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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
38/172

38 カズ

「イオ、今ちょっといいか?」

イオがスウの住む貸家の庭でペンの素振りをしていると、カズが呼びかけた。

「どうした?」

イオとセトカは交代でスウに数学の稽古をつけてもらっており、今日はセトカがやっているのでイオは自主勉強をしている。カズは少し言いにくそうにもじもじした。

「別のところで話さない?」

「いいよ」


二人は昼ご飯もかねて大衆食堂に入った。最近は寒くなってきたので暖かいラーメンは身に染みる。

「それで、話って?」

イオが尋ねるとカズはやはりもじもじしたが、やがて意を決したように語りだした。

「イオも知ってると思うけどそろそろ、冬まつりの季節だろ?冬まつりは戦争があっても、例年通りやると思うんだ。この辺、というか俺たちの地元のラルマーニではホントに盛大に祭りが開催されるんだよ」

「うん。それで?」

「その、祭りだからさ、一年に一度の祭りだからさ、あの、俺、スウを誘いたいんだ」

何かと思ったら恋愛相談だった。予想もしていないところからの話題でイオはラーメンが変なところに入った。

「わ、笑うなよ!スウはいつもいっしょにいるし、なんでも話せる仲だけどさ、そういう感じじゃないんだ。俺は……、そういう感じでいきたい」

そう言うとカズはうつむいてしまった。耳が赤い。

「オーケー、わかった。協力するよ。どんな感じで告白したいの?」

「こっ、告白?!」

カズは動揺を隠せずに裏返った声で叫んでどんぶりをひっくり返す。

「い、いや、そういうのはちゃんとはっきり好きだよって一度伝えるべきだと思うんだ」

「すっ、すっ、すき?!」

カズは椅子から落ちる。顔から湯気が出そうなほど真っ赤だ。なんだか他の客の視線を感じる。僕が彼に好きだと告白したかのように映っていたら大変遺憾だ。

「まあ落ち着いてよ。祭りの日までまだ時間があるじゃないか。それまでにうまくいくように作戦を考えていこう」

カズは顔を真っ赤にしたまま小さくうなずいた。周りの客はにっこりした。


「まず、スウのことをよく観察することからじゃないかな」

「観察?いつも見てるけど……」

「例えば、どんなシチュエーションならぐっとくるとか、プレゼントなら何が喜ぶとか」

言っていてなんだか恥ずかしくなってくる。イオはカズよりも15、6年人生経験が長いのだが、これと言って恋愛のテクニカルな技を習得しているわけではなかった。今までの他の人の話や、そういう本の内容を総動員して話す。

「なるほど……!うーん、告白のときプレゼントか。俺が今まで買ってきたものでは化粧品が一番反応良かったかなあ……」

「いつもと同じものをあげてもあんまり効果ないんじゃないか?」

「ああ、そっか。うーん、どうしよう」

「あ、僕はそろそろ稽古の時間だから行くね」

「うん」

カズは不安そうにイオを見送った。


「……この問題はね、1700年代、楽園ができる400年前にはもう証明されているの。すごい証明だよね。エンシェもなかなか頭が良かったって再認識できるのは数学の醍醐味なの。はあ~、すばらしい。ちなみにね、このケーニヒスベルクの橋っていうのはホントにあったみたいなの。橋を渡るっていう動作だけれども、点と辺の数に注目して一筆書きの問題に帰着し、不可能であることを証明するんだよ。これのレプリカとしか思えない橋がラルマーニの街にあってね――って、イオくん聞いてる?」

「え、あっ、もちろん」

イオはカズのことを考えてぼうとしていた頭を勉強に強制的に切り替える。

「ほんとに?証明の問題出すよ?」

「ちょ、いや、ごめんなさい。もう一回お願いします」

「しょうがないなあ」

僕に恋のアドバイスはできるのだろうか。イオが今までした恋はたった一度きり。そしてそれは失敗しているのであった。思い出しそうになってイオは記憶に鍵をかけなおす。あれは、まだ思い出すべきじゃない。


「なんでいつもなにかやらせるとぶつぶつ言ってるくせに、私が自分でやろうとすると文句言うの?」

「いくら何でもそれはダメだろ!やめろよ。お前はお前が思ってるよりも危なっかしいんだよ!」

「これ以上口出ししないで。カズはボディーガードだけやってればいいんだよ!」

「これこそ俺の仕事だろ?仕事しろってんならさせろよ!」

二人が言い争う声がしてイオは素振りを中断して家の中を覗いた。少し離れたところで同じく素振りをしていたセトカも駆け寄ってきた。

「仲裁しないと」

「あのふたりならいつものことじゃん。まあ、何日かは雰囲気悪くなるけど……」

いきなり窓が開いて縁側にスウが飛び出してきた。目には涙がにじんでいる。

「私、なぐさめてくるよ」

セトカは縁側に座ってスウの話を聞き始めた。イオは玄関から入っていって部屋で立ち尽くしているカズに近づいた。

「俺、泣かせちゃった……。嫌われたかも」

言っている本人も今にも泣きそうな顔をしている。

「大丈夫だよ、いつものことだろ?明日ちゃんと謝ろう」

背中をさすると少年は肩を震わせて鼻をすすりはじめた。


そんなこんなで冬まつりは明後日に迫った。

「カズ、作戦は固まったか……?」

ここ一週間ほどはカズは仕事以外の時間は自分のアパートに引きこもってなにかしていた。イオに作戦を相談することもなく、イオはただ気を揉みながら過ごしていた。カズはゆっくり頷いた。

「イオ、俺は明日あいつに告白する。協力してくれ」

カズのアパートに行って、カズは作戦を説明した。

「スウはどこまでいっても数学が好きなんだ。なによりも一番大好きだ。だから俺が数学をできるようになったことを見せて、それで堂々とあいつに、す、す……すきって、言うんだ」

「僕は何をすればいい?」

「俺は明日、ラルマーニの七本橋にあいつを呼ぶ。あの橋は伝説があるんだ。七本、一回ずつすべての橋を渡り切ったら願いが叶う。俺はその数学のモンダイを今日まで解いてたんだ。イオは真ん中の島の時計台まであいつを連れてきて、そこで動かないで俺を見ているように言って」

「七本橋?もしかして、一筆書きの問題か?解けたの?!」

「うん。だから、時計台からあいつを動かさないようにしてね。きっとだよ」

「わかった」

カズの真剣な瞳に気圧されるように感じながらイオはうなずいた。


イオがセトカの実家に戻ると、セトカがまだいなかった。おかしいな、と思いながら風呂に入り、自分にあてがわれている部屋に戻ろうとしたとき、廊下においてある黒電話のベルが鳴った。

「はい、イオがお受けします」

「もしもし?イオ?てことはもううちにいるんだよね」

「セトカ?遅いけど、何かあったのか?」

「今、スウの家からかけてるんだけど、大変なことが起きたの。スウがいなくなった」

「えっ」

「どうしよう。田舎とは言えど戦争中なんだから、理系のトップクラスの能力をもっていてかつ子供だから力の弱いスウを誘拐とかしようって考える文系がいるかもしれない」

まずいことになった。

「カズはそのことをもう知ってる?」

「ううん、まだ。彼が知ったらすぐに取り乱して探し回ってしまいそうだから」

「いい判断だよ。僕もそっちに向かうよ」


イオが到着すると、セトカは紙を見ながらうなっていた。

イオものぞき込むと、スウの字で走り書きされた数字の羅列があった。周りには計算用紙の山。

「これ、暗号……?」

「スウが残していった私たちへのヒントかも。解いてみないと」

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