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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第二章
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7 春の模試

「今度のテストの最終日、パーティー戦の模試を受けてみようよ」

中央第九学園、中庭、昼休み。セトカはイオとサミダレに言った。

「パーティー戦の模試?そんなのがあるんだ」

「自分の進級のためのテストが終わった後に、王と実際に戦う時のことを想定した模試が行われるんだよ。ま、私は関係ないからよく知らない。見る分にはパーティー戦って協力プレイ感が強くて面白いけど」

ツガルが食堂から持ってきた昼食プレートを食べながら説明した。

「パーティー戦では、パーティーのメンバー全員で一つのモンダイを相手にするの。そして、全員が解き方を理解する必要がある。そうじゃないとモンダイは倒せない。パーティーにその教科に強いメンバーがいれば、そのメンバーが他のメンバーに解き方を説明する」

「それって、メンバー全員がある程度はどの教科もできないとダメってことか?」

サミダレが聞いた。セトカは答える。

「そういうことになるね。一人でもわからないと先に進めないから、時間制限とかがあると厳しいのかも」

サミダレは真剣にうなずいた。サミダレは南ブロックの山奥で暮らしてきただけあって国語はかなり強いが、数学に弱点が目立つ。メンバー同士で模試までに強化しあうのが必要ということだ。

「とにかく、明後日までに申し込まなきゃいけないから、イオがこの書類提出しておいて」

「わかった」

イオはセトカから書類を受け取った。

昨年の五月のテストからもう一年が経とうとしていた。テストの日は着々と迫っていた。


「飯の時くらいは単語帳をしまったらどうだ」

コピーはあきれたように向かいに座るイオに言った。

数か月前、コピーとBb9が、Bb9が解雇されるという前代未聞のケンカをしたが、すでにイオの知らないところで解決していたらしい。イオが触れていいのか迷っているうちにまた二人はいつも通りに戻っていた。今日もBb9の作る夕食はおいしい。おいしいのだが、イオには今、食事よりももっと優先してやらねばならないことが山積みだった。

「いいえ、悠長なことをしていると試験に間に合いません。今日中にこの単語帳を完璧にしないと」

コピーは肩をすくめる。

「そんな命を削るような勉強をしていたら早死にするぞ」

「コピー様は去年度の仕事が終わっていない割にはのんびりしていますね」

Bb9が言った。

「うるさいなあ、ちゃんといつもよりやってるだろ。大丈夫、今年度末には帳尻をあわせるから。スケジュール管理は頼むぞ」

「もちろんでございます」

イオは風呂の中に教科書を持ち込み、瞼を洗濯ばさみではさんで寝ないようにし、常に暗記事項を口からぶつぶつと垂れ流し、コーヒーをがぶ飲みし、腱鞘炎になった手首をテーピングで固定して、勉強した。部屋やトイレにまで覚えることが書かれた紙が貼られた。

「狂ってる」

コピーはトイレに入った瞬間つぶやいた。


試験当日の朝がやってきた。

「勝ち上がり戦で、何問解けたかで順位がきまるから、頑張っていこう」

会場は教室のような黒板が前にあり、机と椅子が並ぶフィールドだった。

「イオ、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」

サミダレは開始直前の控室で小声でイオに聞いた。

「平気だよ。範囲すべて完璧にしてきたから任せておいて」

イオは親指を立てて見せたが、その指には痛々しいテーピングが巻かれ、目の下には隈が黒々としていた。

一問目は国語だった。

「答えはたぶん『いにしえよりしなからしめば、いかんせん』だ!」

サミダレがすぐに素早いステップでモンダイの後ろに回り込むと言った。

「オーケー!結び目は見えたよ!」

セトカがモンダイに切り込もうとしたときイオが言った。

「待って!答えは『いにしえよりしてしなからしめば、いかん』だ」

イオはペンを剣に変えると一気にモンダイを一刀両断した。

「ほんとだ!イオが正しい、ごめん」

「ドンマイ!次いこ!」

一問目はクリアし、次のモンダイに挑戦するまでの休憩時間を利用してイオたちは昼食を食べることにした。

「あ、イオじゃん、久しぶり!」

単語帳を見ながら屋台で買った焼きそばを食べていたイオに声をかけるものがいた。

「ゼム!」

ゼムの後ろからついてきたのはネオだった。

「二人でパーティーを組んだの?」

「うん。イオもパーティーを組んだんだね。負けないよ」

「ああ。お互い頑張ろう」

二人は握手した。


二問目は数学だった。

「答えは2√3だ!結び目はあそこ、ほら!」

イオは言ってモンダイに切り込もうとしたが、手に違和感があった。

「?」

バキッと音を立ててイオのペンが折れた。

「あれ?」

『解答不能とみなします。試験終了です』

アナウンスが流れてモンダイが強制的に檻の向こうに戻っていった。

「え、まだ、……まだできます!」

イオはペンの破片をかき集めた。

「そうだ、ゼムみたいに、こうやって双剣みたいに使えば……」

ペンはイオの手の中で青白く光るだけで剣の形に変形することはなかった。

「イオ、ペンが壊れたら失格なんだよ。戻ろう」

セトカがイオの肩に手を置いて言った。イオががっくりとうなだれた。


ペンはきちんと手入れしていないと壊れてしまう。イオが最初にBb9に用意してもらったペンはある程度高級な壊れにくいものだったので無茶な使い方を続けても耐えていたが、それを南ブロックの一件で線路に落として失くしてしまった後、イオは自分で新しいペンを購入していたのだ。そのペンは当然手入れをしっかりしないと壊れてしまうタイプのものだった。

「本当にごめん。次こそは必ずしっかりやる」

イオは二人に頭を下げた。

「いや、今回イオは十分しっかりやってくれたと思う。私たちのほうももう少し力になれたらよかった。昨日まで全力で準備してたんでしょ?ここのところずっと顔色が悪かったし。だからそんなに謝らないで」

「そうだ。責任を一人で背負いすぎるな。今日一番悪い動きだったのは自分だ」

二人はフォローしたが、イオは首を振った。

「いや、僕がやらなきゃダメだった。ああ、次のテストは11月だ。あと半年、6か月、180日近くしかない。……やらなきゃ。今日はもう帰るよ。二人はゆっくり休んで」

イオは自分に言い聞かせるようにぶつぶつ言うと、頭を押さえながら、二人に背を向けて歩き出した。

「ゆっくり休んだほうがいいのはイオのほうだよ!」

セトカが言ったが、イオの耳には届いていないようだった。

「イオ、何かに焦っているのかな……。あんなに身を削っていたら体が変になっちゃうよ」

サミダレもうなずいた。


「次こそは……。僕はできる、僕はできる、僕はできる……」

イオは今日の試験で出た問題をただひたすら解きなおす。テーピングを上から巻き直し、ペンは折れているので教科書を丸めて剣に見立てて一心不乱に振る。

「なんでこんなこともできなかったんだ。ちゃんと勉強していったのに。まだ足りない、まだ足りない、まだ足りない……っ」

ふとイオの脳裏に昔の映像がよみがえる。イオは模試の結果を返却された。前の席に座る少年が振り返ってイオに満点の結果を見せる。少年はイオの点数も褒め、嬉しそうにグータッチを差し出す。イオは半笑いでそのこぶしに震えを押し殺しながら自分のこぶしをつける。

「うっ、お、おええええええっ」

視界が急ににじんだと思うと、ぐるぐる回り出し、黒い斑点が飛んだ。そのままイオは倒れた。


視界に入ってきたのは配線、排気管、コード、チューブがひしめく天井だった。

「お、起きたみたいだ」

コピーの声がした。イオは体を起こす。黒の塔のコピーの自室、つまり最上階の研究室の真ん中にある手術台の上にイオは寝かせられていた。腕には点滴がつながれている。

「イオ、目が覚めたんだね」

声をかけたのはセトカだ。

「無理のしすぎで倒れたんだよ。最近のイオはなんだか勉強に対してムキになっているような気がする。……イオの目的は王になることでしょ?王になる前に体を壊すようなことがあったらこの先パーティーもやっていけないよ。イオがあんなに責任を感じてしまったのも私たちの力不足でもあるし、申し訳ないと思ってるよ。でも、もっと私たちのことも信頼してほしい」

「……だから?」

セトカはイオをまっすぐに見た。

「イオに暇を出します。これから夏休みが終わるまで私たちとのパーティー戦の練習はしない」

「ちょっと待って!リーダーは僕だよ。僕がパーティーにいないってどういうことだよ」

「練習は個人でもできる。私とサミダレはお互いをそれまでに磨いておく。イオはあまりにも無茶をしすぎてる。今のままのイオならこのパーティーにとって重荷になる」

「実質、一時解雇じゃないか……」

「そうだね。でももうサミダレと話し合ってある。それに、イオには王になる以外でもやるべきことがあるでしょ?この夏休み中はタイムマシンの材料を集めることに専念して、少し勉強のことから離れて」

イオはこぶしを握り締めた。テーピングのせいで指はうまく動かなかった。

「……わかったよ」

セトカはうなずいて、部屋から出ていった。


『タイムマシンの材料?ああ、必要なものはまだまだあるぞ。夏休みならいいタイミングじゃな。時間軸改変計算安全装置を外の世界から拾ってきてほしい』

「外の世界?」

イオはバイと電話をつないでいた。

『ああ。ラジオを着ていればなんとなくわかるじゃろうが、今、青の街が接近している。楽園は海洋上を漂うカプセルじゃが、青の街は海底から海面上まで届く高い建物群のことじゃ。楽園は変化を許さない知識の保存都市じゃが、青の街は進化について寛容じゃ。前に進むこともあるし、後退することもある』

「どういうことですか?」

『地球は今から千年ほど前に大規模な海面上昇に見舞われた。つまり、青の街の下層は海に沈んだのじゃ。昔の道具がそのまま保存されている可能性は非常に高い』

「サルベージするということですね。そんな技術あるんですか?」

『楽園にはないが、青の街にはあることを願うしかあるまい』

また無謀な注文をしてくる。

「がんばります」

イオはとりあえずそう言って電話を切った。

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