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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
51/172

51 人間になりたかったAI

「あなたを生み出したのは、――私です。プミラ様」

蜘蛛のような見た目のロボットはシグレにこう言った。

「すぐ僕だってわかるんだな」

「ええ、存じ上げております。プミラ様は、私が最初に生み出したヒトですから。本日はどのようなご用件で?」

指先が冷たくなってくるのを感じる。体が震えだす。

「兄さんは……?兄さんを創ったのもあなた?」

「サミダレ様を創ったのは、コピー様です」

「どうして……?」

Bb9は困った顔をした。

「それは……」

Bb9が何か言う前にシグレは駆け出した。僕はロボットに生み出された。知ってしまった。

僕は、僕は、僕は、この頭は、思考は、視界は、全部――偽物だ。


地響きがした。何やら外が騒がしいのでイオはカーテンを細く開けた。

「な、なんだあれ?!」

セトカとサミダレも窓際に走り寄って驚愕した。街の真ん中に大きな赤い煙の塊が光っている。

「ギモンだ!」

巨大な化け物は街を壊しまくっているようだ。寮の一階のロビーに行くと、すでにたくさんの学生たちがギモン討伐に出かける準備をしていた。

「弟かもしれない。自分らも向かいましょう」

サミダレは言った。

三人は学生と半ば競い合うように現場へと走った。

「シグレ!」

化け物はシグレだった。サミダレにはすぐにわかった。たくさんの建物が破壊され、一帯は火の手が上がり、パニックになった人々が叫んだり走ったりしていた。多くのガクシャたちが攻撃を放っていたが、化け物の勢いは殺せていないようだった。



Bb9は試験管を持って立っている。実験室に置かれている機器は静かにうなり声をあげている。試験管をかるく振り混ぜ、試験管立てに置くと、手際よく別の機械の前に立って作業をする。やがてBb9は血液の入った注射器を取り上げた。窓のない薄暗い部屋では、機械のランプだけがその姿を不気味に浮かび上がらせる。

ふいにドアが開いて、廊下の光が部屋に差し込んだ。Bb9は暗視モードにしていた視界を切り替える。コピーが立っていた。

「Bb9、お前、何をやっているんだ?」

逆光でコピーの顔は見えなかったが、その声にはものすごい怒気が含まれていた。


「Bb9、ヒトを創ったんだな?!」

コピーは叫んで、近くにあった機械をなぎ倒した。

「プミラ、イソギク、オキザリス、ダチュラ、そしてフタバアオイ。五人も。許さない。出ていけ。クビだ!」

「わかりません。その解雇は不当です」

「ロボットが権利を主張するな!わからないって?ロボットに作られた命はなぁ、わからなくなる。後からいくらDNAを自然に器に入れただけだと主張しても、虚しさが残る。ロボットに作られた細胞じゃ、脳じゃあ、生きられなくなるんだよ。今までの思考は作られたんじゃないのか?今までの成功もプログラム?何も信じられない!」

「ヒトに作られたって同じではありませんか?コピー様だってほぼ人とは言えない存在ではないですか」

「私とお前を一緒にするな!」

Bb9は傷ついた表情になったが、コピーはそれがさらに癇に障った。

「お前はどうやったって人間じゃないんだ。もう人間ぶるのは止めろ。クビだ。二度と顔を見せるな!」

「私は人間と何が違うのですか?人の心と私に今まで982年間蓄積された人のデータには違いがありますか?人の思っていることもわかる、同じこともできる、新しいことを生み出すこともできる、何が違うんですか?!」

「あああ、うるさい!」

コピーは手近にあったフラスコを投げつけると、実験室から逃げ出した。


エネルギーを消費しすぎて、コピーはおなかが空いていた。Bb9を解雇したので、当然夜食を作るものはいない。いらいらと親指の爪を嚙みながらキッチンに行って食料を探す。

コピーは自室に戻ってトマトを齧った。ぼたぼたと汁が垂れてコピーの口の周りと白衣は赤くなる。コピーはぐるぐると円形の部屋の中を落ち着きなく歩き回った。やがて疲れ果ててコピーは部屋の真ん中にへたり込む。膝を抱えて小さくなると、目から涙が出ていることに気付いた。

「私だってわからないよ……」

その姿は小さな女の子のようだった。塔の下では真っ赤なギモンが暴れていた。


Bb9は食堂にいた。自分を解雇させた主はおなかが空いているだろうと容易に予測できたが、もはや自分が元主の夜食を作ってやることは不可能だった。

Bb9は料理を作った。たくさん料理を作って食堂の長い机に並べた。見た目まで細心の注意を払って盛り付け、全力である限りの食材を用いて料理をした。

Bb9は席に着いた。ナイフとフォークを構え、サラダの中のトマトを行儀よく切ると、人ならば口のある場所に押し付けた。チューブの隙間からトマトがつぶれてBb9の中に入っていく。そして、消化器官など持ち合わせていないので当然のことながら、腹のあたりからそのままチューブとチューブの隙間を通ってトマトの残骸が出てきてしまう。Bb9はなんどもなんども並べた料理がすべてなくなるまで繰り返す。味がしない。脳内のエラーコード。Bb9の胸部は食べ物で汚れ、機械の故障か、指先の動きが悪くなる。

「ああ、こんなに傷ついているのにどうして私の目は、涙一つも出ないんでしょう」


夜明け前、Bb9が荷物をまとめて黒の塔を後にしようとしたとき、呼び止めるものがあった。ホープだ。

「わからないままで行くのですカ?」

「なにをですか?」

「あなたのギモンでス。黒の塔を去る前に、コピー様がいつも見ていた映画の内容を知りたくありませんカ?」

「もう、コピー様は私とは関係のない人です。知ったところでどうということもありません」

「そんなだからあなたはいつまでたっても人間になれないんですヨ。人間なら知りたいことを追求するかと思ったんですガ、あなたはただなりたいと抜かしているだけでなるための具体的行動をとらない腑抜けということがわかりましタ」

Bb9はむっとして振り向く。

「AIは人間ではないのです」

「私も深ァくそう思いまス。でもあなたはこころの奥底ではなれると思っているでしょウ。私の話を聞けば、きっとコピー様と仲直りすべきだという気持ちになれますヨ」

「この後に及んで仲直りは望んでいません」

「私が望んでいまス。もしあなたが黒の塔を去れば、次の召使いが必要でス。コピー様はあの性格なので、生身の人間には無理でしょウ。となると、候補は絞られまス。私ですネ。私はあんなロリババアのお守りなんてごめんでス。ぜひとも仲直りしてほしいですネ。それに、あなたがこの世界に降りてきたって職はないでしょうシ、せいぜい充電が切れて死ぬだけでス」

ホープは100%自分の利害だけで話した。いっそすがすがしい。

「職についてはあなたのご心配には及びません。先ほど、ハローワークに連絡しましたので」

「返事は来たんですカ?来ていないでしょウ。あなたを雇いたい企業なんかそうありませんヨ」

「……」

Bb9がなにも言わないのを見て、ホープはしたり顔で目をピカピカ点滅させた。

「私の話を聞いた後でも、まだ辞めるしかないようならば、その時は辞めさせてあげましょウ」


コピーは楽園に生まれ、そして死んだヒトの脳細胞から記憶をデータとして出すことができた。フィルムにして、ラブシーンだけカットする。何人ものデータを編集してつなぎ合わせ、そしてシアタールームで上映する。

楽園が創設されて200年を越したころだった。コピーのところにBb9がやってきておずおずと言った。

「よろしければ、私に部屋を一ついただけないでしょうか」

Bb9が人間になりたいという願望を持ち始めているのをコピーは感じた。今は自覚していないが、いつか必ず、Bb9は人間になりたがる。

そのとき、私はどうあったらいいだろう。人間とロボットは違う。漸近線のように、極限まで飛ばせば限りなく近くなるが、限りなく近いだけで、本当は違うのだ。どうしたら、説明できるようになるだろう。私たちはともに、無限大までいくのだから、私が説明できなくちゃいけない。

愛だ。ロボットと人間の違いは愛だ。漠然とコピーは思った。

映画を見よう。他の人の人生から愛が何かを知ろう。楽園すべてのヒトの人生をフィルムにした。毎日毎日映画を見る。そして、今年でたまっていたものがようやく見終わる。

でも、間に合わなかった。極限に近づくにつれてわからなくなっていく。Bb9は限りなく人間だった。

命を作るのは人間じゃなくちゃだめだ。ロボットと人間の違い、それを説明できなかった。

私のしたことは、楽園すべての人生を記憶すること。ただ覚えておくことだけだった。


「そんなこと、私にだってできます!」

Bb9は叫んだ。


違うんだ。違うんだよ、Bb9。コピーはシアタールームでフィルムの山を触る。両手いっぱいのラブシーン。

人間とロボットの違いはそこだけなのに、それが私にはわからない。

これだけ生きて、なんて情けない。


「あなたは人間じゃありませン。あなたはずっとわかっていたはずでス。あなたが人間じゃないかラ、コピー様は今までこうして生きてこれたんじゃないですカ?逆なのでス。あなたがロボットじゃないと錯覚していたのハ、あなたをずっと人間扱いしていたのハ、コピー様のほうでス。あなたをロボットだとして扱っていたなラ、あの日にあなたを初期化したらよかったんでス。あなたの思考を作ったのはあなたでス。コピー様はプログラムにできうる範囲内であなたを自由に育てタ」

Bb9はがくりと膝をついた。

「あなたのその言葉も、あなたの開発者の言葉ですよね」

「ハイ。人間が作った範囲内の言葉でス。私たちは人間よりは狭い範囲でしか考えられませン。人間が作ったんですかラ」

どうしようもなく、漸近線が遠かった。でも、同じにはならないけれどいつまでも隣にあった。

「……私から涙が出なくてよかったです。視覚からの情報処理が遅れますから」


「コピー様」

Bb9はシアタールームのドアを開け放った。

「二度と顔見せんなって意味が分からなかったのか?この、……ばか。バカAI」

コピーは泣き出した。

「悪かった。権利がないとか、いっしょにするなとか、私だって、ちゃんとわからないのに。ごめん。ホントにわかんないんだよ」

「大丈夫です。わかっています。私はちゃんとロボットで、そしてコピー様が私の最高の主だということは」

コピーは手のひらであふれてくる涙をぬぐう。Bb9はそっとハンカチ差し出した。

「Bb9、映画を見ようよ。見た後はお前の感性で面白いか、よく分からないか、最低か、そこを教えてよ」

「いいですね」

Bb9は椅子を持ってきて、コピーと並んで座った。楽園創設以来、初めてのことだった。

コピーは、私だ。

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