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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
33/172

33 カンペイ

「それにしても、またリコボか……。今回はお金もあんまりないし、私の実家に泊めてもらうよ。なにかばれそうになっても、家族なら口止めがやや簡単な気がするから」

セトカはイオとホープと向かい合い、ボックス席に座って列車に揺られていた。セトカは抑揚をつけない声でやや早口でそう言う。列車は夕方に中央を出発し、車窓はもう暗くなり始めていた。理系文系戦争という争いのせいで学園に行ってもろくに授業もないので、イオとセトカは疎開&修行という名目で学園から暇をもらい、秋から冬までの間、東ブロックの小さな町、イオがタイムマシンで不時着したリコボという町へと向かっていた。

「コピーがバックについてるからお金はあるんだけどね」

「君はときどき、トイロソーヴとして信じられないような行動をとるから気を付けてよ。勘のいいヒトにはバレかねないよ。コピー様は楽園の生命係なの。ある意味王よりも力を持っていて、あの方なしにはこの楽園にヒトは存在できないの。そういう大事な人をおサイフみたいに使わないでよ」

セトカは慌ててあたりを見回すが、幸い旅人の雑談に注意を払っているヒトはいないようだった。

「わかったよ。でも、僕らの関係はまさに研究員とスポンサーなんだ。コピーは研究も手伝ってくれるし、出資もしてくれるからある意味とても大事な人だ」

「サイコパスですガ」

「……気を付けてよ」

窓の外はいつの間にか景色が移り変わり、東ブロックの主要都市であり、イオたちの降車駅でもあるラルマーニが近づいてきていた。

駅に降り立ち、リコボまで運んでくれる人力車を待っていると、イオは今まで数度来た事のあるラルマーニの街並みに不思議な違和感を感じた。もちろん秋に来たのは初めてで、町中にあふれる水面が秋風で少し揺れているのはあるが、それよりももっと大きな違和感。

「なんか、今日はこの町、変じゃないか?」

「え、なにが?」

イオはセトカに聞いてみたが、セトカは感じていないようだ。思い過ごしだろうか。

人力車が来て、二人は乗り込んだ。数学の塔の下に差し掛かった時にその違和感の正体がわかった。町の真ん中に高くそそり立つ塔は、明かりが消えていた。夜の闇と同化してその存在感を失っている。塔の主とそのボディーガードはどこかに出かけているのだろうか、とイオは思った。


「あー……。ただいま」

昭和ガラスが上にはめてある引き戸の扉をがらがらと開けると、セトカは家の奥に向かってそう呼びかける。玄関のたたきには二足の靴と、スリッパのような履物がおいてあり、年季の入った様子の金網の傘立てには赤い傘と黒い傘は一本ずつ入っていた。吊り下げ式の花が下を向いたようなランプシェードが、暖色の明かりを振りまいている。イオがぼうとその家庭的な様を観察していると、しばらくして母親らしきヒトがエプロンをつけたまま出てきた。セトカとその横にいるイオに目を止めると、少し目を見開いた。浅葱色の目がそっくりだと思った。

「夕飯はいるの?」

「二人分。よろしく」

母親はうなずくと、ホープにやや怪訝な目を向けたが、やがてイオとホープに上がるように手招きした。


タイムマシンが突っ込んだ例のガラス温室に配備されているケビイシは、前にイオが来た時よりも格段に少なくなっていた。今回は割れたガラスを踏まないように最新の注意を払い、さらに長袖長ズボンの状態で温室に近づく。ホープはセトカの部屋で留守番をしている。

「セトカ、どうした?今が侵入のチャンスだ」

立ち止まってガラス温室の廃墟を見つめるセトカは動かなかった。

「――ここ、カンペイの家の温室だ」

「知り合い?」

セトカはうなずく。

「もともと家計が厳しかったらしいんだけど、まさかタイムマシンが落ちたのがここだっただなんて……」

イオは頭を抱えたくなった。

「……あとで謝りに行こうか?」

「事故だったんでしょ。しょうがないとは思うけど、それより、それを謝るには、イオがどこから来たかから話さなくちゃならなくなるでしょ。……あとで私が行って少し家のこととか手伝うよ」

「僕は?」

「エンシェだってことがばれないようにして」

イオはうなずいた。ひとまず、友人の仕事場をぶち壊した張本人を目の前にしてセトカが怒らなかったことにほっとしていた。やもするとパーティーが解散になる。思いがけないようなところでつながるので世間は狭い。

目当ての合金Aはすぐに集めることができた。車のボディを覆う部分をはがし、セトカの実家の部屋まで運んだ。



セトカは震える手でカンペイの家の呼び鈴を鳴らした。

はーい、という声がして、年配の奥様が出てきた。少しやせてやつれているような印象があった。セトカは一目見てショックを受けたような表情になった。

「あら。もしかしてセトカちゃん?いったいどうしたの?中央でお勉強していたんじゃ?」

セトカの顔を見るなりびっくりしたようにそう聞いた。

「こんにちは……あー、戦争なので、一旦この町に帰っています。終わったらまた戻ります」

「そうだったの。それはたいへんねえ。大変そうだけれど、こっちはこっちで以外と大変なのよお。シラヌイは学費の割には受験失敗しちゃったでしょう。もう借金だけが残って残って。しかも、あの子は働かないでまだ本ばかり読んでいるし。カンペイはよくやっているけど、この間二人に譲り下ろしたばかりの温室がだめになっちゃってねえ」

奥様の愚痴話は長くなりそうだったので、イオは口をはさんだ。

「今、カンペイ君はどちらに?」

そこで初めて奥様はイオに視線をむけた。

「あ、イオと申します。僕は学園でセトカさんとパーティー、ええと、組になって王を目指しているものです」

「そう。パーティーですって?セトカちゃんもずいぶん都会らしく染まったじゃない。いいわねえ。ああ、カンペイならシラヌイといっしょに古いほうの温室に向かったよ。ここで待っていればすぐ戻ってくると思うけど」

「あ、いいえ。温室まで行ってみます」

待たせてくれようとする奥様を断って、セトカは歩きだした。

「R1だよ。おばさんはR1に入信していたみたい」

カンペイの家の敷地を出るなり、声のトーンをやや落としてセトカはイオに言った。

「R1?」

「手の甲に紋章の焼き印があったの」

イオは以前、列車の中で乗り合わせた男からもらった知識を頭の奥から引っ張り出す。たしか、楽園システムに反対する、秘密結社のようなものだったはずだ。紋章は丸に斜線一本。

「入信って、R1は宗教団体なのか?」

速足で教えてもらった温室への道を歩くセトカに半歩遅れてイオが追いかけながら尋ねる。

「そうだと思う。地下のヒトによく信仰されているノウ教の過激派のことって聞いたよ。どうやって稼いでいるのかはわからないけど財力はかなりあって、お金に困った人に高利で貸したりしているの」

「それって、かなりやばいんじゃ……」

イオの脳裏にヤクザという三文字が浮かぶ。

「このあたりのノウ教のヒトは穏健派しかいないと思っていたけど、R1はここまで勢力を大きくしていたんだ……」

セトカは立ち止まって振り返る。

「イオ。お願い、協力して。私、カンペイやおばさんをR1から抜けさせたいの。こんなのよくない」

「その、カンペイ君たちは本当に抜けたいのか?R1がやばい組織だとしたら、借金を踏み倒して抜けたりしたら報復されることになったりしないか?」

「イオはエンシェだからわからないかもしれないけど、R1に属しているのは本当に危険なの。早く抜けないと大変なことになる。おばさんが入信したのは、教えが素晴らしくて感動したとかじゃなくて、単にお金を貸してもらうため。借金は最悪私が立て替えて何としても抜けさせたいの。R1は追ってくるかもしれないから、どこか中央に住んでもらうかしてやり過ごせば平気。そのあとで中央の信用があって、取り立てがまともな銀行からお金を貸してもらえるようにすれば……」

「ちょっと、ストップ。話が飛躍しすぎだ。まずは今彼らがどんな状況なのかを把握するところからだろ。意外とその組織の金利はまともかもしれないし、嫌なことは起きていないかも。憶測やイメージで世話を焼くのはまだ早いよ」

早口でしゃべり続けるセトカにイオは口をはさんで落ち着かせる。

「ああ、うん。ごめん。まずはカンペイに話をしてもらいに行こう」

「そうだね」


カンペイは案外簡単に見つかった。何やら工具を持って温室の外の配管をいじっていた。白い無地のTシャツと、ポケットの多いズボンは機械油で汚れていた。セトカが近づくと、振り返って、一瞬目を見開く。

「……なにしにきたんだよ。セトカ」

工具をおいて立ち上がる。セトカはその手をつかむと汚れた軍手を取り去った。まるに斜線が一本入ったマーク。

「カンペイ、どうしてR1に入ったの?」

「関係ないだろ」

「正直に言って。お金を借りたんでしょう。R1は普通の銀行と違って利子がすさまじいんだよ?雪だるま式に借金が増えちゃうの」

「大丈夫だって。利子とかよくわかんなかったけどさ、R1のヒトはちゃんと教えてくれたし、法外な利率じゃない。しかも、条件が合えば返さなくてもいいって」

「条件?」

「利率は15%で、月の終わりにそのヒトがやってきて、そのヒトと花札をする。勝てば来月の利率を下げることもできる」

サラ金の利率は15~20%なので、それに比べればあまり法外ではないかもしれない……のか?しかし、そのあとの発言が問題だ。

「は、花札?勝てば利率を下げてくれるかもしれないけど、負けたら?そんなのギャンブルじゃない!ねえ、カンペイ、そのヒトたちと縁を切ろう。私も協力するよ」

セトカは手を差し伸べたが、カンペイは乱暴に振り払った。

「ああもう!リコボを捨てて中央に行ったやつが急に戻ってきたと思ったら余計なおせっかいかよ。俺たちのこともどうせ見下してんだろ?ほっといてくれよ」

「え――。わ、私、そんな……」

セトカはその言葉にショックを受けてなにか言おうと口を開きかけたが、唇が震えただけだった。カイペイはそこで初めてイオに目を向ける。

「……あんたは?」

「あの、ごめんなさい」

イオの口からは思わず中身の伝わることのない謝罪が飛び出した。

カンペイはくるりと背を向けると、去っていった。セトカは温室の前に立ち尽くした。


セトカの実家の夕ご飯の食卓でも、セトカは放心したように虚空を見つめて上の空だった。

セトカが風呂に行った後、茶の間でラジオを聴いているセトカの父にイオは近づいた。

「君とセトカは、学園ではどういう関係なんだい?」

「はい。あ、申し遅れました、イオです。学園ではパーティーを組ませてもらっています」

イオはセトカの父の向かいに座った。セトカの父はラジオの音量を下げた。

「恥ずかしながら私はガクの高い社会のことはあまりよく知らなくて、少しばかり調べた浅い知識しか持ち合わせないんだが、パーティーというのは、王にチャレンジするためのグループってことでいいのかな」

「そうですね」

「どんな風にパーティーになったんだ?本当にパーティーだけの付き合いだろうな?」

セトカの父は若干ちゃぶ台に身を乗り出すようにして聞いた。

「もちろんですよ。ええと、パーティーになった経緯は少し紆余曲折ありましたが」

気迫に押されて少し背中が反るような恰好で、イオは今までのことを話した。話し終えると、セトカの父は腕を組んでうんうんというふうにうなずいた。どうやらイオが勉強以外の目的でセトカに近づいたわけでないことが伝わったようでなによりだった。

「どうもあの子はやりだしたらそれを最後までやろうとするところが強くてね。実は引っ込みがつかなくなっているんじゃないかと心配だったんだ。いつでも帰ってきていいと言いたいんだが、それもあの子を傷つけそうで……。しかし、話を聞いて安心したよ。あの子もやりたいと思えることをやり通そうとしていて、前をちゃんと向いているとわかったからね。よろしくたのむよ。イオ君も王になれるように祈っているよ」

「ありがとうございます。ところで、先ほどカンペイ君というヒトに会ったのですが、彼とセトカの付き合いは長いんですか?」

セトカの話題がひと段落したところでイオは素早く話題を聞きたかったものに切り替えた。

「カンペイ君?ああ、セトカが義務学校に通っていた時、いつも一緒に野球をしていた子だよ。トマト農家を家族でやっているんだが、半年前くらいに隕石か何かがガラス温室を壊してしまって、農業ができなくなって家計が厳しいらしい。借金があって、いくらくらいかなあ。こんなこと本当は言っちゃいけないんだけれど、新しい温室を買うだけでも、うん十万ベイはかかるだろうね」

この世界に失業手当とか保険という制度はないものかとイオは思ったが、あればこんなことになっていないだろう。未来は福祉が行き届いていない。

「……そうですか」

これ以上聞くとよくないのではないかと判断し、イオは話を切り上げた。双方おやすみなさい、とあいさつし、部屋に戻った。ちなみにイオは客間に布団を敷いて寝ることになっていた。客間に向かう途中で、濡れた髪のままで廊下に立っているセトカを見つけた。どうやら話を聞いていたらしい。

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