17 落雷
船は揺れ、総舵輪を握って波を受け流すので精一杯だった。少しでも気を抜けば船は上下さかさまに転覆してしまうのではないかと思うほどだ。
反応はあるのだが、音は遠くなっていき、ついに聞こえなくなってしまった。
「このあたりのはずなのに……!」
ニビは観測装置に示される数値を読む。
「外の様子を見てくる」
ギンナルは操縦室から出て嵐の中甲板に立つ。手すりにしがみついていなければ立っていられない。
「あれは……?」
波の向こうに大きな影がちらりと見えた。
「ニビ!2時の方向だ!なにか見える!」
やっとだ。やっと会える。ニビは夢中で舵を切った。
「こ、これは……」
「クジラだ。でも、……死んでる」
二人はゴミが堆積して島のようになったところに打ち上げられている大きな生き物を前にしていた。それは紛れもなくクジラの死体だった。地球で一番大きな哺乳類だ。海を泳いでいた時のように胸のひれを一本空に向けている。クジラは死んでから時間がかなり経っているようで、その体からは今までに嗅いだことのないような、強烈な生き物が腐ったにおいが漂っていた。クジラの大きな口は半開きになって、その中にもゴミが詰まっていた。
美しい光景、とは到底言えそうになかった。
「……」
ニビは唇を嚙み、うつむいた。肩が震えていた。俺が探してきたクジラは、実在した。……実在は、した。
「マジかよ。本当にいたんだな……」
エンジは自分が新しくもらった船、しんかい6号の上から単眼鏡をのぞいていた。ニビが子供のころに言ったことは嘘ではなかった。
「姿を見せなくていいから、生きていてほしかったな」
これじゃあ、あんまりだ。今までクジラが美しいものだと信じて探してきたニビが、長い捜索の末に見た最初のクジラがこれかよ。
「船に戻ろう」
ギンナルが言った。
「……そうだね」
ニビはクジラに背を向けた。
そのとき、空が光った。雷鳴がとどろく。雷がクジラのひれに落ちた。
あっ、と思ったときには吹き飛ばされて宙に浮いていた。クジラが爆発したのだ。生物は死ぬと内臓からガスが発生する。クジラの死体の中には大量のガスが抜けないまま溜まり、落雷によって引火したのだ。ひれがあんなに空を指すということは、クジラの腹が膨張しているという証拠だったのだ。大爆発によって一瞬で火柱ができ、内臓が四散する。
「ニビーーッ!!あと、楽園から来たヒトーーッ!!」
エンジが叫ぶ。
荒れ狂う海のに落ち、ニビの意識はそこで途切れた。