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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
41/172

41 冬まつり

「結局、ケーニヒスベルクの問題は、川の上流には水源が必ずあるからそこを跨げばいいっていう屁理屈があるってスウがあの後言っていたよ」

イオは隣を行くホープに言った。

今日は待ちに待った冬まつりという日らしく、町中がなんだかぴかぴかと光り輝いていた。この日は楽園中が戦争さえも中断して楽園創設900何年を祝うらしい。日付が12月24のところを見るとイオとしてはクリスマスでしかないのだが、千年後にクリスマスという語彙は伝わっていないようで、みんな冬まつりと呼んでいた。

カズはあれだけ頑張って告白して恋人の権利を得たというのに、あの無茶のせいで風邪を引いてアパートにこもっている。スウがそれを看病するらしいので、邪魔はしないに越したことはないだろう。

セトカはラルマーニではなく、地元のリコボで冬まつりを祝うようで、今日はいっしょではない。

「それはずいぶんな屁理屈ですネ」

「うん」

イオは歩きながら出店を眺める。チキンとかシャンメリーがあるのかと思いきや、イカ焼きや杏あめ、ヨーヨー釣りなど、およそ季節感が感じられないラインナップだった。楽園の祭りは一年中これなのかもしれない。酒を売る店は多い。

いろいろなことが東ブロックに出てきてから起こったが、まあすべてなんとかなって、今こうして安らかで穏やかな気持ちで祭りを楽しめるのはすばらしいことだとイオは思った。

「いい日だね」

「いつもとそう変わりませんヨ。初雪の予想があるくらいで、真新しいことはあんまりありませン」

「それがいいんだよ。みんな笑顔だ」

街行く人が皆笑顔なのもイオを満ち足りた気持ちにさせた。

「そして隣に置く恋人がいル」

「うるさいよ」

クリスマスが恋人の聖なる日という位置付けは千年経っても変わらないみたいだ。

「ロボットには人の色恋がわからないくせに」

ホープは目をぴかぴかさせた。

「他の有象無象のことは知りませんガ、私はわかりますヨ。大事なのは恋よりも愛なんですヨ」

「はいはい。あ、あそこにたこ焼きが売ってるから買ってくるよ。このあたりで待ってて」

イオは出店の中にたこ焼き屋を見つけて立ち止まる。店頭で転がされているたこ焼きはほかほかと熱い湯気を出していた。

「私は食べれませんヨ。人間は本当に欲に忠実ですネ」

イオが行ってしまってからホープはぶつぶつ言いながら雑踏に取り残される。ホープはイオを待つために人込みを外れて人通りの少ない路地に入った。階段が上へと続いている。

「やあこんばんは」

そんなホープに声をかけるものがいた。ホープが振り返ると、階段の上からホープを見下ろす男がいた。声をかけた男は目を細くして笑った。バンダナにピアス、大きな旅行鞄。

「どちら様ですカ?」

「急に声をかけて失礼した。俺はしがない旅の者さ。名は昔捨てたきり持っていない。あるものは俺をギンナル、あるものはナナシ、別のやつはモルガナなんて呼ぶ。ところで、さっきいっしょにいた男はもしかしてイオかな」

男は階段を下りてきてホープの前に立つ。年齢の読めない顔をしている。

「そうですガ、イオ様とお知り合いですカ?」

「ああ、友達さ。君の名前を聞いても?」

「ああ、お友達でしたカ!申し遅れましタ、私はホブリイエート・フェリオンP39でス。ホープと呼んでくださイ!」

「そうか、ホープ。よろしく」

ホープは手を差し出されたので、いつも目のような位置にある部位から触手のごとくアームを伸ばしてそれに応えた。

「ところでホープ、君を作ったのはイオかい?」

「いいエ。――しかし、ある意味ではそうとも言えるでしょウ」

「言いづらいことなのかい。別に無理はしなくていい。ちょっと気になっただけさ。君を数日前もこのあたりで見かけたんだ。君はロボットだけど、なにか特別に仕事があるようには見えないな。仕事はないのかい?」

ギンナルは質問を変えた。

「そんなヒトをニートみたいニ。私にはイオ様への協力という重要な任務を仰せつかっているのですヨ」

「イオへの協力?イオの命令かい?」

「いいエ。しかし、その方の名前は言うことはできませン。私のたった一人の大切な主なのデ」

「……そうかい」

ギンナルは顎を手で触って考えるようなしぐさをした。

「あ、イオ様が買い物を終えたようでス。私はこの辺で失礼しまス」

ホープは雑踏の中できょろきょろしているイオを見とめた。

「あなたも年に一度の聖なる夜を楽しんでくださいネ」

ホープがくるりと背を向けたとき、ギンナルはその背中に言った。

「めりーくりすます」

ホープは振り返り、オレンジの目をピカピカ光らせた。

「ええ、メリークリスマス!」

ギンナルは片手を上げてさよならの合図をすると、また階段を上っていった。


「ホープ、探したよ。どこにいたの?」

イオはたこ焼きの船を本当に二つもっていた。

「名もなき旅の人が話しかけてくれたのデ、少々おしゃべりヲ」

「名もなき旅の人?……もしかして、情報屋のギンナル?」

「そういう名前も言っていたかもしれませんネ」

「そうか、なら引き留めておいてくれればよかったのに。せっかくたこ焼きを二パック買ったから」

「さては、一人で祭りに来ているのを店員に悟られたくなくて二つ頼んだんですカ?恥ずかしいですネ~」

「うるさいな。もうすぐ祭りが終わるから二パック目は安くしてたんだよ」

イオとホープは祭りの会場内に設置された仮設飲食スペースに座った。雪が降り始めて見る間に景色は白くなっていく。イルミネーションが雪明りでぼんやりと幻想的に見える。今日が終わるまで、祭りが終わり、戦争がまた始まるまで三時間を切った。街中で酒を飲む人たちも楽しそうに騒いでいる中に少しだけ憂いがあるように感じられる。

「酒も買ってこればよかったかな」

「おセンチですカ?あなたは今17歳の学生という設定だからどのみちダメですヨ」


祭りの終りまで15分。屋台やテントは片付けが進み、酔っ払いたちはお互いの肩を抱き合って自分の家に戻っていく。

「そろそろ帰るか」

「あなたの今日したことといえば、お祭りグルメの食べ歩きだけのように記憶しているのですガ」

イオの前にはたこ焼きをはじめとして、イカ焼き、ふりふりポテト、アンズ飴、かき氷、フランクフルト、おでん、りんご飴、綿あめ、たい焼き、焼きそば、焼き鳥、から揚げなど、ジャンクフードのラインナップの限りの食べ跡が積まれていた。

「帰ろう」

イオは清掃中のヒトに声をかけてゴミ箱にゴミを入れて立ち上がった。

『ピーンポーンパーンポーン!城から臨時ニュースをお伝えします。たった今、理科大臣のハクマと国語大臣のキリサメが戦争の終りを宣言しました。戦争の最終結果は、引き分けで、理系文系はどちらもたいへん優れているという結果になりました。今後、理系文系におけるどちらが優れているかの論争はお控えください。戦争によって被害を受けた方は申請書類を持って城の特別設置戦争被害対応課までお越しください。なお、大臣たちは明日、城の大広間にて戦争に関しての説明や質疑応答を行う予定です。この会はどなたでも……』

「やったぞ!戦争の終りだ!」

行政無線のスピーカーからの説明が終わらないうちに、周囲は沸き立ち、家に帰ろうとしていた酔っ払いはまた戻ってきた。掃除の青年は感極まってイオに抱き着き、歓喜の雄たけびを上げた。酒屋はシャッターを上げなおし、町の宴は朝まで続いた。

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