケットからリボンを出すと手早くみつあみを編みなおし、またポケットに手を入れると、小箱を机の上に出した。

「俺が頼んだのはこういうことではなかったはずだが」

「わかってますよ。私としてもこういうことをするのはちょっと抵抗がありました。でも、なんかタイミングが良かったので放っておくわけにもいかず、拾ってきました。訳に立たないということはないと思うんですけど」

ルートは金属製の義手で小箱を引き寄せ、蓋を開けた。中は空だった。

「あれぇ?」

ローレンはばつが悪そうに斜め上を見上げた。ルートは無言で小箱を握りつぶした。

「まあ、どうせこれは今あるはずのないものだから、どうということはない。それより、俺に報告すべきことがあるだろう」

「耳が早いですね」

「お前と組んでいたリタからのタレコミだ。リタは俺に報告するより先に他の連中に情報を流した可能性がある」

「なんとかしてくれませんか?さすがに私もR1の過激派連中の全員を相手にしていたら近々過労で死んじゃいます。こんなタイミングで私を失ったら困るでしょう?」

「そうだな。今更、その男……」

「イオです」

「イオを始末したとて、お前への仲間殺しの疑念を晴らすことはできない。こうなれば、そのイオという男をとことん利用するしかないだろうな」

「どうするんですか?」

「イオがなぞなぞ様の件で三人を殺した犯人だということにするんだ。さらにおまけとして、イオはR1の解体とローレンに個人的な恨みがあるという設定も付け足す。過激派の連中はこれで一致団結するようになるし、ローレン、お前の組織の中の株も上がる」

ルートはつけていたガスマスクを顎までおろしてグラスの中身を一口飲む。ルートの顔は皮膚がただれ、血管が表面に浮き出て脈打ち、唇はなく、歯が見えていた。片目は完全につぶれており、もう一方の目もあまりよく見えそうではなかった。

「過激派にイオさんの命を狙わせるんですか?」

「何か問題あるか?」

マスターがルートの前におつまみのだし巻き卵を出す。

「……いや、ないですね。その作戦でいきましょう」

「できるだけ早くこの情報を流しておく。そして、そのイオが叫ぶ様子を生で見てしまっているリタだけは処理しなければならないだろうが、お前はしばらく活動しないで地下に潜っていろ。別のものにやらせる」

ルートは懐から小判の束を取り出してローレンの前に置いた。

「わかりました」

ローレンは小判を受け取る。ルートはだし巻き卵を一つ取ると、残りを皿ごとローレンの前に押し付ける。

「地下でも油断するなよ。お前ほどのスパイ兼殺し屋をまた一から探すのは骨が折れるからな」

「わかってますよ。私は死にませんから、計画の遂行を頼みますよ。あなたほどの司令塔はいませんから」

ローレンはだし巻き卵を口に詰め込む。

「そうだな。少し早いが、計画に着手するとしよう。R1のまとまりが一番強いときに、さっさと世界を変えてしまうに限る」

ルートは立ち上がる。金属の義足が小さく甲高い音を立てた。

ルートはだし巻き卵を口に押し込み、ガスマスクをつけなおし、黒く、長いコートのフードを目深にかぶりなおした。マスターは闇の中でお辞儀をした。

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