表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第二章
68/172

15 夕立

その日は朝から風が強く、雨のにおいがしていた。夏が終わりかけているのかもしれない。イオとルリは午前の作業を終えて『ジェリーフィッシュ』で昼食をとっていた。

「嵐になりそう。午後の作業は中止したほうがいいわね」

ルリが言い終わるか終わらないかの時に、窓ガラスに大粒の水滴が当たり、見る見るうちに大雨となった。水面は荒れて泡が立つほどだった。

「あ、そういえば、あの船着き場って増水しても大丈夫なのか?機材をそのままにしてきちゃったから」

イオが言うと、ルリの顔はさっと青くなった。

「まずいわ。波形の観測装置は持ってきたけどそれ以外はそのまま。あの船着き場は水門をいじることで水位を調節できる仕組みがあるの。すぐに行きましょう」

「これを着てけ」

店主が透明な雨合羽を二人に差し出した。

「ありがとうございます!」

ルリは急いで駆け出した。イオもボコボコにへこんだアタッシュケースに入った観測装置を引っ掴んでルリの後を追った。

「イオはここでヒトが来ないか見てて。ここはあの船着き場にたまった水を排出する場所だから知らずにヒトが通ったりしたら危ないの」

ルリは海に面した場所に来るとイオにそう言い残し、自分は水門をいじることができる場所へと走っていった。

イオは海を覗き込んだ。いつもは穏やかなのに今は全く別のものに見えるほど様子が変わり果てている。波は高く、打ち寄せてはイオの立つ場所にぶつかって砕けた。海水がたまる場所には荒波によってどこから流れ着いたのか、ペットボトルのごみがたくさん集まっていた。

千年経っても勝手に地球がきれいになることはなかったのだとイオは実感した。

「あ、そこの船ー!ここは危ないです!別の場所に停まってください!」

目線を上げると、海岸に停泊させようとしている船が見えたのでイオは大きく手を振りながら叫んだ。次の瞬間、イオの立っている場所の下にある排水口から白いしぶきとともに大量の水が海に排出される。船はイオの立つ場所から少し離れたところに停まった。

そのときだった。イオの持つアタッシュケース、すなわち観測装置がアラーム音を鳴らし始めた。イオは雨の中、地面に這いつくばるようにしてアタッシュケースを開いた。波形が流れている。音量を上げる。今まで観測したものの中で一番はっきりとしている。クジラが歌っているのだ。心臓の鼓動が早くなる。

「おい、それはなんだ?」

頭上から声が降ってきてイオは顔を上げる。そこにはギンナルがいた。遅れてニビもこちらへやってくる。さっき着いた船は二人の乗っていたものだったのだ。

「なんでお前がそんなものを持ってるんだ?」

イオはルリにニビにはクジラの調査のことを知らせるなと言われていたことを思い出し、言葉につまる。追いついたニビは音声を聞くなり言った。

「クジラの歌だ。イオ、歌が聞こえている場所はわかるのか?」

「もしかして行くつもりなのか?こんな嵐の中海に出たら危険だ」

「わかるかわからないか聞いているんだ」

「行かせない。きっとルリもそう言うはずだ。今は危ないことは誰にだって明らかだ!」

「わかるんだな?頼む。教えてくれ。俺はクジラを見るために今日まで生きてきた」

「だめだ。ギンナル、こんな嵐の中船を出すのは無謀だろ。音声を聞けたんだからこれから先にもチャンスはある。言ってやってくれよ」

イオは譲らないニビを前にして、何も言わないギンナルに説得を求めた。

「俺は、……俺はクジラを見に行きたい」

「ギンナル!」

雷が落ちて雷鳴がとどろく。機械の一つに落雷したのか、音声が少し悪くなる。

「さっきの落雷のところに機械が設置してあるんだね。そして、クジラはその近くで歌っている」

ニビが言って、船へと駆け出した。

「待って!」

イオが叫ぶが、届かない。イオはギンナルを見る。

「……本当に行くのか?」

「ああ。行かなきゃいけないんだ。――知りたいんだ」

「……」

イオはアタッシュケースをギンナルに手渡した。

「この数値を見れば反応が強い場所がわかる。自分の位置はここを見る。……気を付けてね」

「ああ、ありがとう」

ギンナルは船へと走っていった。


ニビの心臓は跳ね、興奮で雨の中だというのに頬は火照っていた。荒波に揉まれて船は激しく揺れた。

『おーい!そこの無謀な船!地獄までついて行ってやるぜ!』

メガホンで拡声された声が聞こえた。

「エンジだ。ああ、連れて行ってやろうじゃん。クジラの住む、地獄の荒波へ!」

ニビは船を加速する。観測装置が受信する音声は割れていたが、船が進むたびに表示される波形はどんどん大きくなっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ