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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第三章
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54 桜の樹の下には

黒々とした暗雲は楽園すべてを覆い隠した。楽園の人々はなすすべもなく、それを眺めていることしかできなかった。

ぽつり、と空を見上げるセトカの鼻の頭に水滴が落ちてくる。指でこすると、まるで、化学薬品を触ってしまった時のような、たんぱく質が溶けるぬるぬるとした感触が伝わる。

「まずい!みんな、建物の中に避難して!」

楽園中は一気にパニックになる。周りを押しのけ走り出す人、悲鳴を上げ、泣きわめく人、絶望し、しゃがみ込んで動けなくなる人。

「落ち着いて!冷静に避難してください!」

サミダレは叫んで、率先して交通整理を始める。それを見た周りのチャレンジャーたちも、ペンを簡易的な傘に変えて、足の悪いエラーズや子供を守りながら屋根のある場所へと誘導していく。雨はどんどん強くなっていく。悲鳴が上がってサミダレがそちらの方を見ると、屋根に穴が空き、建物が崩れようとしていた。

「ここまでなのか……?」

サミダレは唇を噛んだ。

「諦めるな!まだ死んでない!」

声がして振り返ると、ファイがいる。傘の中に盲目のエラーズの青年を入れて守っている。

「まずは全員地下に入るんだ!考え続けろ!」


ぽつりと頭の上に雨が落ちてきたのをイオは感じた。地下の井戸の部屋の天井と階段はいつのまにか溶けて崩れ去り、天井にはぽっかりと穴が空いて、地上からのわずかな光と雨が入り込んでいた。

化学反応のように頭皮が熱くて、火傷のように痛んだが、イオは動かなかった。頭皮から出た血が顔を伝い、顎先から落ちた。

ローレンの手に雨粒が当たり、細く煙を出しながら肉が溶ける。白い骨が見えた。もう痛みを感じることさえできなくなったその身体に、雨が当たらぬように。イオはペンを傘に変えようと、少し離れたところに転がっていたペンに手を伸ばし、触れた。

その時、ペン先が当たっているがれきから何か不思議なものが出ているのにイオは気付いた。それは、植物の芽だった。緑色の、小さく、でも力強い子葉。

「切ったはずじゃ……?」

イオは掠れてガラガラになった声でつぶやく。イオがペンを握ると、その子葉の隣からまた新たな子葉が芽を出した。

「!」

イオはペンを剣に変えると、がれきの中、地面の奥深くに届くように突き立てた。ぶわっと森の匂いがして、いっせいに緑色の植物が芽を出し、背を伸ばして葉を広げた。今朝、たしかにローレンは芽を切ったが、それまでの千年間で植物は、城の地下、いや、おそらくは楽園中の地下に根を張ったのだ。そのままイオはガクをペンに込め続ける。イオの力がペンを通じて流れて行き、枝や細い幹が絡まりあいながらみるみるイオの背を追い越して、雨を遮るように葉を茂らせる。

ローレンは根の中に埋もれて消える。イオはペンを抜かない。歯を食いしばり、一心にガクを込める。木の高さは井戸の部屋を超え、地上に枝葉を出し、それでも伸び続ける。イオの立つ足場も大きくなる根に持ち上げられていつしか地上に届いていた。大樹の枝葉は城を覆った。

千年間の歴代の楽園の王たちの注ぎ続けたエネルギーは、確かに楽園に根を張っていた。


楽園の真ん中に突如現れた巨大な大樹を人々は見た。枝の上で青白く光る剣を持つ人影。

「イオだ!」

イルマが叫んだ。

「知ってる。あいつは諦めないんだ。他人のために戦える、すごいやつなんだ」

ルートはファイと目線を合わせた。

「大樹よ、守れぇえええ!」

二人は声を合わせ、剣に変形させたペンを地面に突き立てた。見る間に緑色の芽が出て、木が育っていく。

「私だって!」

それを見た周りのチャレンジャーや学者たちも、それぞれ自分のペンを地面に突き立てる。いまだかつてないほどの大量のガクを一気に流し込まれた植物の根は、どんどん成長し、広がる葉は人々の頭上を覆っていく。楽園中に森が広がり、雨を防いでいく。


楽園中の空が緑色の葉で覆われた。人々は木陰にいるため、雨を直接浴びてしまう心配は軽減された。しかし、雨は降りやまず、楽園は巨大な閉じた球体であるために、だんだん地下から殺人的な雨水がたまっていき、水位が上昇してくる。

「上も下もだめだ。逃げられない!」

人々は木の枝に乗って身を守るが、いつまでもつかわからない状況だ。

「みんな!」

声がして、そちらの方を見ると、イオがペンをメガホンのようにして楽園中のヒトに叫びかけていた。

「楽園の壁を、壊してみないか?!」

イオは諦めていなかった。まだ、方法はある。全員の力を合わせればなんとかなるかもしれない。楽園を包むカプセルを破り、外の世界に出るのだ。

「壁を、壊せ!!」

叫んで飛び出すのはゼムと、彼が率いる若いチャレンジャーたちだ。ガクシャたちも続く。皆、自分が乗っている木の枝を壁の方に伸ばし、ペンを剣に変え、一心に壁を攻撃し始めた。

「外に出るんだ!」

エラーズや、ペンを持たないヒトたちもシャベルやツルハシ、ハンマー、フライパン、お玉、なんでもかんでも固そうなものを手に持って、必死に壁を叩く。

「力を合わせろ!」


ホープは真っ赤に変わったレンズで空中からそれを見ていた。

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