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ケラサスの使者  作者: 岡倉桜紅
第一章
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16 試験一週間前

「夜分遅くにすみません。時間をとっていただいてありがとうございます。このペンを改良するにはどうしたらいいでしょうか。――ランタン先生」

薄暗い和室の中で、文机の脇の灯篭だけが室内を照らしている。本が整然と棚に並べられ、億の飾り棚には何本かのペンが、まるで家宝の刀を飾るような感じで飾られており、格子のついた丸窓からは中庭が見える。ランタンの研究室である。

ランタンは文机から顔を上げた。

「ああ、そのペンはゼムのものですね」

「わかるんですか」

「はい。ペン自体を分解して双剣にして使おうという発想を持つものはなかなか多くありませんから」

イオが手渡したペンを手に取り、ランタンがヤルキを込めると、ペンはきらりと光る双剣となったが、すぐにさびた鉄の棒のような見た目に変わってしまった。

「改善の余地も方法もたくさんあります。私が手を加えればこのペンは双剣として問題なく使えるようにすることも可能です。……しかし、なぜあなたが彼のものをここに持ってきたのですか?」

「それは……」

イオはそこで自分でもその理由がよくわかっていないことに気付いて口ごもった。

するとランタンはその様子を見てふっと笑ったように見えた。入学してからこの人が笑うところをイオは見たことがなかったので少し新鮮な驚きを感じた。

「まあ、いいでしょう。今ここでできる限り、専門の道具がなければ素人には難しいであろうところのみ改善します。あなたはそれをまた彼のところに持っていくといい」

「……ありがとうございます」

ランタンは様々な道具を机の上に並べると、机に備え付けてある大きな拡大鏡をのぞき込んでペンを分解し始めた。イオは向かいに座ってそれを見ていた。しばらくは金属同士があたるかすかな音や、小さな火花だけが部屋の空間の中で動いていた。

「――ゼムというヒトは、何にでも興味を持つ人です。去年などは、夏休みを全部使って太古の昔に滅びた乗り物の研究をしていました」

ランタンが手元から目を離さずに独り言のように始めた。

「ひょっとして、それは車ですか?」

「いいえ、たしかフネというものだったと思います。王になるためのチャレンジャーなら、社会の科目で『この乗り物は何か、どんな時にどういうふうに使っていたのか』、という問いが出てきたときに、『これは千年ほど前のフネというもので、海や川の上を移動するときに、石油や風力を使って動かしていた道具です』と答えればいい、ただそれだけなのに、彼はこう聞くのです。『こんなに大きな金属の塊が浮かべるはずがない。浮かんだってひっくり返るに違いない。これは実際作ってみたら面白いはずだ』」

「浮力が働くので船は沈みません」

「ええ、当時の彼の理科の担当教員もそう教えたそうです。しかし彼は『乗ったらどうなるか知りたいから、やっぱり作る』と答えたそうです。あとは、大気に色がついているか確かめたいから一日中虚空を見つめていたり、光を感じているのは体のどの部位なのか知りたくて目を針でつついて危うく失明しそうになったり。発明も好きで、このペン以外にも食べ物が辛く感じる電気信号を発する機会を発明したりとか。学園内では変人バカということで有名でした」

「子供みたいな疑問ですね」

ランタンはうなずく。

「はい。でも、私には他の先生や生徒とは違ってそれがくだらない、時間の無駄だとは切り捨てられなかったのです。きっとあなたもどこかそう思っているのでしょう。だからここに来た。そうでしょう」

「……はい。そうかもしれません」

「あなたもご存じでしょうが、この楽園内では大幅に発展した技術の行使や大発明は基本的に禁止されています。この閉鎖的な社会の中で知識の飛躍が起こるととても危険ですからね。新たな発明などは王が議会を開いて審議し、認めるかどうか判断します。彼の発明癖は否定して当然であるという構図がすでにあったし、さらに彼はチャレンジャーコースに籍を置いているにも関わらず学業をおろそかにして進級の試験で落第の成績をとってしまいました。彼は教師陣の賛成多数で退学に追い込まれそうになりました」

「たしか、雑用をすることで進級が認められたとか聞いたような気がしますが、もしかしてその研究室とはランタン先生のところなのですか?」

ランタンは首を振った。

「いいえ、私の恩師です。私は今年初めて教職に就いたので、去年は先生ではありませんでしたし。恩師もゼムの好奇心にあふれた性格と、発送の才能を評価していたのです。しかし、やはり法律は法律ですし、彼の成績が進級に見合わないのも事実です。彼は秋の進級試験から今までの研究成果と発明品をすべて提出、封印することで学園にとどまることを許されたのです」

イオは先月リコボで会った、好奇心まるだしのゼムの様子を思い返して苦笑いした。あのときはちっとも懲りているようには思えなかったが……。

「まあ、このペンを今まで大切に持っていたことから見ると彼はあまり懲りていなかったかのように思えますがね」

ランタンも少し苦笑いのような微笑をもらした。

「ペンの使用はそれ以外にペンを彼が持っていなかったことから許されました。もちろん、私の恩師の進言のおかげですが。ところで、そんな彼が、自分の大切な発明品をこんな風に粗雑に扱うとは思えないのです。彼になにか気持ちの変化があったのでしょうか。……まあ、彼との付き合いが1、2か月のあなたに聞いてもわかりませんよね」

ランタンはゆがんで傷がついた部品をイオの前に置いて見せた。先ほど投げ捨てたときに壊れた箇所だろう。

ランタンはその部品を自分の持っていたものと交換すると、ねじを締めた。

「出来上がりです。これで多少はうまく作動するでしょう。彼がやりたかったこと以上の改良はしていないつもりです」

ランタンはイオに二つのペンを手渡した。

「ありがとうございます」

「試験が近いのにこんなことを頼んで申し訳ないのですが、ゼムの様子を少し見てくれませんか。私は彼の『知りたい』がなくなってしまうのが、少し寂しく思うのです」

イオは頷いた。

「わかりました。僕には少しゼムが悩んでいるように見えたので、話をしてみようと思います。……たぶん、僕がここに来たのも、そういうことだったんじゃないかと思います」

イオがそう答えるとランタンは少し安心したように顔をほころばせた。イオは鉄仮面だと思っていたランタンの表情の変化に気付けるようになっているのに気付いた。

「そういえば、ランタン先生とゼムとの関係って、どこで知り合ったのかお聞きしてもいいですか?」

研究室を出る前にイオはふと振り返ってランタンに尋ねた。

「住んでいるところが近くて、昔から遊ぶことがありました。そのころから彼はずっと変わっていません」

「それはよかったです」

イオは研究室を出た。すでに町は暗く、イオは速足で黒の塔へと戻った。


イオは学園の授業の合間、ゼムを探し続けたが、とうとう見つかることはなく、試験の日がやってきた。

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