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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第二章
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3 公園

「で、なんであんたまで一緒に来るんだい?」

ギンナルは横を歩く事務のお姉さんに聞いた。ファミレスでの会合があってから二週間ほど経っている。二人は住宅街を歩いていた。二人の十数メートル前をはねるように進んでいるのはモモだ。つくづく子供は元気だ、とギンナルは思った。北ブロックに位置するこのあたりはモモが以前住んでいた町だそうで、道がわかるようだ。今日はとうとう最初の調査をするためにはるばる電車を乗り継いでここまで来た。

「安全管理です」

事務のお姉さんはモモから目を離さずに言った。

ギンナルは肩をすくめる。モモは住宅地の開けたところにある公園に入っていったので二人も入る。円形の公園で、真ん中にオブジェがあり、その周りを囲むようにいくつかベンチと街頭があるだけの簡単な公園だった。砂漠が近いのか飛んできた細かな粒の砂がうっすらと石畳に積もっていた。子供が何人か集まって遊んでいた。ギンナルはオブジェに近づいてよく見た。オブジェは透明な球体がいくつも組み合わさったような形をしていて、その球体一つ一つに大昔に滅びた公園の遊具のミニチュアが入っていた。球体内にはオイルででも満たされているのか、ブランコや回転遊具、シーソー、滑り台などが、説明の書いてあるプレートとともに球体の中でゆっくりと揺蕩っていた。

「安全管理ね……」

モモは肩掛けカバンから虫眼鏡を取り出してあたりをきょろきょろ見渡している。

ギンナルはベンチに座ってモモの写真と景色を見比べた。間違いない。事前に調べた情報によると、この公園の周辺はアパートやマンションなど、中央に勤める大人とその子供がたくさんいるようだ。クニカという名前の女性という情報だけで周辺をしらみつぶしに探していくことはほぼ不可能だった。

「モモの家族についてくわしい情報が欲しいんだが。個人情報がうんぬんっていう議論はしたくないからスムーズに答えてくれるとうれしい」

オブジェに見入っている事務のお姉さんの背中にギンナルは声をかける。事務のお姉さんは振り返り、胸ポケットから手帳を取り出して言う。

「モモ様は三年前に両親が離婚して、現在お父様とその両親、つまりモモ様から見ると祖父と祖母とともに住んでいます。お母様は三年前から交流は途絶えているようです。離婚の原因は話してはくれませんでしたし、モモ様にとって理解が難しい理由が関係しているのかもしれません」

「やっぱり離婚か。モモが母親を探していることは父親は了承しているのか?」

「モモ様はこの調査の事を打ち明けていないようです。モモ様は中央の義務学校に通っていらっしゃいますが、今日のように調査のために休んでいるのは、お父様が一日家を空ける日だからだそうです」

「父親は何をしている人なんだ?家を空けているときは仕事か何かか?」

「以前はガクシャをしていたそうですが、現在は学園に提供するモンダイの制作をする会社に勤めているようです」

「なるほど。母親は以前何を?」

「学園の教師をしていたようです」

「それを早く言えよ」

ギンナルは立ち上がる。

「職場の筋をたどれば今どこにいるか簡単にわかるかもしれないだろ。このあたりにある学園を当たっていこう」

「それはもうしました」

事務のお姉さんはぴしゃりと告げた。

「この二週間でモモ様のお母様に関する知人はモモ様のお父様以外すべてあたりましたが、三年前から消息が途絶えています」

「……事務のお姉さん、あんた情報屋になれるぜ」

「当然です。私は単なる事務のお姉さんではなく、ハイパー事務のお姉さんですから」


「あれ?モモじゃん。久しぶり」

モモが虫眼鏡で周囲を見ていると、声をかけるものがあった。モモは虫眼鏡を目の前に構えたまま振り返る。視界には大きく拡大されてゆがんだ少年が立っていた。

「またこっちに戻ってきたのか?急に転校していったからびっくりしたんだよ」

何人かの子供もモモのところに駆け寄ってきた。モモがこの町に暮らしていたころに通っていた義務学校のクラスメイトだった。

「みんな……。久しぶり」


「もう7回目になりますが……」

この公園についたのが正午過ぎで、今はもうあたりが暗くなりかけている。モモと元クラスメイト達は多少メンバーの出入りはあるが、ずっと公園でケイドロをしている。その様子をギンナルと事務のお姉さんは並んでベンチに座ってみていた。

「子供ってそういうものじゃないか?俺たち大人が1回で飽きることでも、何回も楽しめる。……ところで、今日得られた情報は、写真にあった公園にはあまり大人は来ないといったところか。他の二枚の写真に写っている場所には大人が多いかもしれないし、そもそもヒトが多ければ聞き込みという手段も選べるようになる。次の場所に期待だな」

「ずいぶん落ち着いていますね。いえ、のんびりしていると言ったほうがいいでしょうか」

「焦っても仕方がない。なにか飲み物でも買ってきてくれないか?」

「承知しかねます。なぜ私が買ってこなくてはいけないのですか?」

「モモを見ておく大人が必要だろう?安全管理のために。俺に行かせたら俺はあんたの想像している俺のように行ったっきり帰ってこなくなるかもしれないぜ。ここまで待ったし、どうせ今日は最後の一人の子供が帰るまで見張ることになるだろう。親が迎えに来るかもしれないから、そこで話を聞けるチャンスがあるかもしれない。このチャンスは絶対につかまなくてならない。しかし、俺たちは腹が減っている。このままだと、もう帰ろっか、と言い出しかねない。腹が減っては戦ができぬだ」

「よくそんなに屁理屈が出てきますね」

「真実を言ったまでさ」

ギンナルは公園の前を通り過ぎようとしている団子屋の屋台のほうへ頭を傾けて見せた。


少年の一人が地面に倒れこんだ。突き飛ばされたようだ。ギンナルは突き飛ばした子供をみた。モモだった。トラブルが起きたようだ。

「取り消して!私のおかあさんをそんな風に言うな!」

モモは叫んだ。倒れた少年は肘で体を起こしてモモに叫び返す。

「じゃあなんで出ていったんだよ。それ以外考えられないだろ。お前のお母さんはもう、お前を、」

モモは少年にとびかかる。取っ組み合いが始まった。

「何やってるんですか?」

ギンナルの後ろにはいつのまにかお茶を買い終わって事務のお姉さんが戻ってきていた。

「何って、ケンカだよ」

「あなたに聞いたんです」

事務のお姉さんはお茶の入ったカップ二つを乱暴にギンナルの手に押し付けると、ケンカしている子供たちのもとへ走っていった。

「モモ様、やめてください」

事務のお姉さんはなんとか暴れる二人の子供を引きはがした。一緒に遊んでいた子供たちは少年のほうを取り押さえた。

「もうお前を、すきじゃないんだよ!」

少年は叫んだ。


ギンナルと事務のお姉さんとモモは列車に乗って中央へと帰っていた。モモは疲れたのか眠ってしまって寝息を立てている。

「……私、わからなくなりました」

事務のお姉さんがぽつりと言った。

「本当は、さっき、思い切りケンカさせてあげたほうが良かったんじゃないかって。あそこで殴らなかったら、モモ様はどうやって気持ちを整理したらいいのか、わからなくなりました」

ギンナルは車窓を眺めている。今日一日タバコをまだ一本も吸っていないのでタバコが吸いたくてうずうずしていた。

「そうか。答えがわかったら教えてくれよ」

「私も実は母を幼いころに亡くしています。自殺でした。母を探せども探せども見つからず、気持ちも整理できない……。仕事にこんな感情輸入するのは間違っているとはわかっていますが、本当にわからないのです」

ギンナルは事務のお姉さんの顔を見た。鼓動が早まる。ギンナルは上着のポケットに手を入れる。一枚の名刺に指先が触れる。

「自殺……?まさか……あんたは、君は今いくつだ?」

「え?18ですけど……。今の私の悩みを吐露したこととなにか関係があるのですか?」

ギンナルは事務のお姉さんの両肩をつかんだ。

「君の母親の名前は?」

「アスター」

事務のお姉さんは急に真剣な表情になったギンナルに動揺しながら答えた。

その名は名刺に印刷されているものと全く同じだった。



事務のお姉さんが職場に着いたころには22時を越していた。溜まっていた留守番電話を確認し、郵便を開封し、残っている仕事に手早く優先順位をつけて取り掛かる。

「案件一つに入れ込みすぎです。仕事の効率化を強くお勧めします」

ペパロニ君が言った。

「難しい案件だから受けないなんてことを言っているとそのうち仕事が来なくなります。私たちはこの会社の顔として常にベストを尽くさなくてはなりません」

事務のお姉さんはデスクから顔を上げずに言い返す。

「より多くの人にわが社の仕事を認めてもらうことが先決です。優先順位がわからないのでは社会人としてどうかと思いますが」

ペパロニ君はドアを閉めて退勤していった。

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