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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
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18 五月の試験 二日目

「乾の40だってさ。今年の一年も変な奴が入ってきたんだって」

「え、あの変人バカとどっちが変人?」

「あの変人バカがいままで使ってた変なペンをそいつが使って試験を受けているみたいよ。今ちょうど、やってるところだってさ」

「世代交代かな。ええ、じゃあ、ちょっと見に行ってみようよ。面白い戦いが見れるかもね」

試験会場、乾の40の前にはやや大きい人だかりができていた。会場には立ち見の生徒もいる。

「は……?」

ゼムは人だかりの前で立ち尽くした。

「イオが、俺のペンを――?」


イオは何度目かわからない尻もちをついた。両手の中には鈍く光る刃の双剣。刃こぼれしているのか、なかなか結び目が解けずにいる。回答方法の不備である。イオ自身には解き方がわかっているのに、回答できずにいるために、問いを倒すことができていないのだ。

獣はイオのほうを向いてまた突進する。イオは攻撃をもろに食らって後ろに吹き飛ばされた。観客は異様な盛り上がりを見せた。やじや応援が飛ぶ。

「いいぞー!がんばれー!」

「おいおい、リーチがどう見ても足んねーぞ。それに刃こぼれしてんじゃねーか」

ゼムはこぶしを握り締め、会場から体をそむけた。

「おい、ちょっとつきあえよ」

ゼムの目の前に立ちはだかっていたのは、赤紫の髪の男子生徒だった。

「ネオ……」

ネオはゼムを半ば引きずるようにして会場の外に出ると、そのままずんずんと校舎のほうに向かっていく。

中庭まで来ると、ネオはゼムを乱暴に地面に転がして言った。

「どういうことだよ。なんでお前じゃなくて別のやつがあれを使ってんだよ」

「俺はあれを捨てた。あいつが勝手に拾っただけだよ」

「ちげえよ。俺が聞いてんのは、なんでお前があれを使ってないのかってことだよ!」

「どうだっていいだろそんなこと!あんたにどうこう言われる筋合いはないだろ!」

ネオは倒れているゼムの腹に蹴りを入れた。ゼムはネオをにらみつけて言う。

「ぐっ……、はぁ、はぁ……。――お前らは変人が変人じゃなくなったことが嫌なんだ。身の回りに超おかしくて、成績の悪い奴が一人いたら心強いもんな。自分は強いって思い続けてられるんだもんな」

ネオはまたゼムの腹を蹴る。

「バカにすんな!俺はお前なんかいなくたってこの成績だ」

「じゃあなんで俺にかまうんだよ!学年一位のやつは最下位なんかほっとけばいいだろ?俺はもう変人をやめるんだ。俺はバカだから、最近やっと気づいたんだよ。もう時間を無駄なんかにしてられない。あんたらみたいにならなくちゃ。――だって、そうでないなら、どうして学校に通っているのか」

ネオがしゃがんでゼムの頬を平手打ちした。

「お前はバカだ!今!中途半端なのがむかつくんだよ。もう捨てたペンなら、なんでもう使えないくらいに壊さなかった?気に入ってたんだろ。未練たらたらじゃねーか。捨てんなよ。最後まであのペンに付き合えよ。自分が作った道具に付き合えってのがわかんないのか!」

「え……?」

ゼムはふらふら立ち上がる。

「ちょ、……俺、今あんたが何にキレてんだかわかんない」

しゃがんだままのネオがゼムの足を引いてまた転ばせる。

「お前以外にあのペンを使えるやつなんかいないだろ。自分で作ったんだから。さっきお前の後輩があのペンで苦戦してるのが見えなかったのか?――取り返せ。あのペンは、お前のもんだ」

「……っ」

ゼムは走り出した。試験終了まであと5分。垣根を飛び越え、人だかりを押し分けて観客席に入り、一番前まで進む。疲弊したイオが会場の隅に追いやられている。試験官もいつ棄権させるか判断しているようだった。

「イオーッ!がんばれ!」

のどの奥から叫ぶ。

「ゼム?」

イオは観客席に目をやる。残り30秒。

「ヤルキをこめろ!狙いを澄まして一本投げるんだ!ペンは必ず戻ってくるから!そのすきにとどめを刺せぇえええ!」

『過度な技術的指導はカンニングとなります。お控え下さ

青い一閃が閃いた。

短剣の一方は弧を描いて獣の急所を突き抜ける。結び目がほどける。会場から一瞬、音が消えうせた。

『……試験終了です』

イオの手にブーメランのような起動を描いたペンが戻ってきておさまった。

どっと会場が沸いた。ゼムはまるでサッカーの試合で勝利に歓喜するサポーターたちのように観客にもみくちゃにされた。イオは完成の中でへなへなと腰を抜かした。長い吐息を吐く。国語の試験が終わった。


「捨てたくなくなったでしょう?」

イオは改めてゼムにペンを差し出した。ゼムは少し照れくさそうにそれを受け取った。

「うん。とても」

日は落ちかけて学園内の雰囲気はさらにお祭り感が増している。二人は焼きトウモロコシを買って並んで食べた。

「イオ、俺、やっぱりこのままでいたいって思えたよ。捨てようとしたって、『知りたい』って気持ちは簡単にはなくなってくれないや。去年成績最下位とって、親や周りの人に連絡がいって、それで言われたんだ。『一番にならないなら、どうして学校に行っているのか』。それで俺は自分のしてきたことがいやになったんだ。今まではそんなに気にならなかった変人のレッテルもいやになって、普通になりたくなった」

イオは黙ってうなずいた。

「でも、普通である必要なんかなかった。今日気付いたんだ。学年一位のやつも、全然普通じゃなかったんだ。なんなら、一位だからこそ普通じゃない。きっとみんな普通じゃないんだ」

ゼムは立ち上がる。祭りの光が逆光になって表情は見えなかったが、すがすがしい顔をしていたとイオは思う。

「俺は普通じゃない方法でやっていくよ。俺は俺のままで成績を上げて、いつか楽園の王になる」

「じゃあ、ライバルだね」

「うん。イオ、ありがとう。――俺は、王座から見える景色が、『知りたい』」


ゼムがイオと別れて校門をくぐろうとしたとき、門の横に座り込んでいる人影が目に入った。

「ネオ。あの、さっきは、」

「うるせえ、俺の話から聞け」

ネオは門にゼムを追い詰めた。

「お前、あの、よければなんだけれど、お、俺と、……」

「俺と?」

「俺と、ぱ、パー、ぱ……、ええい!やっぱりなんでもない!じゃあな」

「えっ、何?ネオ、どうしたの?ていうか、他の友達二人は一緒じゃないの?」

「あいつらとはもう付き合わねえんだよ。価値観の相違ってやつだ。おい、ついてくんな、一人で帰れ。――また明日な」

ゼムはしばしぽかんとした顔でその後ろ姿を目で追いかける。

「……うん、また明日」

今夜はやけに両腰に挿したペンの重さが心地よく感じた。

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