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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第二章
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24 国語の塔

イオ、セトカ、サミダレは国語の塔を前にしていた。イオとセトカの二人が数学が得意なので数学の塔から行こうという計画だったが、元数学大臣のスウがその職を退いた後、新しいヒトが大臣となった。まだ日が浅く、いろいろ忙しいため、挑戦は受け付けていなかった。

「どうせ全部の塔を攻略しなきゃいけないんだから順番は関係ないよ」

三人は塔に入る。受付には年配の女性がいて、予約を確認すると、階段のほうを指さした。

「最上階まで上ってください。それと、防寒対策は大丈夫ですか?ご心配ならこちらの甲冑をお貸しいたしますが」

女性は三人の前にカタログのようなファイルをどんと置いた。かなり分厚い。

「キリサメは敵に塩を送るタイプなんだ」

サミダレは言った。キリサメはサミダレのいくつか年上で、アメの一族出身だ。

三人はすでにサミダレや、国語の塔をすでに攻略した先輩からの情報で国語大臣のキリサメの試験スタイルや性格、作問の癖などを把握してきていた。キリサメの用意する試験会場は真冬の西ブロックをイメージして雪深くなっているようで、三人は秋なのにかなりの厚着をしてきていた。

イオは一応ファイルを開いてみる。ごてごてと装飾のつきまくった見るからに重そうな鎧や、色が真っ赤なものや、中には蛍光色っぽいどぎついものもある。元忍者の一族なのにずいぶん派手なものが好きなようだ。

「借りるヒトはいったいどれくらいいるんですか?」

セトカは眉を顰めるのを抑えられない表情で女性に尋ねる。

「今のところ、三年間は誰一人おりません」

「ですよね」

「挑戦が終わった後、甲冑のコレクションルームを見学することもできますよ」

イオはファイルを閉じる。大臣はみな、個性が強い。

「いってらっしゃいませ」

三人は階段を上って行った。


最上階には重厚な扉があって、イオが扉に手をかけると、キリサメの声がした。

『ようこそ、国語の塔へ!試験のルールを説明するぜ。扉を開けたら試験開始だ。試験時間は一時間。ジャンルは国語のすべて。大きなモンダイがいるからそれを解けばお前らの勝ち。大きなモンダイ以外にも、そのモンダイを見えやすくする小問がいくつか用意されているから解きながら大きなモンダイに挑んでほしい。すでに申し込みのときに同意書にサインしてると思うが、これは学園のテストじゃないから試験時間内はいかなる怪我やトラブルがあっても試験を中断はしないからよく注意してくれ。さあ、戮力協心(りくりょくきょうしん)勇往邁進(ゆうおうまいしん)で俺を倒してみろ!』

イオが扉を開けると、部屋から冷たい風が一気に吹き出してきた。

部屋の中は吹雪が吹き荒れていた。三人が部屋に入ると扉は閉まる。視界のほとんどが白い。足元は雪と氷で滑りやすい。

「セトカ!サミダレ!そこにいるか?!」

イオは叫んだが、返答は聞こえない。イオは振り返ったが、それがいけなかった。足が滑って転び、自分がどっちを向いているのかわからなくなってしまったのだ。

「くそ、蛍光色の甲冑を着ればよかった」

イオはつぶやいた。とにかく、一人になっても突っ立っているわけにはいかない。大きなモンダイをまずこの吹雪の中で見つけなければ。イオはペンを剣に変えて、氷の上で滑らないように杖のようにして歩き始めた。


「サミダレ!そこにいる?!」

セトカの声がしてサミダレは目を凝らす。雪には人一倍慣れている自信はある。

「ああ!ここだ!でもイオがいない!」

「とにかく、モンダイを探そう!」

二人は歩こうとするが、雪と氷、吹き付けてくる強風でうまく進めない。

考えろ。これは試験だ。試験会場でモンダイに出会えない理由はただ一つ。いるのに見えていないだけだ。

サミダレは吹き付けてくる風に意識を集中させる。この風が問だ。この問は何を聞いている?

「わかった!」

サミダレはペンを日本刀に変形させると、ステップを踏んだ。正しくステップを踏んでいる間、吹雪や足元の氷で滑ることも転ぶこともないようだった。空中に切りかかる。雪をかぶった赤い灯篭に青白い炎が灯った。小問に正解したのだ。サミダレとセトカが立っている場所の吹雪がいくらか勢いが和らいだかのように感じる。

「きっと小問をクリアしていけば、吹雪も止んでいくんだ。灯篭を探そう。その灯篭が小問だ!」

セトカはうなずいた。


「痛っ!」

イオは何か硬いものにぶつかって額を抑える。赤い灯篭だ。唐突に理解する。これが小問だ。

イオは風に耳を澄ませ、問を聞く。そして、剣に変形したペンで灯篭にある結び目を切る。灯篭に青白い炎が灯り、イオの周りの吹雪が少し和らぐ。

その時、灯篭の後ろから何者かが走り出て、真っ白な吹雪の中に消えていったのが見えた。セトカでもサミダレでもない。そして、体格からキリサメでもなさそうだった。

「誰?」

イオは目を凝らすが、もういなかった。


セトカとサミダレは次々に小問を解いて灯篭に炎を灯した。

吹雪はすっかり止み、辺りが見渡せるようになった。試験会場は円形の部屋だった。会場の真ん中には小高い小山のようになっていて、セトカとサミダレがいるのは、小山ではないところだ。小山ではないところには炎を灯した灯篭が乱立しており、小山を照らしていた。小山の頂上は竜巻のように吹雪が渦巻いていて、そこに一番大きなモンダイがいるらしかった。小山に登るために用意されている階段の両側には整然と、まだ炎を灯していない灯篭が並んでいる。まさに山の上にある神社へ続く石段のようだ。

「イオ!」

セトカはイオの姿を見つけ、声を上げた。三人は駆け寄る。

「残り15分だ。この試験では会場全体が一つのモンダイなんだ」

「ご名答!」

小山の頂上の竜巻が霧散して、真っ赤な甲冑に身を包み、大きな兜をかぶったキリサメが、青白く発光する頭が三つある馬のようなモンダイにまたがって現れた。

「さあ、剛毅果断(ごうきかだん)にかかってこい!」

イオはペンを大剣に変え、階段を駆け上げる。二人もその後ろを追いかける。ものすごい勢いで両側の灯篭に炎を灯しながら駆け上げる。

モンダイは大きく頭を振りながら階段を上ってくる三人に襲い掛かる。イオは素早くかわし、小山の頂上にたどり着くと、モンダイの胴体の下に入り込み、足を攻撃する。その間にセトカとサミダレは冷静にモンダイの攻撃をかわし、結び目を探す。

「あそこだ!」

サミダレはペンを弓に変え、ねらいを定める。――中った。

モンダイは消え、キリサメは地面に降り立った。

「残り7分。おめでとう、合格だ」


「おめでとうございます。バッジはここに。有効期間は四年、つまり、次の王のチャレンジが終わるまでとなります」

受付に戻ってきた三人の前に受付の女性は小さな小箱を差し出した。小箱の中には国語の国の字をかたどった銀色のピンバッジが入っていた。

「これで一歩王に近づいたね」

セトカは言った。

「日が暮れる前に学園に戻ろう」

サミダレが言って、三人は厚着した服を脱ぎながら塔から出た。駅へと向かおうとしたとき、イオの目の端に妙な人物が映った。

国語の塔の裏から見るからにこそこそと出てくる人影。もしかして、試験中に見かけた怪しい人物か?

「二人とも、先に駅に向かってて。すぐ追いつくから」

イオは前を歩く二人に言うと、踵を返す。

「あっ、イオ!どこいくの?」

驚いた様子の二人を後目にイオは塔へと走った。

イオが追ってくることに気付いたのか、その人物も走り出した。ジテルペンの街に走りこむ。

「待て!」

その人物はかなり小柄なようだが、すばしっこく、街の街頭や柱に飛びつくと、柱から柱へ飛び移るようにして空中を逃げ始めた。道行く街のヒトはみな驚いて上を見上げる。

その人物は暗くて狭い路地に飛び込んだので、イオもその路地に入ったが、路地はしんとしている。

「はぁ、はぁ。どこだ?」

イオがペンにガクを込め、懐中電灯のように光らせた瞬間、銃声がした。ペンではない、本物のピストルが発砲されたのだ。イオは明かりを消して地面に転がり、音がしたほうへ意識を向ける。暗がりで小さな影が動いた。イオはゴミ箱の丸い蓋を盾にしてじりじりと近づく。ポケットをさぐり、手にふれた小箱を自分から離れたところに放る。音がする。その音に反応してその人物はまた発砲した。今度は発砲した場所がイオにはっきり分かった。イオはその人物にとびかかって組み伏せた。ピストルを奪い取って遠くに放り投げる。

「試験会場にいたな?どういうつもりだ!」

その人物は力はあまり強くないようで、簡単に押さえつけられた。顔を覆うようなマスクをしている。

「それに、本物の銃を持っているだなんて。何者なんだ?」

その人物は暴れるだけでなにもしゃべろうとしない。

「試験を覗き見るなんてカンニングだ!ケビイシにあんたを突き出すよ」

その時、イオの耳をピストルの弾がかすめた。

「その子を離してください。次は後頭部に打ち込みますよ」

イオの注意がそれた瞬間、小柄な人物はイオの下からするりと抜け出した。イオの前に立ち、太もものあたりに仕込んでいたホルスターからピストルを抜いてイオに向ける。一瞬、その手の甲に丸に斜線が一本入った、R1のマークが見えた。イオは前後両方からピストルを向けられて、両手を上げてゆっくり立ち上がる他なかった。

「リタ。私がこのヒトに銃を向けていますから今のうちに逃げてください」

イオの後ろに立つ人物が前に立つ人物に向かって言う。女性の声らしかった。リタと呼ばれた人物が答える。

「それをするのは私じゃなくて、あんたのほうがいいんじゃないか?今あんたの足元にある小箱、こいつがおとりとして投げたものだが、それさえあればこんなに面倒な計画を実行しなくても済んだんだ。それを拾ってあんたが逃げろ」

「……それは、最初からするつもりはありませんでした。なんのためにカンニングをしたかあなたはまだ理解していない」

「はあ?まだそんなこと言ってんのか?さっさと拾って逃げろ」

イオを挟んでもめ始めるR1たち。イオは足を少しずつ動かし、足元の小箱を引き寄せようとした。

「おい!妙なマネをするな!殺すぞ!」

リタがイオの足元に発砲する。小箱はイオの背後まで転がった。

「殺しちゃダメです。大臣と戦ったばかりのチャレンジャーが死んだとなれば、ニュースになり、私たちの計画が露見します」

「露見を恐れてるのはあんただろ。あんたと組む前に、あんたはこのミッションを上手くできなければ、今の役を下ろされる心配があるって噂で聞いたぜ」

「リタ。しゃべりすぎです」

「いいからその小箱を拾って逃げろ。そうじゃないと私がこの男とあんたを殺して小箱を持ち帰るぜ。私の株も報酬も上がるってもんだ」

リタは上のほうに向かってピストルを乱射する。イオは思わず伏せる。振り返ると、背後にいた人物が小箱をもって路地から大通りのほうへ駆け出していく。リタはイオに銃口を向けたまま路地のさらに奥のほうへ逃げていった。

「あばよ!」

リタはすぐに見えなくなった。イオは大通りのほうへ走っていった人物を追う。夕暮れ、大通りの街頭の光に照らされ、一瞬その人物の姿が見える。赤い大きなリボン。

「待って!僕はあなたをどこかで!」

一瞬、その人物は振り返る。ピンク色の瞳。

「ローレン?!」

大通りに出ると、ローレンは建物の屋根の上に上って、その上を走っていた。なぜ彼女がカンニングを?いや、そもそも彼女はR1だったのか?

「R1に入ったのか?!前はR1を殺していたのに!」

信じられなかった。以前、居酒屋で数学の問題についてで喧嘩している男たちの争いを解決し、また、アメの一族の山では、祠から繰り出されるたくさんのモンダイを解いていた、実力も十分にある彼女がカンニングなどに手を染めたことが信じられない。

「カンニングするなよ!汚いぞ!」

イオは叫んだ。通行人たちは驚いて二人を見ている。

「カンニングは時として、正義と公平のためになるんです」

「言い訳するな!」

ローレンは人込みの中に飛び降りる。

「待て!」

イオは必死で人込みをかき分け、ローレンを追う。人込みを抜けても、彼女は果たして見つからなかった。


ローレンは人込みの中に飛び降りると、リボンを取ってみつあみをほどく。上着を脱ぎ棄て、何事もなかったかのように雑踏に溶け込む。

走るイオとすれ違う。

「イオさん、ごめんなさい」

小さくつぶやく。ローレンは路地に入り、暗闇の中に消えた。


「はい。確かです。今日挑戦に来たチャレンジャーが言っていました」

リタは地下に潜り、電話ボックスに入っていた。

「間違いありません。前回のなぞなぞ様の一件、チェービー、クローサ、ノケーンを殺したのは、ローレンです」

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