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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
39/172

39 暗号ゲーム

『31170323131503, 7,33, MU=NN, TO=DO』とメモには書いてある。

「スウがどこにいったかなにも手掛かりがない以上、この暗号を解くしかないよ」

セトカは頭を抱える。

「とにかく早く見つけなきゃ」

「そうだね。明日の朝までには」

「明日の朝?そりゃあ、早いほうがいいけど、しばらく考えてるけどちっとも解けないよ、この暗号」

「でも、やらなきゃ」

イオは焦っていた。明日はカズが告白をする日なのにスウがいなければ台無しだ。

「二桁ずつ区切ってアルファベットを順番にあてはめるとか」

「もうやったよ。31/17/03/23/13/15/03。31がある時点でアルファベットの線は薄いかも。仮に31をEとおいても、EQCWMOQ。違いそう。7とか33とか使ってない情報もあるし」

「五十音で当てはめても、マチウヌスソウ。特に意味が通じないな……。7と33は何に使うんだ?」

イオは必至に数字を眺めるが思いつかない。

「今出した文字列をシーザー暗号みたいに7個ずらしてみるとか」

「えっと、アルファベットはLXJDTVX、五十音はユネコマトニコ。違いそうだね」

「トはドになるから、ユネコマドニコ?やっぱり意味がわからないな」

「さらに33個ずらすとか」

「それなら40って書くんじゃないか?」

「確かに。うーん」

イオは頭の中に思いつく限りの暗号を並べる。シーザー暗号、ポケベル式暗号、共通鍵暗号……。いや、ちょっと待て。楽園の今は僕の時代から千年経っているのだ。新たな暗号の定石みたいなのができていたとしたら……?

「イオ、きっと数学だよ。スウが残している数字の羅列なんだからきっとどこかで計算を使うんじゃない?」

セトカの言葉にはっとする。

「たしかに。それならきっと、7と33が関係するんだ。暗号は二桁ずつに区切るというのは間違いないだろうから、全部七倍してみるとか」

「それより33を掛けて7で割ったほうがいい数字が出そうだよ」

セトカはスウの雑然とした机の上から白い紙をもってきて猛然と計算を始めた。

イオも手を動かし始めたが、ふと頭にひらめくものがあった。

「……違う。7乗だ。7乗して33で割ったあまりが求める数字だ」

「どうして?」

「昔見たことがある。RSA暗号だ。この暗号を解くには相手も自分も知っている公開鍵って数字2つと、自分だけが知っている秘密鍵って数字が必要なんだ。今僕らに与えられている数字はたぶん33が公開鍵、7が秘密鍵だ。33は3×11だからおそらく3が公開鍵のもう一つだよ。相手は暗号化するときに文字列を作ってそれを3乗して33で割った。その余りが今僕らに与えられている数字だよ。僕らはこれを7乗して33で割ることで、相手の作った文字列を復元できる!」

「そんなに詳しいなんてエンシェはコンピュータの暗号化も手作業でやってたの?」

セトカは目を丸くする。

「どうして復元できるか証明してもいいけれど、今はとにかくこれを解いてみよう。MU=NN, TO=DOはとりあえずおいておいて、出てきたものに当てはめよう」

二人はペンを走らせた。

「でてきたのは04/08/09/23/07/27/09だ。アルファベットはDHIWGAI、五十音は、えくけぬきひけ。ごめん、違ったかも……」

「いや、ちょっと待って。ここでMU=NN, TO=DOに注目してみようよ。これってつまり、「む」が「ん」になって、「と」が「ど」になるってことでしょ。なんでこの説明を書かなきゃいけないのか考えてみると、「ん」と「ど」の表記のない言葉であてはめないといけないってことを表しているんじゃない?」

「……例えば?」

「一個あるよ。古語。古語で五十音表と同じような役割をするものっていえば」

二人は顔を見合わせて叫んだ。

「いろはうただ!」

「じゃあ、最初からあてはめていくと、にちりむとおり。「む」が「ん」になって、「と」が「ど」になるから、答えは「にちりんどおり」だ」

「ニチリン通りはこの辺の地下の通りの名前だよ。行こう!」


ニチリン通りはかなり大きい通りだった。夜中だが、若者がたむろしていたり、バイクの音がしていた。

イオは、手近な若者を捕まえて拉致されていく女の子を見なかったかと聞いた。

「ああ?女の子?おい、お前ら、見たか?」

若者は仲間を振り返る。みな興味なさそうに首を振ったが、一人の青年が「もしかして」と話し始めた。

「何時間か前にあの辺ではめったに見ねえきれいな服をきた女の子が道端にしゃがんでたんだ。隣にはマスク姿の男がいたっけな。俺が通り過ぎようとしたら女の子がめちゃくちゃ怒って、私の円を踏むな!って叫んだんだ。めっちゃチョークでコンクリに落書きしててさ。俺の見た女の子はその変な奴だけだ」

青年は仲間に向かって「私の円を踏むな!」と甲高い声真似をして動作をまねて見せた。仲間たちは大きな笑い声をあげた。

「その女の子で間違いない。ありがとう」

イオとセトカは有益な情報をくれた青年にお礼を言って青年がさきほど指さしたあっちにむかって走り出した。さらわれたというのになんという神経の図太さだろうか。それとも、甘い言葉で誘われて連れて来られて、まださらわれているという自覚がない時だったのかもしれない。

スウが数時間前までいたであろう場所の地面には酔っ払いのゲロで汚れてはいたが、チョークで書いたらしき円が残されていた。

「ここからどこへ移動したんだろう」

イオとセトカは周辺を見渡した。

「チョークだ」

イオは円の書いてある道路に一番近い廃ビルのエントランスのガラス扉の取っ手にわずかに白い粉がついているのを見つけた。

セトカはビルのエントランスに入ってあたりを見渡した。葬式場だったようだが、今や廃墟となってエントランスの天井からぶら下がる質素なシャンデリアには埃が積もっている。床は大理石で足音がカツンカツンと響いた。どの部屋も鍵がかかっているのか開かず、しんとしている。セトカは上の階に通じる階段を見つけた。手すりに埃が積もっていない。上ろうとして立札のようなものを見つける。

「また暗号!」

思わず小さく声が出る。立札には『迷侵身、坂、労、一、虐幽、一、衷拷哀犯、7,33, T=D』と書いてある。



「その問題、どうでしたか?」

スウはホワイトボードマーカーを置いて、男を振り返る。男は白いマスクをして顔の半分を覆っていた。

「ひねりが効いていて面白かったです。こたえは『といにをたてよみせよ』です。問2は一体どれなんでしょうか」

「僕が一番古いものから並べてみましょう。その間に一問でも多くお願いします。……では今度はこれを」

男は新たな問題が書かれた紙を差し出した。

「あの、私そろそろ帰らないと。こんなに遅くなるなんて予想してなかったし。あんまり遅いとカズ、ええと、私のボディガードが心配して探しに来ちゃうかもしれないし」

数学に夢中になっていて気付かなかったが、時計を振り仰ぐと23時を指している。この場所に来てからすでに5時間ほど経過していた。寒々とした廃墟で数学を説き続けて、手が冷たくなっていた。外は暗い。

問患い(といわずらい)の子はまだ来ないんですか?」

男はくっくっと笑いを漏らしたかと思うと、大声で笑いだした。


「すみません、あなたはスウさんですか?」

玄関にやってきた男はスウに聞いた。イオはセトカの実家に帰り、セトカは自主練を庭でやっている。

「そうですけど」

スウが答えると、男は感極まったかのように膝をつき、スウの手を取った。

「助けてください!元数学大臣のガクシャ様!僕の甥が、問患いになってしまったのです!」

問患いとは、自らからあふれるギモンを解くことができずにため込んでしまう状態のことだ。頭の中がその問でいっぱいで、他のことはなにも考えられなくなり、問はさらなる問を生む。ため込みすぎたギモンは下手にエネルギーを加えられると暴走するおそれもあり、今のところ問患いを治す方法は、ため込んだすべての問を解くことしかない。たいていのヒトはギモンを持っても、それをすぐにわすれたり、他のことを考えているうちにどうでもよくなってしまうことが多いが、子供や、気になったらとことん知りたくなってしまう性のヒトがこうなる。ある意味ガクをつけるには好ましい状態なのだが、それはその問の答えを教えてあげられるヒトが多くいる場合に限る。地下住民がなる問患いは深刻な社会問題である。

「甥は数日前、甥の家族の家を抜け出して失踪しました。家族総出で探し回りましたが見つからず、患った果てに用水路にでも落ちて、し、死んでしまったのではないかという推測まで現実的になってきたのです。しかし、昨日、甥の家族が、甥の残していったであろうメモに気が付いたのです」

男は数字の書かれたメモを見せた。

「これは甥からのなんらかのメッセージに違いないと思って僕は解こうとしましたがさっぱりわかりません。もしこれが遺言じみた意味だったら、問患いでだれかに迷惑をかける前に死にますなんて書いてあったら、と思うと……、もう手遅れになっているかもわかりませんが、とにかく知りたいのです。どこそこに行ってくるから心配しないで、という意味ではない気がするのです。それなら暗号のメモを残す必要がないですから」

スウはしゃがんで男と目線を合わせると、男の肩をさすった。

「問患いではとにかく頭の中がそのこと、甥さんの場合は暗号のことしか考えられなくなっていますから、後者の意味の可能性も十分あると思います」

「本当ですか!」

「まず落ち着いてメモをもう一回見せてください」

スウは白い紙を持ってくると数字の列を走り書きした。

「私が解いてみます」

十数分後、スウはペンを置いた。

「こたえは『にちりんどおり』です。遺言なんかじゃありません。甥さんは、きっと誰かが探しに来てくれることを期待しているんですよ。ニチリン通りで思い出のある場所とかはありますか?」

「ニチリン通り……。あまり行かないですね。僕が数年前バイトしてたとこがあるのはニチリン通りですが、あいつはそのころ小さくて知らないだろうし。……あっ、そういえば、ニチリン通りには僕の使っている月払いの貸しロッカーがあります。甥の荷物も入れてあげることがあったので、知ってるとこと言えばそこくらいですかね。夏の間に冬のコートそしまって置いたり、使わなくなったバイクを入れといたりするもので、普段は全く開け閉めはないんですが」

「甥さんはそのロッカーの番号を知っているんですか?」

「ええ。ナンバー式の南京錠ですが、手元を何度も見ていれば知られているかもしれません。……ま、まさか、あいつはロッカーの中で寝泊まりを……?」

「すぐ行きましょう!」

スウは男に手を引っぱって立たせた。


「誰もいない……」

そもそもロッカーにはヒトが入れるほどの隙間はなく、物が雑然と詰め込まれていた。

「あっ」

スウは扉の裏側に紙が張り付けてあるのを発見した。セロファンテープはまだ新しい。

「図形の問題……?」

その紙には円や多角形が組み合わさって幾何学的な模様が描いてあった。

「これは暗号です。あの、白い紙あります?」

「すみません無いです。買ってきましょうか?地上まで戻れば文具屋があるので」

目線を上げたスウはふとあるものに目を止めた。

「いや、あれを貸してください。チョークですよね。地面に描いて考えます」


ロッカーの周辺は人通りが多かったので二人は移動した。交差点の前の少し広めになっている歩道のところまで来るとスウはしゃがみこんだ。

「わかりました。こたえは『2CROSS』です。たぶんニチリン通りの二つ目の交差点ってことを表していると思います」

「ってことは……。ここですね」

交差点に面したビルは四つ。そのうち三つは窓から光が漏れているが、一つは廃ビルのようだ。

「きっとあそこです。甥はお金もないし、子供が思いつく雨風が防げる場所なんて、もう使われていない建物くらいのものですから」

「行ってみましょう。もしも会っても、あまり刺激しないほうがいいと思います。私が甥さんの気が済むまでとことん暗号を解いてあげればきっと問患いも治って家に帰れるようになりますよ」

「とことんって、ありがたいですが、とても申し訳ないですね」

「いいえ、私、甥さんが作る問題結構好きです。面白い視点でつながりを作っているし、技術ばかりに頼らない柔軟な思考が好みです」

「そうですか。それは……よかった」

男は笑いをこらえるように言った。スウが怪訝そうに見ると、咳払いをして、「さあビルに入りましょう」と促した。


ビルの中はしんとして、積もった埃が時間の流れを感じさせていたが、階段の手すりがきれいだった。

二人が階段を上っていくと看板が立っていて、暗号の書いてある紙が張り付けてある。

「これはさっき解いたものと同じように解けますね」

スウは暗算でそれを解く。

「『おとといおいで』?甥さんはだれか来るのを拒んでいるんでしょうか」

「知らないヒトが入ってくるのを防ぐためかもしれないですね」

「とにかく上に行ってみましょう」

二階の一番奥の部屋のドアだけは鍵がかかっておらず、部屋の中には引き出しのついた机と椅子がポツンと置いてあり、その脇にホワイトボード、部屋の隅にはぼろぼろのシーツと、食べ物のごみらしきものが散乱していた。引き出しの中には問題の書いた紙が何枚も入っていた。男はそれをパラパラめくった。

「今は甥はいないようですが、この問題は筆跡が同じです。いつか帰ってくるでしょうから、それまではここでこの問題でも解きながら待っていましょう」


「ああっはっはっはっははははは!!」

男はスウの前で腹を抱えて笑った。スウがびっくりして目を丸くする前で男は目ににじんだ涙をぬぐった。

「ああ、笑っちゃいけないのに、あんまりおかしいからつい笑っちゃったな」

「な、なに?」

「甥なんかここにはいつまで待っても来やしないさ。甥は最初からいなかったんだから。この問題はすべて僕が作ったものさ。問患いはこの僕だ!あんたは一生、ここで僕の問題を解くんだ!」

そういうなり男はスウにとびかかり、椅子にロープでぐるぐる巻きに固定した。結び目を手が届かないところにかたく結んで右手だけ自由にする。シーツでさるぐつわをさせて、新たな問題の書かれた紙をホワイトボードに張り付ける。そして最後に腰からペンを抜き取った。

「さあこれを解け。俺は下の様子を見回ってくる。あんたのボディーガードに会ったら口封じのために殺しておいてやるから安心しな。あんたの身を心配するヒトはボディガードしかいないってことはリサーチ済みなんだよ。戻ってきたとき問題を解いてなかったら殺すぞ」

男はスウのペンを持って部屋から出ていった。部屋の鍵がかけられる音がする。

『カズ、助けて』

スウは叫ぼうとしたがさるぐつわに阻まれてかなわなかった。視界がぼやけて問題が見えなくなっていく。



セトカは壁にぴったりと背をつけてじりじりとドアのそばまで寄った。一番奥にあるこの部屋だけからドアの隙間から光が漏れている。耳をそばだてると鼻をすすり上げるような音がしていた。セトカはペンを腰から抜くと構え、ドアノブに手を掛けた。

「そこまでだ」

後ろから声がしたと同時に銃声が轟いた。セトカは廊下を転がって間一髪で直撃を免れた。マスクをした男がピストルを向けている。

「あの立て札に書いてあることがわからなかったか?どうやってここまで尾行てきたのかは知らないが、ここまで来ちまったからには死んでもらうしかない。あばよ、ボディーガードさん」

「悪いけど、あの立て札の問題は解いてないの」

「え?」

男は一瞬間の抜けた声を出した。

「え、いや、普通問題があったら解くだろ、大事なことが書いてあるかもしれな」

セトカはペンをピストルの形に変形すると、男のピストルをはじき、すぐにペンをさすまたの形にすると、男を壁に押さえつけた。

「足止めや時間稼ぎのつもりだったかもしれないけど、ここのビルにいるってことさえわかったらもうそれ以上の情報は必要ない!」

男はにやりと笑った。

「僕はちゃんと忠告したぞ」

男はポケットからなんらかのスイッチを取り出した。

「これは爆弾のスイッチだ。なあに、ごくごく小さいものだから、このビルは吹き飛ばない。椅子が一脚木っ端みじんになるくらいで済む。ああ、一つ言い忘れてた。今、お探しのスウはこの部屋の中で椅子に縛り付けられながら問題を解いてるんだ!俺の作った問題を!」

男は親指をスイッチにかける。

「スウを殺したらあなたの問題は解いてもらえない!」

「ああ、そうなるな。でも、必死の形相で俺の問題を解くあんたは見ることができる」

「何を言っているの?」

男はボタンを押した。

「あっ!!」

セトカはペンを投げ捨ててドアに飛びついたが、鍵がかかっている。4桁のナンバー付き南京錠が三つ連なっている。

「ああっはっはっはっははははは!!」

男は笑った。

「時限爆弾のタイマーをスタートさせただけだ。助けたかったら、この問題を解くんだな!」

男はドアの上部に張り付けてある紙を指さした。セトカは問題を読むと、自分のペンを引き寄せ、床に這いつくばるようにした。

「ははは!まだ頑張れば間に合うぞ。ほら、解け!解け!」

「そこまでだ」

声がして、男がゆっくりと振り返ると、ペンを青く光る剣に変えて男の首筋に突きつけるものがいた。イオだ。セトカがビルに入ってからイオは外から怪しい部屋を探し、隙を見て窓から侵入し、スウを救出したのであった。

イオの後ろからスウが走り出てきて自分のペンを男の腰から抜くと、思い切りガクを込めた。

まばゆい閃光が廊下中を照らし、男は眩しさのあまり、叫ぶ。そこで、這いつくばるようにしていたセトカが立ち上がってペンで男の顎を殴った。

爆発音が鳴り響き、閉ざされた部屋の中で誰も座っていない椅子が木っ端みじんになった。

「ありがとう、二人は最高の弟子だよ」


男はヒトのしゃべり声で目が覚めた。自分の体を見るとロープでぐるぐる巻きにされていた。

「あ、起きたみたい」

視界に金髪の女が入ってくる。

「あなたのことはケビイシに引き渡すよ。爆発物所持と、銃保持の罪で」

「……誘拐は?」

今度はスウが視界に入ってくる。

「ううん、もうしないなら許すよ。ここだけの話にしよう」

スウは計算のたくさん書かれた紙を見せた。

「私は、今日いっぱい数字と遊べた。荒いところはたくさんあったけど、地上だけで勉強してたら決して出会わない数字との遊び方を見れた。実は縛られてるとき、一生やってるのはさすがにきついけど、しばらくならやってもいいなって考えちゃったくらい。きみの問題は、とても楽しかったから」

「たのし、かった……?」

「うん。本当は途中からきみは問患いじゃないってことは気付いてたんだ。自分が作った問題を解いてもらいたかった、自分の気付いた発見を知ってほしかった、すごいって、自分と同じように感動してほしかった、それだけでしょう。私だって、自分の作った問題をおもしろい、いい問題だっていってもらったらうれしい。こんなことを企てたのは自分の問題だというのが怖かったからじゃないかな。患ったふりをしなくたっていいんだよ。自分の作った問題に胸を張ろうよ」

気付くと男の目には温かいものがあふれていた。

「ねえ、最後の問題のこたえ、これで合ってる?」

黒髪の男が紙を見せてくる。

「南京錠に入れてみようよ」

「部屋の中の問題、もう全部焼けちゃったかな」

「立札のやつ、一回解いてみようかな」

「こっちまでもってきなよ」

なにか、別のやり方があったのかもな。いもしない甥の設定を生み出して、スウを呼び出すまでの口実のシナリオを作って、演技の練習をして。素直に、問題を見てほしいが言えなかった。

そうだ、僕は自分の作ったものに自信がなくて、一目見て失望されたようになるのが怖くて卑屈になっていた。地上の学園にあこがれて、でも届かなくて、あきらめきれなくて独学をして。

本当は僕は、ガクシャになりたかった。幼いころ、僕のギモンを解いてくれたガクシャに。

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