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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
34/172

34 花札バトル

「まず僕らはR1についての知識に乏しすぎる。今から情報収集に行こうよ」

イオは外套をひっかけると玄関に向かう。

「善は急げというけど、こんな夜に出かけて誰に話をしてもらえるの」

「悪党はだいたい夜に活動するよ。地下の酒場とかで今にも闇取引が展開されているにきまってる」

「イメージが大昔すぎるよ」


地下の入り口は田舎道の途中に突如として建っている地下鉄駅の降り口のような場所だった。場所はリコボの隣の町である、フェンタという町に入るらしい。地下は中央のものとは違った雰囲気にあふれていた。古びた住宅団地のビルがあちこちに立ち並び、それを囲うフェンスやトタンの塀は多くの看板やステッカー、落書きで埋め尽くされていた。団地のそれぞれの窓からは光が漏れている。下手すると地上よりもたくさんの人が住んでいるようだった。ゴミが置かれている道路の端にコンテナをひっくり返してその上にベニヤを乗せてテーブルのようにしている露天商のような老人が座っていたので近づいた。

老人はイオに自分の向かい側に座れ、というように指で指示した。

「なにをしている商売ですか?」

「これに決まっとる」

老人は懐からカードの束を取り出した。花札だ。イオとセトカは目を合わせる。

「この辺で、もっと大勢で花札をしているところはありませんか?」

「いいから座りな」

老人はイオの質問には答えずにカードを切り始めた。仕方なく向かいに座る。

「僕が勝ったら教えてください」

老人は適当に首をこくこく振ってうなずく。

「月見で一杯」

老人が二回勝ち、その後銭は損していたが、イオが勝った。老人はある細い路地を指さした。


「治安はあまり良くなさそう」

路地の突き当りにはドアがあって、ビルの入り口のようだ。路地は暗く、お互いに顔もよく見えない。音楽が流れているのか、低音の振動がドア越しにも伝わってくる。呼吸を整えてドアを押し開ける。

雰囲気は完全にカジノだった。黒服の男がお二人様で、と低い声で確認した。

「入場料は100ベイです」

「あー……」

「ペンのお預けでお借入れもできますが」

しかたなく金を借りて交換にチップを受けとる。二人はスーツとドレスも借りた。その格好のほうが目立たない。

「こんなとこまで来ちゃったけど、ほんとにカンペイに金を貸したヒトはここにいるかな」

「ばったり会える可能性は低いだろうけど、このあたりのワルの行動とかは探れるはず。ワル同士は人脈があるはずだし……」

その時、奥のテーブルから狂ったようなけたたましい高笑いが聞こえた。

「あはははは!まぁた俺の勝ちだ!今夜はとことんツイてないねぇ!俺の姉ちゃんから借りてる金は、ちゃんと返せるのかなぁ!」

赤い髪をして、両手は金の義手の少年が笑う向かいでは一文無しになった男が頭を抱えていた。

「ほらな、また勝った。このシマであの姉弟に関わった奴はみんな破滅するんだ。あいつより花札狂いはいない」

近くに寄ってみると、野次馬がそういうのが聞こえた。

「次は僕と一勝負しませんか」

はっとしてセトカが周りを見渡すも、イオが見当たらない。イオは少年の真正面に座り、そう言い放った。

「あんたは?」

「トマト農家をしていましたが、つぶれたので、ここで一儲けしようと思いまして。ここで今一番お金を持っているのはあなたですよね?」

赤髪の少年はにやりと笑った。

「最近は農家ってのはしょっぱい商売なのか?つい数か月前にも農家がつぶれて金を借りに来た兄弟がいたっけか。そいつらに比べちゃ、あんた、肝が据わってるな。ちゃんとギャンブルしようって意志があるんだからな」

「僕が勝ったらその兄弟について教えてくれませんか?今後の社会勉強のために」

赤髪の少年はまた高笑いした。

「あんた、名前は?」

「イオ」

「そうか、俺はギルバートだ」

ギルバートはカードを素早く切り始めた。


「あはははははぁ!イオ、まだやるか?超おもしれえ!」

「あー、あの、もう僕はいいかな……はは」

情けないことに手元のチップは見る間に減っていき、今や一枚である。ギルバートはイオの様子を見て呼吸困難の寸前である。なんとか呼吸を落ち着けて、イオの耳に口を近づけるとささやいた。

「俺、ただの花札狂人しゃなくて、金貸しもやってんだ。俺、あんたとのゲーム、気に入っちゃったな。あと100借りて、もう一勝負やろうよ」

いつの間にかイオの横には黒いスーツに身を包み、真っ赤なネクタイを締めた赤い髪の女性が立っていた。

「このヒトがあなたのお姉さん?」

「ウィルマです」

「そうですか」

イオはおもむろに立ち上がった。

「今夜はここで失礼。対戦ありがとうございました」

「えっ」

あっけにとられる二人を置いて、イオはずんずんと出口まで進んだ。


「ちょ、ちょっとイオ!あれは情けなさ過ぎたよ!結局情報一個ももらえないまま一文無しにされちゃうなんて!あれだけ自信満々に勝負を挑んでるから相当花札に自信あるのかと思ったら、よわよわじゃん!」

会場を出たところでセトカが叫んだが、イオは涼しい顔をしていた。涼しい顔でドアを閉め、そしてへたり込んだ。

「はあぁー、100ベイ負けた……」

「……」

イオは黙って腰を上げると、スーツの尻をパンパンと払った。

「とにかく。100ベイと引き換えに僕らは重要な情報をいくつも得た。カンペイたちに金を貸したのはほぼ間違いなくあの目立つ頭の兄弟で、名前はギルバートとウィルマ。ギルバートは花札狂人で、やってみた感じ、イカサマはしていない。花札の実力は本物とみて間違いない。そして、――金持ち」



「ギルバート、今日はもう寝たほうがいい。次の夜は例の兄弟との取引なんだから」

「わかったよ、姉さん。さっきのやつ、弱いくせに度胸があって面白かったからさ。ついつい朝になっちゃったよ」

ギルバートとウィルマはビルを後にして集合団地へ向かう。ぼろぼろのワンルームに帰ってくると、蛍光灯が点滅を繰り返して点いた。隣の部屋のドアが乱暴に開けられて、禿げた中年男性が顔を出し、酒臭いだみ声で言う。

「おい、さっきからずっと電話鳴ってんぞ。うるせえんだよ、ガキが」

「すみません」

ウィルマが部屋に入って電話を取った。すでにベルは鳴りやんでおり、留守電が吹き込まれていた。

『いい夕ですね。早速ですが、先月の入金が確認されていません。先々月の滞納と合わせますとちょうど50万ベイになります。お早い入金をお待ちしています。今月中に入金が確認できない場合、こちらもしかるべき対応を取りたいと思います。では』

ウィルマは受話器を置く。ギルバートは賞味期限の切れた食パンを皿において、自分の義手を磨きながら居間で待っていた。ウィルマは留守電の履歴を消した。

「誰?」

「ボスだった。たいしたことない、日常の定期連絡だったわ」

ウィルマはギルバートの向かいに座ると、不器用に布を動かしている弟から義手と布を受け取って磨く。

「そういやさ、姉さん。俺、金のことなんもわかんないから、いろいろ、頼むな」

姉にギルバートは無邪気に言う。

「大丈夫。――全部、私に任せておいて」

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