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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
29/172

29 王室会議

六月に入る。暦の上では夏である。もっとも、楽園では、楽園を包んでいる巨大なカプセルに内蔵されている大きな気温調節の機械によって楽園内の温度調節が行われるので、その外の地球の自転と公転の具合がどのようなものであるかはまた別の話なのだが。

「大臣の皆様がお揃いです。少し早いですが、会議を始めますか?」

テンキュウのいる王室にテート・クロードのヒサメが入ってきて、手にしたクリップボードを無表情で見ながら言った。時刻は午前九時四十五分。今日は王室会議だ。

「そうしよう」

王室を出て、会議室へ向かう。会議室は五角形の形をした天井の高い部屋で、部屋の真ん中には五角形の机が置いてあり、すでにその四つの辺には大臣がそれぞれ一人ずつ腰かけて、王の入場を待っていた。それ以外には最低限のクロードしかいない。通常、王室会議はメディアに見守られる中で行われ、議事録はラジオを通じて全楽園住民に公開されるが、今回は非公開としている。そのせいか、部屋の空気はいつもの会議よりもぴりっと張りつめているように感じられる。

テンキュウが椅子の横まで進み出ると、四人の大臣は起立し、テンキュウに一礼した。五人が着席すると、ヒサメが部屋の扉を閉めた。

「この度はお集まりいただき感謝する。皆様の日々の塔を守る責務についても、今この場を借りて、感謝申し上げる。ご苦労だ」

「おっけー、おっけー。型にはまったご挨拶はそれくらいにしてさ、さっさと本題に入ろうぜ。非公開ってことは、それだけ重要な議題があんだろ?午後の知識祭の予定がずれこまないようにサクサク進めてこうぜ」

声を上げたのは、王から見て二つ右隣に座る男だった。会議中なのでさすがに兜こそかぶっていないものの、真っ赤な甲冑に身を包み、さながら戦国時代の武将のようないでたちだ。男は赤に近い茶色の瞳をしていて、無造作に自らの黒い髪を掻いた。男が動くたびに甲冑のこすれる音がする。国語の塔を守る、国語大臣、キリサメだ。

「……わかった。本題に移ろう。私は一つ気になっていたことがある。それは、この楽園には、東に理系、西に文系がいるわけだが、本当に賢いのはどちらだろうということだ」

テンキュウは言った。

「王よ。失礼ですが、それは愚問じゃないですか?私たちの領域はあまりにも違い、そして、同等に大切な知識だからこうして領分を分けて、それぞれの分野をおさめてるわけじゃないですか」

王から見て左隣に座る少女、数学大臣のスウが言った。今日も十二単風の衣装に身を包んでいる。

「いや、数学大臣。そのことは私も少し気になっていた」

スウの左隣、つまり王から見て二つ左隣に座る男が言った。薄い緑色のかっちりした軍服風の衣装に身を包み、緑色の髪をワックスで固め、レンズの厚い眼鏡の奥から黄色の鋭い眼光を光らせている。理科大臣のハクマだ。

「私は以前から理系と文系の役に立つ度合いの差が引っかかっていました。理科の棟は楽園の天候管理、数学の塔は楽園の内外の測量などという我々の生活でなくてはならない役目を負っていて、それに比べて社会の塔は歴史の記述、国語の塔に至っては王室図書館の整理整頓などということしかやっておりません。それで、同じ塔の主という立場を振りかざしているのを見ますと、どうも疑問です」

「なんだと」

キリサメが拳で机をどんとたたくが、ハクマは眉一つ動かさない。

「お前は、自分が役に立っているから、俺たちよりも賢いと言いたいのかよ。お前らと俺らの頭の中にある知識量なら明白だろ。俺が古典文法を三百覚えてるのに対して、お前が覚えることと言ったらギリシャ文字たかだか12個くらいだろ。日本史と世界史の知識量を見ろよ。数学の公式なんてその前じゃあ塵みたいなもんだろう」

ハクマはこれ見よがしに首を振って溜息をつく。

「やはりこれだから文系とは話が合わない。あなたは知識知識とバカの一つ覚えのように言いますが、本当にただ覚えているだけじゃないですか。我々理系は頭を動かして、臨機応変な対応を常にしているんです。頭の回転の速さはどう考えても我々に軍配が上がるかと」

「話が通じないのはお前の話がずれてるからだろ。文学の一つも知らないくせに。物語がたりてねえから上手な話し方ができねんだ。ダザイもアクタガワも知らないくせにしゃべんなくそが」

「やれやれ。本当に文学に親しんでいるならそんな汚いしゃべり方はしないような気がしてたんですがね。やはり文系はバカでも本好きとさえ言ってればやれてしまうものなんでしょう」

「うるせえ!お前の喋りはスガワラノミチザネもびっくりするほどだ。とっととその雷にでも打たれてあっちへ渡って閻魔に舌でも抜かれろバカ。音の出るゴミはキ〇玉からやり直しやがれ。それ以上俺らについてなんか言ったら、俺が始末してやる。せいぜい快適な空の旅を楽しむんだな。六文足りなかったら言ってくれよ。喜んで差し出すぜ。トンチンカン、アンポンタン、マヌケ、タワケ、トンマ、ヨタロウ、ヌケサク、ボンクラ、ヒルアンドンのスットコドッコイ!」

キリサメは唾を飛ばしながら早口でまくし立てる。スウは目を丸くして自分の席の中で小さくなって二人の言い争いを見ていた。

「キリサメ、それくらいでいいでしょう。無益な争いはやめなさい。理系文系はどちらも必要だからこうして長い間両方が変わらずにあるのです」

今まで動向を黙ってみていた、王から見て右隣の女が口を開いた。朱色の目をしていて、髪の色も朱色。落ち着いた茶色の着物を着こなし、顔の横には髪飾りが揺れている。社会大臣のセイムだ。

「だってよ、セイム、むかつくだろ」

キリサメはぶつぶつ言ったが、セイムのすごみのある目に射すくめられて、ひょいと肩をすくめると黙った。

エヘン、とテンキュウは咳払いすると、四人の注目を自身に集める。

「どちらも必要な学問かもしれない。しかし、私は、どちらのほうがより優れているか、賢いかを知りたいのだ。そこで私はこの職務についてからというもの、何度も思いを巡らせてきたことを、ついに実行に移そうと思った」

「実行って、まさか……」

スウは口に手を当てる。テンキュウは声のトーンを変えずに最後まで言い切った。

「これから、少なくとも私の任期が終わるまでは、楽園を理系と文系に分けて戦争してもらう。――争え」

「な……!」

「王よ。楽園の第五法則の、『戦争をしないこと』という掟に反します!」

セイムが声を上げるが、キリサメがそれを遮った。

「いいや。一度本気で争ってみるべきだと俺は思うぜ。楽園の第一法則『王の命令には従うこと』、第四法則『何人の知りたいも尊重せねばならない』」

「私も戦争をしてみるというのは賛成だ」

ハクマも言う。

「ここでやめたとしてもいつかは必ず争いは起こる。私も、結果が知りたくなった」

セイムは天井を仰いだ。

「まあ、確かに、楽園は第五法則を今までことごとく無視して争いあってきましたし、別に今更、という感じもありますね。もしやるなら、気はあまり進みませんが私も参加するとしましょう。文系が理系の連中に言われっぱなしなのは腹が立ちますから」

楽園は第五法則の『戦争をしないこと』という掟があるが、たびたび王によって破られている。ヒサメは王室の資料を思い返す。直近だと、16年前の『勉強のとき使うのはシャーペンかボールペンか戦争』、20年前の『おにぎりの具は鮭か梅か戦争』、36年前の『雑煮のお餅は丸か四角か戦争』などである。第四法則の『何人の知りたいも尊重せねばならない』がこの楽園では強すぎるのだ。

「うむ。……スウはどう思う」

テンキュウは四人を見渡して、スウに話を振った。スウはうつむいたまま答える。

「わ、私は……。戦争をするなら大臣の職を辞退させていただきます。この戦争は激しくなるし、ヒトも死ぬと思う。理系文系ってことは、勉強に関わることだし、ペンを使った戦闘に発想が結びつきやすいと思うから。それと、やっぱり、戦争はよくないことだと思うし……」

「俺たちがやるのは、エンシェたちがやっていた残虐非道な殺し合いじゃないぞ。賢さをかけてペンによって正々堂々と争いあう、ゲームみたいなもんさ。かけるもんはプライドだけ」

キリサメが言う。

「我々のようなヒトはかけるものがそれくらいで済むかもしれませんが、地方のあまりガクがないヒトは?地下の住民やエラーズが戦争によって大きな被害を被るとは考えられませんか?」

セイムが口をはさむが、ハクマが否定する。

「それならば戦場を中央のみに絞ればいいではありませんか」

「でも……」

「……」

全員が黙ったので、テンキュウはまた咳払いをした。

「戦争はする。この会議が終わった後すぐにラジオによって楽園住民に発表することとする。開戦は6月6日。戦闘区域は中央ブロックのみ。私の任期が来年の3月30日ゆえに、それまでに決着がついてもつかなくても、いったんそこで終戦とする」

スウは会議室の扉の横に立っている、テート・クロードであるヒサメが、クリップボードに王の発言を素早くメモしているのを見とめた。その行動が意味しているのは明白だ。王は、自分の秘書にさえも、この戦争という重大事項を相談していなかったのだ。王はいったい何を考えているの?そっと目を動かしてテンキュウの顔を見るも、表情は読めなかった。

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