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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
28/172

28 カミングアウト

窓に何か当たった音がしてセトカは勉強の手を止めた。謹慎期間も明日で終わりなのでしっかり授業についていけるようにしなくてはと思って一心にやっていたらもう暗くなっている。寮の自室の窓を開けて空を仰ぐ。夜のひんやりした空気が顔を冷やす。ちゃんと数学をやりたい、頑張ろうと数学に真摯な気持ちになったのはずいぶん久しぶりのことのようにセトカには思えた。いや、と打ち消す。もしかしたら私は一生で初めて数学に前向きになったのかもしれないと思った。やはり、何かに真摯に向き合うことはマラソンを走るような感覚に似ている、とセトカは思う。そして、やはり私は走ることが好きなのだ。

勉強するということはそれに全てをささげることであり、楽しいという感情を持つこととは関わりあわない、同時には起こりえないことだと、雨の降るあの日にシラヌイの前で決めつけ、ずっと楽しいと思う心を排除していた。心の押さえつけは自分はその道を愛していないを自分に勘違いさせるのに特化した方法だった。癖になって、足が止まって、何がいけないのか考えても、自分の中の大前提を疑ったりすることはしなかった。しかし、イオはその価値観を見て、心底わからないというかのように、当然のことをなぜわからないのか?と問いただすかのように、セトカとツガルの前でむかつく、と言い放った。

「セトカ」

ふいに下のほうから呼ぶ声がしてセトカは泡を食った。今は燃えてしまった寮の宿舎の復旧中なので、他の寮の空いている部屋に寝泊まりしていて、セトカの部屋は二階である。

「イオ。なにしてるの?」

今まさに考えていた相手が片手に教科書を持って投げる前のように振りかぶって立っている。セトカが声をかけると、イオは振りかぶるのをやめて手を振って合図した。

「話があるんだ。僕らはパーティーになったことだし、夕飯にでもいかないか?」

「急だね」

「早めに言っておきたいことなんだ」

「いいよ、準備するからそこで待ってて」

「ありがとう。ついでに、さっき窓にぶつけた化学の教科書、僕のだから持って降りてきてくれないか」

「君はときどき訳の分からないことをするよね」

「携帯も、小石もなかったものだから」

「?」


数十分後、二人は城下町の寿司屋で乾杯していた。

「……つまり、僕は1000年前から来た。リコボに数か月前落ちたUFOがその証拠だよ。頭がおかしくなったと思ってるだろうけど、本当なんだ」

イオは今までのことを包み隠さずすべて語った。

「あー……相当酔ってるんだね」

「本当なんだって!黒の塔には本当に僕のエンシェとしての体がホルマリンみたいな保存液に漬けられておいてあるんだから。あと、僕は素面だ。これはただの麦のやつであって、アルコールの入った麦のやつではない。僕ら両方未成年だろ」

「そうだけど」

初めて組んだパーティーのメンバーはかなりやばいらしいということが会話を重ねるうちにセトカにはわかった。完全にフィクションだろうが、その割には凝ったストーリーと妙に真剣そうな瞳が気になった。

「オーケー。君は過去から来たエンシェだということを一旦認めて話を進めよう。だとしたら一体、どこに私に話すメリットがあるわけ?私がケビイシにチクったら終わりでしょ?」

「チクらないよ。どうせ君は完全には信じないだろうし、チクっても君にメリットはない。この話は王室内から漏れていない設定になっているから知っていること自体に怪しさが認められる可能性が高い。僕はエンシェなだけで、別にこの楽園の人に危害を加えてるわけじゃないし、知名度もないから突き出したところで世間はあんまり反応しないと思う。ケビイシに突き出しても、君は誰からもあまり褒められないんじゃないかな」

「じゃあ聞かなきゃよかった」

「そうもいかない。僕はこの楽園の王になる必要があるんだ。王になって城の地下に眠るガクのエネルギーを拝借して過去に帰る。君にはその手伝いをしてほしいんだ」

「どうして私が」

「君の数学が、僕の心を打ったから」

「……」

「……だめかな?」

セトカは自分の胸の中の気持ちにため息をついた。こいつはやばい。今まで会ったどんな奴よりもダントツでやばい。

しかし、イオがいなければ、自分の数学に価値を見出すことはできなかった。セトカの心は固まっていた。このリーダーについて行って、イオを私の数学で王にする。

「いいよ。手伝うよ」

未来の私が、今日の私を責めたって、私は、この決断を信じている。

「そうか、ありがとう。じゃあ早速、週末に城に忍び込むことについての計画なんだけど」

「おいおいおい、さすがにちょっと待て‼」

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