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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
50/172

50 シグレ

「へえ、そんなことがあったんだ。とにかく、これからよろしくね、サミダレ」

昼過ぎにセトカを学園の食堂でつかまえ、サミダレを紹介した。セトカはサミダレに握手を求め、サミダレはその手を握り返した。

「よろしく頼む」

サミダレはたくさんのヒトやがやがやとうるさい食堂にそわそわしていた。イオたち三人は昼食のカレーライスを食べていた。サミダレはこういう食べ物を食べるのが初めてらしく、珍しそうに見て、イオたちが食べ始めるのを観察してから自分のに口をつけた。

サミダレの弟のシグレが失踪してしまったから探したい、とイオが説明するとセトカは快く協力する、と答えた。

「イオはまず、新しいペンを買わなきゃね」

「そうだった。今日の午後はバイのところに行くついでにペンも見繕ってくるよ」

「サミダレは第九学園に入学するの?入学するなら早めに手続きをしたほうがいいかもね。私がいっしょに先生に頼みに行くよ。戦争で壊れた校舎や寮もほぼ治って最近はやっといつもと変わらない授業がされるようになったんだ」

セトカとイオが話しているのをサミダレはただいつもの無表情のままで時折うなずきながら聞いていた。

「……じゃあ、今日はこんな感じで動こう。用事がそれぞれ終わったらセトカの部屋に集合して、それからシグレを探そう」

「了解!サミダレもこれでいい?」

セトカが話を振ると、サミダレははっとして、答えた。

「問題ない。……あの、」

「うん?どうした?」

「カレーは辛え(かれえ)

「……」

セトカは無言でイオに視線を送る。サミダレは恥ずかしそうにうつむく。

「彼は初めて会った君に緊張しているんだ」

イオは説明した。



コピーは黒の塔の一室、大量のファイルがしまわれている部屋で、ファイルをあさっていた。幾列も並んだ書棚にはぎっしりとファイルが詰め込まれている。コピーは書棚からファイルを出してものすごい勢いでめくって内容をたしかめ、足元に読み終わったものを放り投げてまた新しいファイルを手にとる。

あるページでコピーの手が止まる。コピーはがくりと膝を折り、ファイルの散らかった通路にへたり込んだ。

「そうか……。そういうことか」


Bb9はデッキブラシで黒の塔の広い風呂場の床を磨いていた。

呼び鈴が鳴ったので、急いでBb9は玄関へと向かった。扉を開けると、白い髪に青紫色の目をした少年が立っていた。

「僕を生み出したのは誰ですか?」

少年は尋ねた。Bb9は答える。

「あなたを生み出したのは、――私です。プミラ様」



「なぜ族長になることが決定していたシグレが失踪したのか考える必要があるんじゃない?」

セトカは買ってきた弁当を食べながら提案した。

「族長になったけれど、さいごに一度山の下の世界を見てみたくなったのかも。サミダレも山の下の世界には興味があっただろ?」

イオが言ったが、サミダレは首を振った。

「自分はそうは思わない。弟も未熟ではあるが弓人の端くれだ。誇り高いあの一族の時期族長になった後でそんな勝手な行動はしないはずだ」

「じゃあ、いったいどうして……?」

「おそらく、あのモンダイのせいだ。温泉の源泉の湖で弟が解けなかった問題になにか失踪の理由があると思う」

「湖?モンダイ?」

事情を知らないので困惑するセトカにイオは西ブロックの山の中で起きた出来事を説明した。

「モンダイの内容は『お前を生み出し、育てたのはなにか?』だった。そうか。よく考えたら、どうしてシグレはこのモンダイを解くことができなかったんだろう?」

イオの頭に複雑な家庭事情という文字が浮かび上がる。ひょっとして川に捨てられてたのを拾われた子だったりするのか?

「それが自分にもわからない。自分と弟は絶対に兄弟のはずなのに。あの問題はおそらく、たいていの回答は正解の許容内になるはずだ。自分の内面を整理させるために作られる問題もある。解く際に自分が普段考えないようなヒトにお世話になっていることを再認識できたり、自分の性質や知らなかった内面を認識させたりするような問題だ。修行の時によく用いられる。よほど的をはずした解答をしないかぎり、解けたはずなんだが……」

「他のモンダイと戦った後で体力が残ってなかったとか?」

「いや、あの日山に出現したモンダイは一体だけだ。弓人として当然なのだが、競べ弓の時の様子を見ても、別に前の晩に無理して練習して疲れているというふうもなかった……」

三人は黙った。



シグレが生まれて初めて乗った列車はひどく揺れて、独特の生ぬるい空気感と相まって吐き気を催した。切符もどう出せばよいかわからずに改札であたふたしていると、後ろのおじさんから舌打ちが聞こえた。

「す、すみません」

エストルの駅で改札を出てからも信じられないほど多くのヒトが、信じられないほど多くの種類の服をまとって早足で歩いていく。駅内の表示を見ても行くべき道はさっぱりわからないばかりか、駅の出口すら見つけられない。周りの音が多すぎて頭がおかしくなりそうだった。向かいから来る人と何度もぶつかって足を踏み、踏まれた。

目の前に大きな時計が見えて、そこまでたどり着くと、時計の下にしゃがみこんだ。ここでも多くのヒトが待ち合わせでもしているのか、ただ立っていた。しゃがみこんでみると、自分の腹がひどく減っていることに気付く。駅内のうどん屋に入ってみるが、システムがさっぱりわからない。長い行列が続いている。

「て、てんぷらうどんってありますか?」

「てんぷらが食べたけりゃ、さっき通ってきたレーンで自分でトッピングを取ってくるんだよ」

「じゃあ、素うどんで……」

「おぼんをとってきてないじゃないか」

「え、おぼん。すみません」

列を最後尾に並びなおそうとすると、後ろのヒトとぶつかって財布の中身を盛大にばらまいてしまう。サラリーマンらしきそのヒトは迷惑そうに小銭を拾うシグレを見下ろしていた。

何とかうどんを頼み、テーブルとイスが少しのスペースも無駄にしないぞと言わんばかりにぎゅうぎゅうに配置されたイートインコーナーで席に着く。

「あ、お箸……」

店員のミスなのか、自分がシステムを理解していなかったからなのかすらわからない。どの店員の忙しそうに働いていて、声をかけるのは難しかった。ひょっとしたら僕が田舎者でどんくさいのがばれて、わざと意地悪されているのではないかという想像まで働いてしまう。

結局、そのままおぼんと熱いうどんを残したまま店を出た。

青い服を着ていたので駅員かと思って声をかけると、学生の制服だった。

「え、駅から出たいけど道がわからない?俺らがもっとおもしろいとこ連れてってあげようか?」

学生は一緒にいた仲間にそう言って笑った。制服を着崩し、唇にピアスが開いていた。

自分よりいくつか年上なだけなはずなのに、都会の学園の制服を身にまとい、都会に暮らしているというだけで、ひどく大人びて、そして怖く感じた。

「ごめんなさい、結構です」

シグレは赤面して踵を返し、消え入るような声でそう言うと、駅内をまたさまよいはじめた。


昼頃の列車に乗ってきたが、駅の外に出られた時には日はとっぷりと暮れていた。

「泊まる場所……」

あたりを見渡しても建物ばかりなのだが、どこが宿屋なのかもわからない。そして、手持ちの持参で泊まれるかどうかも不安だった。西ブロックの山と比べれば寒さはやさしく、雪も積もっていないが、さすがに屋根のないところで眠るのは無謀だった。人込みを歩きすぎて、ヒトともう会いたくなかった。

やがて、地下へ続く階段を見つけた。地下通路からは生ぬるい空気が上がってきていた。地下通路の階段を下りた踊り場は開けたスペースになっていた。ここで夜の時間を過ごして朝になったら出かけよう。コンクリートは固いし冷えているけれど、幼いころの修行に比べれば大したことはない。リュックを下したときだった。

「そこの若いの。ちょっと見ていかんかね」

暗闇に目を凝らすと、ホームレスらしき老人がこちらを見ていた。ヒトがいたとは。この場所で休むのはやめておこうか。

「ぜっさんせーるちゅう、じゃ」

老人はしつこく手で来いという合図を送ってくるので、警戒しながら近づく。老人は段ボールを敷いたところにいろいろな宝石を並べていた。

「見るだけもおっけー。買うなら全部10ベイ」

「10ベイ?全部、同じ価値?」

宝石にしては安すぎる。老人はゆっくりとうなずく。酒の匂いが鼻をついた。

よく見ると、宝石のようにきらきら光っているものの中に、単なる酒瓶を割ったかけらのようなものもあった。老人は酒の飲みすぎで小刻みに震える手で一粒のダイヤをつまみ、手のひらに置き、もう一粒同じような見た目のダイヤを手の平に置いて僕に見せた。

「最近仕入れた。きっと本物。超きれい。買ってくか?」

「どうせ偽物だろ」

僕には見分けがつかないが、ダイヤはすでに人工で作れるのだ。人工ダイヤは見た目も輝きもほぼ変わらないが、市場で取引されるとき、安いらしい。この老人が拾ってくるものは人工だろう。見ていると老人はどう見ても酒瓶のかけらのガラスも手に置いた。

「ずっと売れ残ってる。本物。超きれい。買ってくか?」

話が通じない。シグレは老人に背を向けると踊り場で老人から一番離れた場所に腰を下ろした。老人が財布を抜こうでもしたらすぐに気づくし、取っ組み合って勝てる自信はあった。僕はできるだけ体を小さく丸めて体温が逃げないようにして少し休んだ。


朝が来た。体の節々は痛かったが、だれにも襲われたりせず、財布も無事だった。朝日に照らされるアルタキセルの街には、夜には目立たなかった黒の塔がそびえている。

シグレはそこに向かって歩き始めた。会って確かめなくては。

僕を生み出したのはだれか、を。

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