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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
22/172

22 ラジオ

「数学大臣と会ってみてどうでしたか」

イオとセトカは夕暮れのラルマーニを歩いていた。いたるところで水面に光が映っている。夕焼けではないが、薄いオレンジの空は仄白んだままぼんやりと藍色に移行しつつある。

「わからなくなります」

セトカが橋の真ん中で歩を止めたのでイオも止まる。

「私はこれからどこへ行けばいいのか。スウさんは、数学を愛していました。私も今までに多くを数学に注ぎ込んできました。今更なんですよ。今更やめることもできないんです。今更、私が数学をさほど愛していないと気付きなおしたところで。とっくに気づいてたはずなのに。でも遅い。もうすでに私には、数学しかないんです」

夕暮れの中立ち尽くすその姿は、幼い少女が迷子になってしまったかのようだった。うるんだ目がこちらを向いて、困ったように笑う。

「――好きでもないくせに、これしかないんです」

「帰りましょう」

セトカは小さく首を振る。

「戻れないよ」


「……」

「……」

イオとセトカは向かい合って夕食を食べていた。メニューはしゃぶしゃぶである。

本来、日帰りの予定だったが、急遽、ラルマーニの宿をとり、一晩泊まっていくことになった。

イオはセトカの様子をちらりとうかがったが、先ほどの表情はすっかり消え、今は疲れがややにじむ無表情になっていた。

「あの、よろしければラジオなどお聞きになりますか?」

お膳を下げに来たおかみさんは、しんとして気まずそうな二人の様子を見かねて言った。

「あ、じゃあお願いします」

イオが答えると、おかみさんはレトロなデザインのポータブルラジオを持ってきて、適当な番組に周波数を合わせた。

「では失礼します。ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

楽園にはテレビやスマートフォンはないようだが、電話やラジオは存在するようだ。ややノイズ交じりのその音は、何やらニュースをしゃべっているようだった。

『九時になりました。中央楽園ラジオ、ニュースのお時間です。楽園位置情報をお伝えします。現在楽園は北緯34度55分、東経153度20分を西に向かって航海中です。移動性熱帯低気圧が南西方向に88個確認されましたが、楽園保護システムは現在正常に機能しており、問題ありません。楽園中央における外部地球気温は32度でおよそ平年並みといえるでしょう。レーダーのノイズから青の街の接近が予想されていますが、現在計算中です』

どうやら今楽園は日本よりやや東の太平洋に浮かんでいるようだ。今は五月だが、楽園の外が32度で、おびただしい数の熱帯低気圧、つまり台風が発生しているところを見るとやはり千年後地球はなにかやばいことになっているということはうかがえる。イオは少し顔をしかめた。

『今日の中央のニュースです。テンキュウ王は来週から王室会議を開くことを発表しました。次のチャレンジまで11か月となり、法令を急いで成立させたい狙いがいると見られています。なお、今回の王室会議は王と大臣、その他主要クロードによる秘密的な話し合いになる模様で、支持率が心配になりそうです。――次のニュースです。今日の午前11時ごろ、中央第九学園の第二学生寮で火災が発生しました。火はすぐに消し止められましたが、一人重体です。原因はケビイシが捜査中ですが、生徒による放火の可能性も指摘されています。重体で運ばれた生徒の部屋からは大量のフィルムが見つかっており、関連性を調べています。――次のニュースです。……』

イオはセトカと真っ青な顔を見合わせた。

「まずい」

二人は荷物をまとめるのもそこそこに宿を飛び出した。

「ちょ、ちょっと!お勘定~!」

おかみさんが目を丸くして叫ぶ。

「後で必ず払います!」

セトカが叫んで自分のペンをおかみさんに投げてよこすと、駅に向かって走り出した。

「ツガル……。お願い、無事でいて」

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