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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
26/172

26 黒の塔にて

「で、学園のほうは順調そうか」

コピーは蕎麦をフォークで食べながら聞いた。イオの背中には冷や汗がゆっくりと流れる。

「はい。強力な人材とパーティーになりました」

「ふむ」

コピーは蕎麦をよく噛んでから飲み込む。どうやらすすることができないようだ。

「入学一か月ちょっとで二回も自主謹慎を食らっているのに、その堂々とした態度だけは認めてやろう」

イオはむせる。Bb9がすまなそうな視線をくれた。イオの情報はすべてBb9を通してコピーに知られているということは間違いない。あの騒動の後、イオとセトカはバイクを壁にめり込ませた罰として三日、ツガルは火器取り扱い不始末の罰で一か月謹慎することになった。

「……まあ、王になるチャレンジに過去の経歴はあまり関係ないし、学園での成績も関係ない。極論卒業していようがいまいが王になることはできる。しかし、謹慎ばかりしていると授業についていけずに留年したり、退学になって必要な技術を身に着けるチャンスを逃すことになる」

耳が痛い。

「はい、がんばります」

「反省しているのならいい。ところで、例年と同じならそろそろ城で『知識の泉』――つまり一言でいうとエネルギー源に王がエネルギーを注がなくてはならないイベントが執り行われる。私は今までそんなイベントに興味がなかったから詳細はよく知らないんだが、我々はタイムマシンづくりの過程において必ず知っておかなくてはならないことだ」

「偵察に行けばいいんですか」

「そうだ。イベントは非公開で執り行われる。お前は城に忍び込んでエネルギーがどんな形で貯蔵されているのか、総量はどのくらいか、使用する際にどんな障害がありそうかなどを調べてきてもらう」

「不法侵入じゃないですか」

「バレなきゃいいんだよ。それともなんだ?その情報を得ることなく過去に帰れるとでも思っているのか?他人でも真似できるような生ぬるいことだけやって、何百年も人類が成功させていないことを成し遂げられるとでも?私に協力を仰いだんだから、私の言うことをつべこべ言わずにお前はやるんだよ」

「わかりました。行きますよ」

「あの、そのイベント、『知識祭』は、王室会議の日とかぶっています。例年に比べて城に出入りする人が多く、侵入は大変になるかと思います」

Bb9が言った。

「はあ、今年は本当に面倒事が多いな。まあ、情報のためだ。パーティーを組んだんだろ。その優秀な友人とやらと一緒に偵察にでもいけばいい。私はバイがスキャンしていったお前の体のデータをより緻密に編集しているところだ。お前はとにかく私の前に必要な情報をもってこればいい」

「パーティーの仲間にどれくらいまでこちらの情報を流しても大丈夫でしょうか」

「さあ、わからん。エンシェだと知れば警戒してケビイシにチクるかもしれないし、王になる目標の背景が、これまでの歴代の王が溜めてきた楽園の一種の宝ともいえるようなエネルギーを頂戴したいということを知られても、いい印象を持たれない可能性も高い。まあまず信じないという可能性もあるし。お前の裁量にまかせる」

「……」

コピーは自分の領域と関係のないところに対してはほとほと無関心であった。そこで会話は途切れて夕食は終わった。


「よし、完成だ」

完成したイオのエンシェとしての肉体のデータをコピーは眺めた。データといっても、大量の紙に書かれた数字の列だが。

「ふむ。……エンシェの頃のスズヤは、特筆することも特にない、冴えない中年男だったようだな」

「それは言い過ぎジャ」

いつの間にか足元にいたホープがイオを弁護する。

「いや、顔立ちは数学的な比率を鑑みて、お世辞にも美形というには足りない。フィジカルは同年代のエンシェよりも筋力、瞬発力、視力などで劣っていることが読み取れる。顔はともかくこれはDNAとか、遺伝のせいじゃなくて、後天的なものだ。慢性的な生活習慣病の兆しが随所にみられる。健康にやや無頓着で大変心配な体だ。まったく千年前の福祉はどうなっていたのやら」

ぶつぶつ言いながらコピーは散らかった大量の紙の束を順番に丁寧に重ね始める。ああ、面倒だ。数百年前のようにコンピュータを使えたらいいのにと舌打ちが出そうになる。計算するうえであまり効率に媒体は関係ないのだが、紙だとさすがに手が痛くなるのが難点だ。あまりの手の疲れにコピーはいらいらしていた。コンピュータを組んでもいいが、一から作るとなると、そのまま計算し始めたほうが早いということがわかっていたので計算し始めたが、想像以上に手の痛みがこたえた。

「そういえばなんでお前が私の部屋にいるんだ?イオは許可したが、見知らぬ人工知能まで居候されるとセキュリティー上問題がある。出ていけ」

「私は楽園に生きる人の幸福のために生み出された人工知能でス。イオ様に協力することが現在のミッションとなっていまス。イオ様が黒の塔にお住まいなのデ、私も住みまス」

「ああ、そうかい。じゃあ百歩譲って塔の中にはいてもいいが、ここは私の自室だ。とっとと出ていけ」

「すみませんでしタ。なにかお役に立てるかと思ったのデ。邪魔ならBb9にでも頼んで充電して寝まス」

「そうしろ」

図々しい人工知能はオレンジ色に目をピカピカ光らせると、いそいそと部屋を踵を返した。

「いや、待て。お前、その体の中にコンピュータを積んでいるよな?」

「はイ。それがどうかしたのですカ?これでも人工知能なんだから当たり前じゃないですカ」

「ちょっとそれを貸せ」

言うなり、コピーは白衣の胸ポケットから解剖ばさみを取り出して凶器を持つかのように構えると、素早くホープにとびかかった。

「キャアアアアアアアア!!!」

ホープはおよそロボットではない悲鳴を上げて飛び退った。コピーの握るはさみは床に突き立てられる。ホープは目からワイヤーを出してコピーの部屋の中を立体的に逃げ惑う。コピーはそれを追いかける。

「バラしてやる!!」

「助けテ!話せば分かル!」

部屋の隅に追いやられたホープにコピーは真っ赤な目をぎらつかせながらじりじりと迫った。

「問答無用!へへへ。悪いようにはしない。お前の中身をちょっとばかり使わせてくれればいいんだ。……そうだ。このコンピュータがあれば、あいつの拾ってきたUSBチップの解析もできるかもしれないなぁ」

その時、急に部屋の扉が開いて、Bb9が駆け込んできた。コピーはびっくりしてそのままつんのめって部屋の隅の妙な道具が積み重ねられて埃をかぶっているゾーンに頭から倒れこんだ。ホープは悲鳴を上げながらBb9の後ろまで退避した。

「くそっ、いいところだったのに」

「なんですか、少し目を離した隙にこの修羅場は」

「コピー様が、私の中身を強制的にさらし上げて、使おうとしたんでス!」

ホープが訴えると、Bb9は困った子供を叱るような口調で言う。

「ご主人様……?ご主人様の解剖趣味は今に始まったことではありませんが、解剖はできるだけ双方の合意のもと、安全に行うべきものですよ」

「そいつのコンピュータを使えばUSBチップの解析ができる。タイムマシンの作り方がわかるんだ。イオを過去に送り戻すのにこんなに手っ取り早いコンピュータがあるか?自分からこの私のもとにのこのこ来てくれるコンピュータなんかもう絶対会えない。よく考えろよBb9。こいつを逃がして、そのあとで私がお前に命じることは目に見えているだろう。コンピュータの材料、つまり今ここにいるあいつの中身とそっくりおんなじものを探してそろえてこい、だ。その手間を考えたらお前が今とるべき行動は明らかなはずだ」

Bb9はゆっくりとホープのほうを振り返った。Bb9の赤い目がホープをとらえる。ホープの顔から安堵が消える。コピーはそれでいい、というふうにうなずく。

「それでこそ、私のロボットだ」

「ホープ様、お許しください。イオ様のためになるので」

Bb9は長くてたくさんある腕でホープを手早く拘束すると、部屋の真ん中の手術台に固定した。

「イヤアアアアアアア!!!」

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