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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
31/172

31 種

「エネルギーはきっと、あのジェル状の液体に蓄積されているんだ。あれをバケツかなんかでくみ上げて利用できるんじゃないかな」

イオとセトカは黒の塔に向かう途中の地上の喫茶店に入った。大正ロマン風の店で居心地がいい。適当に見つけて入ったのだが、テーブルが離れていて、レコードもなっており、こそこそした話がしやすいのもポイントの高い店だった。

「千年もあのままなんだよ。触ったらエネルギーが放出されて爆発、なんてことはない?」

「確かに。しかし、ジェルとは言え、エネルギー形態が液体なんだとしたら、何かにしみこませて運ぶとか、方法は考えやすくなるんじゃないかな」

イオは運ばれてきたクリームソーダに口をつける。セトカはフルーツポンチの上の真っ赤なサクランボをスプーンでつついてなにか考え込むように黙った後、口を開いた。

「私、なんかあのジェルに見覚えがあるような気がするんだよね」

「見覚え?」

「うん。――笑わないでよ。なんか、あのジェル、遠くから見ただけでそうとは言えないかもしれないけど、人工植物を作る時の培養液のように見えた」

「人工植物……」

この楽園では本物の植物から作物を収穫して食べているのではない。すべての野菜、果物、肉、魚は、触感、味をまねただけで、栄養は完璧な完全食なのだった。今目の前にあるサクランボだって、本当にサクランボの木から採れた実ではなく、特徴を上手くまねただけのフェイク食品。イオはトマト農園に入り込んだことを思い出す。あのトマトはたしかにジェルからチューブを伝ってその先に形作られていた。そのとき、イオの頭にひらめくものがあった。

「発芽前……!」

昔、脱脂綿の上にインゲンがなにかの豆を置いて、発芽の様子を観察したことがあるのを思い出した。その時見た生白い根っこと、あの毛玉のようなものが似ていた。だとしたら植物のない楽園で、唯一(?)の植物を発芽させるためにエネルギーを送っているということか?じゃあエネルギーがたまっているのは、ジェルではなくて、井戸?いや、もしかしてその種の中……?

「イオ、何か気付いたの?」

セトカに声を掛けられて我に返る。

「ああ。セトカは本物の植物を今まで見たことがどれくらいある?」

「本物?楽園に本物の植物なんかあるのかな。楽園創設前にほとんどが絶滅してたと思うけど。楽園で生まれたヒトは本物を見たことがないと思うよ」

「植物だ。本物の植物はああいう風に根を張るんだ。井戸の底にあった塊はきっと本物の植物の種で、そこにエネルギーがたまっている。だから多分、爆発とかはしない。――どうやって利用したらいいかは見当がつかなくなったけど」

「本物の、植物……」

王が代々ガクを注いでいた先にあったものの正体は、一人のエンシェによって見抜かれた。地下に眠る本物の植物がいったいなんの意味を秘めているかはわからない。楽園の秘密を知ってしまった。もう戻れない。物語は急激に転がり始めていた。


「なるほど。種か……」

イオの話を聞いてコピーは目を細くした。

「マシンが完成していない今は、とりあえず保留だな。今朝、USBチップの中のマシンの設計図をバイに渡した。近日中に必要な部品やら、足りない計算箇所なんかを明らかにしてくれるはずだ」

「チップの中が見れたんですか」

コピーは部屋の真ん中の手術台へ顎をしゃくった。ホープが拘束され、中の基盤やら、コンピュータ部分がむき出しになっている。なんかむごい。

「いつからあんな感じですか」

「二、三日あんな感じだ」

「方法はともあれ、ありがとうございます。しかし、千年間もエネルギーを送り続けても発芽しない植物なんてよほど大きいのでしょうか」

コピーは肩をすくめる。

「さあ。皮が厚いか、王様たちの頑張りが足りないかだろ。私は植物とか、その辺の資料を漁ってから寝るとする。バイから電話が来るかもしれないから、すぐに受けれるように心の準備だけしておくことだな」

コピーはデスクの下に転がっているチンベルを拾い上げて、チーンと鳴らす。Bb9が現れてコピーを抱き上げると、寝室まで運ぶ。

「セトカ様の部屋も用意しました。今日は一晩泊っていって、それから学園に戻るといいでしょう」

セトカは初めて入る黒の塔、不老不死の主、蜘蛛のようなロボット、不気味な実験室に圧倒されて縮こまっていたが、Bb9の優しい言葉に少し緊張がほどけたようだった。


翌朝、セトカが食堂に入ると、すでに塔の住民は集まっていた。布団はふかふかで、よく眠れ、昨日の疲れが嘘のようだ。

『昨日の夜に入ったビッグニュースを繰り返しでお伝えしています。これより理系文系戦争が始まります。開戦は6月6日。戦闘区域は中央ブロックのみ。現在の王、テンキュウ様の任期が来年の3月30日ゆえに、それまでに決着がついてもつかなくても、いったんそこで終戦とすると王室が宣言しました』

変な食堂だなと突っ込みをいれるよりも先に、腰を抜かすような事実がラジオを通してセトカの耳に入った。

「えっ……」

Bb9がイオの隣の席の椅子を引いてくれて座ると、白米、なめこの味噌汁、たくあん、サバの煮つけという完ぺきな朝食がセトカと対面した。

「お前ら、昨日城でなにかやらかしたか」

コピーが目線だけ上げて向かい側に座っているイオに尋ねる。

「まさか」

イオは答えて、セトカと顔を見合わせた。

「ならいいが」

コピーは軽くうなづいて朝食にまた集中する。どうやら中央は不穏な動きがあるようだ。理系文系なんてどっちでもいいだろうとイオは思う。千年もたつのに人間はまだそんなことで争えるのか。食卓の中で一人、青くなって震えだすセトカだけが、正常な市民としての反応をしていた。

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